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『ジョーカー』暴力を誘発すると米国で物議 ─ 2012年『ダークナイト ライジング』銃乱射事件の映画館では上映なし、被害者遺族とワーナーが声明を発表

ジョーカー
TM & © DC. Joker © 2019 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited and BRON Creative USA, Corp. All rights reserved.

狂気の犯罪王子、ジョーカーの誕生を描くDC映画『ジョーカー』が、2019年10月4日(金)の日米同時公開を控えて、早くも本国で物議を醸している。DC屈指のヴィランを観客が共感できるキャラクターとして描くなどの要素から、「暴力を誘発するおそれがある」との声が出てきているのだ。これはトロント国際映画祭にて上映された折、あるいはそれ以前から、一部メディアなどで語られていたことではあった。

この背景には、2012年7月20日に米コロラド州オーロラで発生した、『ダークナイト ライジング』(2012)上映中の映画館における銃乱射事件の存在がある。この事件では12名が死亡、70名が負傷。犯人は「ジョーカー」を自称したとも報じられたが、これは「事実無根の誤報だった」と否定されている。映画そのものと事件の関連性はないのだが、7年前に事件現場となった映画館「Century Aurora and XD(元「Century 16」)」では『ジョーカー』を上映しないことを決定。米Deadlineは、映画館を経営する米Cinemarkとワーナー・ブラザースが協議した結果の判断だと伝えている。

乱射事件直後の「Century 16」/Photo by Algr https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Century_16_theater_in_Aurora_CO_-_Shooting_location.jpg

しかし、こればかりにはとどまらなかった。2019年9月24日(現地時間)には、オーロラの銃乱射事件の被害者遺族ら5名がワーナーへの公開書簡を発表。これは『ジョーカー』の公開差し止めや鑑賞ボイコットを呼びかけるものではなく、ワーナーは安全な社会を築き上げることに貢献すべきである、大企業としての責任を果たすべし、との内容だった。近年、もはや銃乱射事件が珍しいものでなくなりつつあることも、遺族が書簡の発表に至った理由のひとつとされている。

「ワーナー・ブラザースが『ジョーカー』というタイトルの、主人公に同情的なオリジン・ストーリーを描く映画を公開すると聞いて不安を抱きました。(ワーナーが)より銃の少ない、安全なコミュニティを作るという我々の活動に参加し、そのために、みなさんの巨大なプラットフォームや影響力を役立ててくださるようお願いします。」

この書簡では、ワーナーが全米ライフル協会から資金を得ている政治家に今後関与しないこと、銃規制の推進に貢献することが求められている。「誰もが安全になることこそ、ワーナー・ブラザースが最も優先すべきことだ」という文言や、銃犯罪の被害者支援、銃犯罪防止のための資金提供を求める言葉もあった。「連邦政府がアメリカにおける銃所有権の基準を改められずにいる以上、ワーナーのような巨大企業には貢献の責任があります」。

すなわち今回の書簡は、『ジョーカー』公開を受けてワーナーに自らの活動への協力を求めるという、極めて政治的な意図で発表されたものといえる。それゆえだろう、オーロラでの乱射事件の被害者遺族の多くは書簡への署名を断ったとも報じられているのだ。しかしその一方で、書簡を発表した女性の一人は、『ジョーカー』の内容を模倣した犯罪が現実に起こることへの危惧をはっきりと口にしている

「私が恐れているのは、崖っぷちの状態にあって、乱射事件を起こしたいと考えている人がいるかもしれないということ。また、その人がこの映画に勇気づけられてしまうかもしれないということです。そんな人がたった1人かどうかもわかりません。そのことが怖いのです。」

ワーナー、ホアキン&監督の反応

『ジョーカー』はヴェネツィア国際映画祭で最高賞(金獅子賞)を獲得するほどの高い評価を得ている。しかし批評家の間では賛否が分かれており、激しい拒否反応を示す者もいる。また、早い段階から現実社会への影響を危ぶむ声があったことも事実だ。しかし逆に言えば、それは本作がそれほど強い力をそなえていることの証左。日本の例でいえば、深作欣二監督『バトル・ロワイヤル』(2000)が国会で議題になったり、実際に作品から影響を受けたとみられる殺人事件が起こったりしたことに近い事案である。

ともあれ、銃乱射事件の被害者遺族がワーナー宛ての書簡を公開したことを受けて、ワーナー側も追って公式声明を発表している。

「銃暴力はわれわれの社会において重要な問題であり、私たちも、事件の犠牲者やご家族のみなさんに心からお悔やみを申し上げます。われわれの企業は、オーロラの事件も含めた暴力被害者への寄付活動を長年続けており、ここ数週間では、(銃暴力の)多発に関して、党を超えた法整備を求めるべく、親会社(ワーナーメディア)が他業界のリーダーに加わりました。

同時にワーナー・ブラザースは、物語を語るということには、複雑な問題をめぐる多様な議論を引き起こす機能があると信じています。確かなことは、ジョーカーというキャラクターも、この映画も、現実世界のいかなる暴力を肯定するものではないということです。フィルムメーカーとスタジオのいずれにも、このキャラクターをヒーローとして称える意図はありません。」

ジョーカー
(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

現在、トッド・フィリップス監督と主演のホアキン・フェニックスは、映画の公開に先がけてプロモーションを実施中。映画が暴力を誘発する可能性については本人たちも直接問われており、英The Telegraphの記者が「この映画が(主人公と)同じような人々を刺激し、悲劇を生む可能性もあります」とホアキンに述べた際には、その場でホアキンは席を離れ、およそ1時間後までインタビューに戻らなかったという。しかしその後、英IGNの取材で、ホアキンとフィリップス監督はそれぞれの考えを明らかにした。

トッド・フィリップス監督
私は(映画の)メッセージを受け止めてもらえることを信じています。だから異様に思えるのは、“私は受け止められますが、受け止められない人もいるかもしれませんよね”みたいに言われること。それって、他者を勝手に判断していることですから。過去にそういうことを言われた映画を挙げることはしたくないんですよ。“『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)もそういうこと言われてましたよね”なんて、ビックリするし、恥ずかしいことだから。」

ホアキン・フェニックス
「私たちの多くは、良いことと悪いことの違いを伝えることができます。そうではなく、自分が解釈したいように物事を解釈する人もいる。人は歌詞を誤って解釈するし、本の一節を誤解するものです。けれども僕は、観客に道徳を教えたり、善悪の違いを伝えたりする責任がフィルムメーカーにあるとは思わない。僕にとっては言うまでもないことです。」

なお米Associated Pressの取材にて、フィリップス監督は、オーロラでの銃乱射事件は「本当に、非常に恐ろしい出来事でした」とした上で、「映画館で起きた事件であることを除き、映画とは関係のない事件でした。映画が責められるべきではありません」とコメント。一方で『ジョーカー』については、「この映画は虚構の世界が舞台です。現実への祈り、現実の選択肢が出てくることはありますが、80年間続いてきた虚構の世界、虚構のキャラクターの映画なんです」と改めて強調した。

「むしろ気になるのは、白人男性的な有害さですね。『ジョン・ウィック』を観ましたが、白人男性が300人殺しても、みんな笑うし、ヤジを飛ばすし、歓声を上げている。なぜこの映画だと別の基準が持ち出されるんでしょう? 僕にはまるで筋が通っていないように思うんです。」

さて、あなたはこのコミック映画史上最大の問題作をどのように観て、どう受け止めるのか。映画『ジョーカー』は2019年10月4日(金)日米同日、全国ロードショー

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Sources: THR, Deadline(1, 2), Variety, IGN, AP, Comicbook.com, Telegraph

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。