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【ネタバレ解説】『28年後…』不気味な詩「ブーツ」の意味 ─ 予告編を気に入った監督が本編に逆輸入していた

28年後...

この記事には、『28年後…』のネタバレが含まれています。

28年後...

ラドヤード・キプリング『ブーツ』

今日は7、6、11、5、9、20マイル。
昨日は4、11、17、32マイル。
(ブーツ、ブーツ、ブーツ、ブーツ、上下に動く!)
戦場に休息はない!

見るな、見るな、見るな、目の前にあるものを。
(ブーツ、ブーツ、ブーツ、ブーツ、上下に動く!)
男、男、男、男たちは見て狂ってしまう。
戦場に休息はない!

考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、なにか違うことを。
神様、頼む、どうか、俺を、狂わせないで。
(ブーツ、ブーツ、ブーツ、ブーツ、上下に動く!)
戦場に休息はない!

映画『28年後…』の予告編に使用されたのは、小説『ジャングル・ブック』の作者として知られる作家・詩人のラドヤード・キプリングが1903年に発表した詩『ブーツ(Boots)』。映像に使用されている音源は、1915年に俳優テイラー・ホームズが朗読したものだ。

キプリングが綴ったのは、1899年~1902年の第二次ボーア戦争(南アフリカの領土を求め、イギリスがオランダ系入植者のボーア人と戦った植民地戦争)に従軍したイギリス陸軍兵士の内面である。ここに引用したのは全体の一部だが、アフリカの大地をひたすら歩き続ける様子や、終わりの見えない戦争と暴力のありようが描かれている。

その緊張感と恐ろしさから、米軍の訓練でも朗読が使用されているというこの詩は、予告編だけでなく本編にも大々的に使用された。主人公の少年スパイクと父ジェイミーが初めて本土に向かうシークエンスでは、『ブーツ』の音源とともに、イギリスが歴史的に経験してきた“戦争”や兵士たちのイメージが重ねられている。

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監督のダニー・ボイルは、スパイク&ジェイミー親子の姿と古いアーカイブ映像を同時に示す手法を、「島で子どもたちが教わっている文化を表現するもの」と米Varietyに語っている。「イングランドが素晴らしかった時代を振り返る、非常に退行的な映像です。シェイクスピアとも深い関係がある」。

選ばれたのは、ウィリアム・シェイクスピアの同名戯曲をローレンス・オリヴィエの主演・監督で映画化した『ヘンリィ五世』(1944)だった。当初、ボイル監督は映像だけでなく、有名な“聖クリスピン”の演説シーン(イングランドが弓矢でフランスを打ち倒そうと鼓舞するもの)から音源を使用しようと考えていたと語る。しかし、この案は「直接的すぎる」として却下された。

そこで、代わりに起用されたのが『ブーツ』だったのだが、これはボイルや脚本家アレックス・ガーランドのアイデアではなかったという。きっかけは、なんとソニー・ピクチャーズが制作した予告編を2人が気に入ったこと。脚本の説明を受けた宣伝チームの担当者が、『ブーツ』の朗読について米軍の訓練経験者から聞かされたことを覚えており、予告編の編集者に音源を送っていたのだ。ボイル監督はこう語る。

「最初にソニーから送られてきた予告編に(『ブーツ』の)音源が入っていて、アレックスと私は本当に驚きました。今でもよく覚えています。すさまじい力がある、と思いました。良い予告編でしたが、あの音源と音、詩にはそれ以上のものがあった。アーカイブのシークエンスに使ってみたら、まるでそのために作られたように思えたんです。」

通常、映画の予告編で使用された音楽などが本編にも登場するケースはあまりない。しかし本作の場合は、予告編のアイデアが本編に逆流するかたちで活かされたのだ。「まるで逆浸透のように映画へ入っていき、私たちが目指していたものの大きな部分を成立させてくれました」とボイルはいう。

かくして録音から110年の時を超えて、テイラー・ホームズの朗読は『28年後…』の映画に唯一無二の重みをもたらした。その驚きを、ボイルはこのようにも表現している。

「100年以上前の録音が、現在でも当時意図されたものと変わらない本能的な力をもっているのはなぜなのか──率直に、そう問いかけねばなりません。TikTokの時代になっても、その力は衰えていない。素晴らしいことです。」

映画『28年後…』は公開中。

Source: Variety

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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