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【インタビュー】『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』キャリー・フクナガ監督、歳を重ねたボンドのリアリティを追求

NO TIME TO DIE
© 2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

イギリスを代表する映画シリーズとして半世紀以上にわたり愛され続けてきた『007』は、多様化する世界に適応するかのように映画製作における門戸を開いた。ダニエル・クレイグ最後のジェームズ・ボンドとなる第25作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』にて、シリーズ初のアメリカ人監督を起用したのである。抜擢されたその監督こそ、日本やドイツ、イギリス、スウェーデンの血を引き、多様なバックグラウンドを持つキャリー・ジョージ・フクナガだ。

日本人にとって馴染みのある名を持つフクナガ監督は、長編第1作『闇の列車、光の旅』(2009)では南米、『ジェーン・エア』(2011)ではイギリス、『ビースト・オブ・ノー・ネーション』(2015)ではアフリカと、世界の各地を舞台にした作品を手がけてきた。扱う題材も移民問題や差別、内戦といったシリアス路線を貫き、多角的なリアリティを観客に届けてきたフィルムメーカーとして知られている。

そんなフクナガ監督にとっての長編4作目が、この『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』である。おなじみ世界を股にかけて、荒唐無稽な悪と対峙するMI6のスパイ、ジェームズ・ボンド。そのうえ、歴代のキャラクターイメージを一新したダニエル・クレイグ最後のジェームズ・ボンドを描くという大役に、フクナガ監督はどのような心構えで挑んだのか。

THE RIVERはこのたび、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』公開にあわせて実施された合同取材に出席し、フクナガ監督への取材を行った。ハリウッドで頭角を現す気鋭が、大スケールで進む『007』製作の現場や、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』での挑戦をたっぷりと語ってくれている。

 007/ノー・タイム・トゥ・ダイ
Getty Images for EON Productions, Metro-Goldwyn-Mayer Studios, and Universal Pictures

歳を重ねたボンドのリアリティを追求

── 本作は、ダニエル・クレイグによるジェームズ・ボンドの幕引きになります。製作を進める上で、一番のチャレンジは何でしたか?

一番の壁は、時間でした。脚本を書く時間から何までが、ものすごく限られていましたので。ただ、“ダニエル・クレイグが演じるジェームズ・ボンド”という点で難しかったのは、何よりもエンディングです。良い完結にするためには、どのようにして物語を終えるかが、たいてい一番大切になってきます。なので、このストーリーの第1章である『007 カジノ・ロワイヤル』(2006)に遡りました。イアン・フレミングの小説や、過去の『007』シリーズにも回帰しましたね。古典的なボンド作品の何が参考にできるかなどを考えました。あとは、ダニエルが始めた「00(ダブルオー)」がどのような終わりを迎えるのかも想像していましたけど、この過程では驚きと興奮の連続でしたね。

── ダニエル版の『007』は、歴代シリーズの中でも作品ごとの繋がりが一番感じられるシリーズだったと思います。マーティン・キャンベル監督やサム・メンデス監督らが築き上げてきたシリーズからの続きとしての意識はありましたか?

素晴らしい監督たちが作ってきたこれまでの傑作のおかげで、僕は多くの繋がりに恵まれました。1つの作品として独立させるのではなく、1つの繋がったストーリーを作るというのは難しいことでもあるんです。だから先程、“良いエンディングを作るのは難しい”と言ったように、(繋がりを描くことは)すごく魅力的なことでありながらも、至難の技でもありました。

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ
© 2019 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

── 映画はボンドが007を引退した設定で始まります。そのため、本作でのボンドには「老い」のようなものも感じられると思いますが、これについては製作の段階で何か意識していましたか?

そうしたアイデアはもちろん検討しましたし、楽しく考えることができました。ボンドはコミックに登場するようなヒーローでも超能力を持っている人間でもなくて、もっと人間らしい、等身大の存在なんです。そこが彼の素晴らしいところでもあって。年齢のことを考えると、ダニエルは15年間も演じ続けてきました。アクションで考えたら、殴られでもしたら体にはとてつもない負荷がかかるはずです。どんなに強い格闘家でも、すぐに倒れて気絶してしまうでしょうね。だからファイトシーンについては、リアルさを出すにはどうしたらいいかたくさん話し合いました。ただこれだけは言えますが、ボンドは(年齢のわりに)良い体格をしてますよ(笑)。

── 『ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、前作『スペクター』から5〜6年後が舞台です。この空白期間のボンドについて、どう想像し、ストーリーを考えたのでしょう?

これは執筆のプロセスで一番最後に考えました。(空白期間を想像するのは)脚本を書いていて楽しかったです。引退してから久しいボンドは、一体その後何をしていたのか。ミッションのように集中すべきことが無い時のボンドはどうなるのか。復帰したとしても、誰かが自分の後を継いでいたらどういう気持ちなのか。こうした彼の心理状態を想像するようにしていました。

「ドラマを通して進む」アクション

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
© 2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

── ジェームズ・ボンドに見られるハードボイルドな側面は、あなたが手がけた「TRUE DETECTIVE/二人の刑事」(2014)のような作品からの経験も活きているのでしょうか?

部分的には活きた経験もあります。けど、どの映画を作るにしても、そのスタイルや自分がやることへの先入観を、リスタートさせることが必要です。気持ち新たに、キャラクターや持ち合わせた材料、自分が受けた影響などを一気に手放してしまうんです。この映画では時間が限られていたので、ドラマで身につけた効率的なプロセスで乗り切る手立てのようなものは、少しですけど役に立ちました。けど、今作はこれまでにはない異世界の経験でしたよ。

── 今作には、「Fleabag フリーバッグ」(2016-)でおなじみのフィービー・ウォーラー=ブリッジが加わりました。彼女との仕事はいかがでしたか?

彼女が参加してくれて嬉しかったですし、心強かったです。最初の打ち合わせで、彼女はキャラクターやシーンへのアプローチの仕方についてアイデアを提案してくれたのですが、僕はすごく気に入りました。キャラクター同士の衝突やユーモアなんかに対する彼女の視点も、すごく面白かったです。

── 今作では、これまでのシリーズで一番、社会問題に対して向き合っているというような声もあります。ボンドと女性の関係や、(作り手が)ボンドガールではなくボンドウーマンと呼ぶなど。「ダニエルのボンドは社会意識も高い」という噂もあるみたいですが、これは実際に意識されたことなのでしょうか?

いや、そういうわけではないですね。ボンドを取り巻く世界は常に変わりうると思いますが、それでボンド自身も変わるということではありませんから。

── 時間はこれまでよりも急速に進んでいると思います。そうした中で、この『007』シリーズは未来に向けてどう進化していくでしょうか?

まずは、その決断に僕が関わらなくて済むと思うと、すごく安心しています(笑)。これについては、いちファンとして見届けていきますが、次に来る誰かが、ジェームズ・ボンドというキャラクターを進化させていかなければいけませんよね。

007/ノー・タイム・トゥ・ダイ
© 2019 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

── 『007』では、いろんな乗り物を駆使したアクションが醍醐味です。監督はスノーボーダーやスケートボーダーとしてのキャリアを持たれていますが、アクションやボンドの動作などに関しては、積極的に関わっていきましたか?

僕には、ボンド並みのスキルはありません(笑)。ボンドは壁をぶち破っちゃいますから(笑)。それはさておき、僕も積極的にスタントやアクションに関わっていきましたよ。アクションが始まったらストーリーを止めてしまうのではなく、どうしたらアクションを通して物語を進めていくのか、といったことを理解するためにも。キャラクターにとっての劇的な場面は、ドラマ自体を通して進んでいきますからね。

『007』は「1つの家族」

使用不可_007/ノー・タイム・トゥ・ダイ

── 撮影の最終日には、ダニエルが涙を流しながら、その場の全員に感謝を伝えていたそうですね。今も当時のその瞬間は憶えていますか?

はっきりと憶えています。その日は、一日を通して悲しみが漂っていました。ダニエルとのラストシーンの撮影に入ってからは、現場のみんなが涙を流していて。僕が「カット!」と言うと、ダニエルが出てきたんですけど、セットで作られた路上には主要スタッフがすでに集まっていて、彼のことを待っていました。それから彼に別れを告げたり、彼のボンドとしての歩みに敬意を払ったりして。あのような瞬間にいると、時間の重みや、役に対してあれだけ長く捧げることが彼にとってどんな経験だったのかを強く感じました。15年間も演じてきたんですからね。

── その夜は良く眠れましたか?

いや、あの日は全く眠れませんでした(笑)。その後もやることがたくさんあって、朝まで寝れませんでした。次の日はたっぷり眠れましたけどね(笑)。

── ラミ・マレックが演じる悪役サフィンには、容姿や基地の庭園の様子から“和”の雰囲気を感じます。これには、日本にルーツをお持ちのあなたが重視した要素なのでしょうか?

これはストーリーに関わることなので、あまり言えないんです。けど、間違いなく(自分のルーツからの)影響はあります。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
© 2021 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

── 日本にルーツに持つフィルムメーカーとして、これまでの映画になかったアイデアやコンセプトなどを制作陣から期待されていたと思いますか?

僕自身が多文化的な背景を持っているからといって、彼らが僕に何かを期待していたということは無かったかなと思います。ただ、そうした多文化的なバックグラウンドを持っていると、自分を客観的に見ることの助けになってくれるんです。他の国の文化について、アメリカ至上主義的な見方から考えなくて済むといった感じで。どんなストーリーを書く時でも、多文化的なバックグラウンドがあると、キャラクターへの共感も持ちやすい。イギリス人の監督たちによって伝統的に作られてきたキャラクターを描くにあたっても、アウトサイダーであることで生じた問題もありませんでした。

── 世界で最も有名な映画シリーズの1つである『007』に参加してみて、フィルムメーカーとして持つ視点に変化はありましたか?

自分が何をしたいのかとか仕事観とかについて、フィルムメーカーとしての考えが変わったということは無かったですね。一方で、製作プロセスなどについてはとても学びのあった経験だったと思います。『007』でユニークなことって、1つの家族であるということ。60年続いてきてどれだけ巨大なシリーズだとしても、1つの家族みたいに感じられるんです。あれだけ大きいスケールのものに親しみを感じられるってなかなか興味深い経験でした。もし映画作りがあなたにとっての日常なら、誰だってこうした経験をしたいと思うでしょう。

映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は全国公開中。

Writer

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SawadyYOSHINORI SAWADA

THE RIVER編集部。宇宙、アウトドア、ダンスと多趣味ですが、一番はやはり映画。 "Old is New"という言葉の表すような新鮮且つ謙虚な姿勢を心構えに物書きをしています。 宜しくお願い致します。ご連絡はsawada@riverch.jpまで。