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世界を巻き込む『ジョーカー』現象 ─ 前代未聞の大ヒット、なぜ人々は「悪のカリスマ」に魅了されたのか

ジョーカー
TM & © DC. Joker © 2019 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited and BRON Creative USA, Corp. All rights reserved.

2019年10月、1本の映画が日本を、そして世界を席巻している。DCコミックス原作、アメコミ界屈指の人気ヴィラン(悪役)・ジョーカーの誕生を描いた『ジョーカー』だ。本作は10月4日(金)の劇場公開後、わずか12日間で興行収入20億円を突破。国内におけるDC映画の興収記録をあっさりと更新し、その後、なんと19日間で興収30億を突破した。週末映画ランキングでは3週連続No.1を達成。アメコミ映画としては『スパイダーマン3』(2007)以来12年ぶりという、あの『アベンジャーズ』シリーズでさえ及ばなかった快挙を成し遂げたのである。

『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016)や『ワンダーウーマン』(2017)、『ジャスティス・リーグ』(2017)、『アクアマン』(2018、日本2019)など、近年も話題作が続いたDC映画だが、そんな中で、なぜジョーカーという異形の存在が観客にこれほど受け入れられたのか。世界を巻き込む『ジョーカー』現象に迫ってみたい。

ジョーカー
© 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved” “TM & © DC Comics”

『ジョーカー』がもたらした社会現象

ジョーカーとは、バットマンの宿敵として世界中のコミックファンに愛される“狂気の犯罪王子”。残虐な犯罪を楽しみ、人々の価値観や倫理観を揺さぶるキャラクターとして、コミックのみならず、アニメや映画、ゲームなどで強いインパクトを残してきた。実写映画では『バットマン』(1989)でジャック・ニコルソンが、『ダークナイト』(2008)でヒース・レジャーが、『スーサイド・スクワッド』(2016)でジャレッド・レトが演じている。

なかでも『ダークナイト』は、公開当時から非常に高く評価され、世界的に大きな話題となった。日本では劇場公開時の成績こそ米国をはじめとする海外諸国に及ばなかったが、その後もテレビ放送などで作品の認知度を伸ばしてきたのだ。「ジョーカー」という名前を聞けば、たとえ『ダークナイト』を観たことがなかったとしても、ヒース・レジャーが演じた姿を思い出す人は少なくないだろう。

『ジョーカー』は、そんな“おなじみの悪役”の誕生をかつてない切り口で描き切った。コミックや過去の映画から完全に独立している本作は、バットマンやジョーカーについての前知識がなくとも十分に堪能できる作品に仕上がっている。それゆえだろう、本作は日本国内でも「ジョーカー」というキャラクター名より「心優しい男はなぜ、悪のカリスマになったのか」「本物の悪を観る覚悟はあるか」とのキャッチコピーが前面に押し出され、「衝撃のドラマ」「サスペンス・エンターテイメント」との触れ込みでプロモーションがなされていた。

ジョーカー
(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

劇場公開後の大ヒットを見るに、作り手の思惑も、また宣伝戦略も、見事に功を奏したといえる。日本国内では、大学生から50代以上まで幅広い層の観客が劇場を訪れており、友人同士やカップルでの鑑賞も目立つそう。コミックファンのみならず、一般の観客の心をがっちりとつかんだ本作には、「価値観が揺らぐほどの衝撃」「心に残る凄まじい映画だった」との熱い感想が聞かれており、早くも2度目、3度目の鑑賞を済ませたリピーターが続出。口コミも広がっており、評判を聞きつけた若い層の間では、「1人で見るのは怖いから」と複数人で鑑賞する傾向もあるという。こうした積み重ねが、鮮やかな大ヒットにつながっているというわけだ。

もとよりコミックファン&映画ファンからは、独自のアプローチでジョーカー像を描き直すとあって、『ジョーカー』に対して熱い視線が注がれていた。しかし2019年9月初頭、ヴェネツィア国際映画祭でお披露目を迎えたのちに事態は激変。プレミア上映後には約8分間のスタンディングオベーションが起こり、「傑作」「世界は本作以前、本作以後に分けられる」との絶賛を受け、並み居る強豪をおさえて映画祭の最高賞「金獅子賞」に輝いたのだ。しかし、そのかたわらで、一部では否定的な意見が出るなど、すでに混沌とした状況が生まれていたのも事実。当時、米国メディアが記した「まさしくジョーカー自身が望むであろう映画」という一言は、のちに巻き起こる『ジョーカー』現象を予言していたかのようだ。

『ジョーカー』がかくも熱狂的に支持され、一部では拒否反応を招いたのは、「心優しい男はなぜ、悪のカリスマになったのか」を描く物語が、人々の予想よりもずっと過激で、はるかに切実で、それゆえに魅力的な内容だったからだろう。社会的に恵まれない男が、それでも希望を絶やさずに生きようとするものの、立ちはだかるいくつもの壁を前に、少しずつ未来を断たれていく。現実の社会情勢、そこで生きている“私たち”の存在を多分に反映した物語は、きわめてシビアでハードであるがゆえに、観る者を惹きつけて離さない圧倒的な求心力をそなえていたのだ。主演のホアキン・フェニックスは、早くも「アカデミー賞有力候補」「キャリア史上最高」と称えられる演技で全世界を圧倒。過酷な減量にも挑み、「完全に役柄が憑依している」との声が上がるほど、真に迫った凄みを見せつける。

ジョーカー
(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

ところが、そんな『ジョーカー』の完成度は、それゆえに思わぬ騒動を生むことになった。米国では、劇場公開前から「現実の暴力を誘発する危険性がある」とメディアやジャーナリストが連日騒ぎ立て、取材ではキャスト&スタッフにその手の質問が多数寄せられることになったのだ。のちに監督は、舞台挨拶で「映画そのものについて十分報道されていないので、映画を楽しんだら友人に伝えてほしい」と皮肉を交えてコメントしているほど。その後、公開にあたっては観客やスタッフの安全を確保するため、警察や米軍が警戒態勢を敷き、プレミアイベントではメディア記者の入場さえ禁止された。劇場公開を迎えた週末には、一部の映画館で手荷物検査も実施されている。

この騒動から、日本の映画ファンは、かつての『バトル・ロワイアル』(2000)を思い出すかもしれない。同作は中学生同士が殺し合うという過激な内容ゆえ、国会で取り上げられるほどの社会問題となったが、蓋を開けてみれば大ヒットとなった。そして、同じく『ジョーカー』も、事前の騒動を軽々と吹き飛ばす驚異的ヒットを世界各国で記録中。2019年10月22日(米国時間)現在、全世界累計興収7億4,512万ドルという快進撃を続けており(米Box Office Mojo調べ)、10億ドルの大台を突破する可能性も高いとみられているのだ。本作がR指定作品であること、また世界屈指の映画市場である中国での劇場公開が認められない可能性が高いことを鑑みれば、これぞまさしく前代未聞、異例中の異例といえる。

おそらく『ジョーカー』は、コミック映画であること、主人公が人気キャラクターであることを超えて、時代精神や社会の空気をとらえることに成功し、それゆえに世界を席巻する社会現象となったのだろう。社会の中で葛藤し、悪そのものに変貌する主人公に共感するのも、それでいて結論を簡単に出せないストーリーに人々が熱狂するのも、そして複雑な社会問題を取り扱っていながら、あらゆる観客がアイデンティティや立場、思想を超えて「これは自分たちの問題ではないか」との感想を抱くことができるのも、すべてはそこに起因しているはずだ。だとすれば、「猛毒」「劇薬」とも称される過激さをもって人々を繋いだところにこそ、『ジョーカー』というエンターテイメントがはらんでいる最大の希望がある。コミックでは“狂気の犯罪王子”として知られるジョーカーだが、本作で彼の誕生を見届けたあと、観客は“狂気の”という枕詞にも首をかしげてしまうのではないか。

今後も新たな観客を次々に獲得していくであろう『ジョーカー』は、いまや世界を手中に収めようという勢いである。もちろん、普遍性をはらんだ、いつまでも色あせない魅力を持つ映画ゆえ、今後も長く観られ続けていくことも確かだ。しかし、まさに世界を席巻している『ジョーカー』現象に触れられるのは今この時だけ。映画館のシートに身を沈め、2019年秋~冬の空気を感じながら“悪の誕生”を見届けてほしい。

映画『ジョーカー』は2019年10月4日(金)より劇場公開中

ジョーカー
(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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