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【インタビュー】僕がひとりで長編アニメ『Away』を完成できた理由 ─ 「制約を逆手に取って考える」

Away
© 2019 DREAM WELL STUDIO. All Rights Reserved.

3年半。たったひとりで、長編アニメ映画作りに勤しんだ。ストーリーはもちろん、キャラクターデザイン、アニメーション、編集、SE、そして音楽まで。だから、映画『Away』(2020年12月11日日本公開)のエンドクレジットに登場する制作者は、ギンツ・ジルバロディス。その、たったひとりだけだ。

ラトビア出身、1994年生まれ。本記事時点26歳だ。アニメ作りを始めたのは8歳のころ。2010年には、始めて短編アニメ「Rush」を公開。冬の夜の街を舞台に、雑踏をさまよう男性を描いた1分25秒の作品だ。その後も1〜2年おきに短編アニメを公開した。

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本編時間約75分の『Away』はジルバロディスにとって、始めての長編アニメとなった。「それが自然な流れだと思ったからです」と、ジルバロディスはTHE RIVERに語った。「短編作品をたくさん作ってきて、今度はもっと違ったことを、よりキャラクターを掘り下げられることをやりたいと思いまして。いつも長編映画を観ながら、『いつか自分も』と思っていたんです。その時点で、自分の中で準備は出来ていました」。

『Away』では、無人島を舞台に、主人公の少年がバイクに乗って幻想的な景色の中を駆ける冒険が描かれる。飛べない小鳥と出会いながら、なぜかひたすら追いかけてくる黒い影から逃げる様子を、単独で作り上げたとはにわかに信じられないアニメーションで紡いだ。

ひとりで、全部  制約を逆手に取って

ひとりの想像は無限だが、実際にアニメーションに起こすとなると、そこには様々な制約が生じる。ジルバロディスは、その制約を逆手に取ることを考えた。主人公は劇中を通じてバイクに乗って移動するが、これは「キャラクターは座っていればいいので、(歩きや走りのように)動かさなくても良い」からだ。「アニメで作りやすいんですよね。ループをひとつ作ったら、アングルを変えて再利用できるから」。

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ストーリーを考える段階から、「これを自分でアニメ化するんだということを意識しているので、できるだけ簡単になるよう、まず制約について考える。そうすると後が楽になる」と語るジルバロディス。そのため、登場するキャラクターの数も絞っている。「全部のキャラクターをアニメ化していたら、仕事が増えるから」とシビアだ。

「例えば『Away』では、黒いネコがたち出てくるシーンがあります。最初はそれぞれのネコに違うデザインや性格を考えていたんですが、それは難しすぎるし時間が食われる。だからネコはひとつのデザインで、それを何体もコピーすることにしました。コピーは簡単ですからね。正直、1体を何度もコピーしたら奇妙で機械的な印象になってしまうんじゃないかと心配だったのですが、結果として良い感じになったと思います。奇妙さが、いい意味で出てくれました。」

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制約を利用した側面は他にもある。『Away』に限らず、ジルバロディスのアニメ作品には基本的にセリフがない。そうすると声優も不要になるからだ。『Away』で島を舞台にしたのも、「キャラクターが他人と話さなくていいから」という理由だ。「僕の他の短編では、耳が聞こえない人を描くものもあります(『Inaudible』)。その場合も、人の声を描かなくていい。それから、音を立てないよう忍び足の犯罪者を描く短編(『Followers』)もあります。そこでも話し言葉は不要になる。そうやって、制約を逆手に取ってストーリーを考え始めるんです」。

「ほとんど趣味でした」

たったひとりでアニメ映画を作ると聞くと、辛く、孤独な制作を想像してしまいがちだが、ジルバロディスに言わせれば利点の方が多い。「大予算、大規模チームで仕事をするよりも、自分ひとりなら全て自分のやりたいように出来ますし」と飄々と語る。

内容は自分の頭にさえ入っていればいい。つまり他人に説明して見せる必要もないので、ストーリーボードすら作らず、むしろ脚本だって書き終えないまま制作に入った。「ストーリーは作りながら固めていった感じです。規模の大きい企画では、脚本もありますから、こうはいかないでしょう。これはアニメ制作としては異例だと思います。自分の頭にアイデアがあれば、ただアニメを作り始めるだけ。人が少ないほうが時間が節約できることもあるんです」。

これまでいくつかの短編映画を制作したことで、本作のための資金調達に成功。そのおかげで、『Away』では金銭面の心配をすることなくフルタイムで打ち込むことができた。「自分の映画を自由に作れたからこそ、長い期間ずっとやる気が満ちていました。確かに四六時中仕事をしていましたけど、僕にとっては仕事という感じではなくて、ほとんど趣味でした」とあっけらかんと答える。

大変だったことはないか、と筆者が苦労話を引き出そうとしても、「ずっと楽しかった」「しんどい日はあまりなかった」とだけ。もっとも、劇中に登場する黒い影は、制作の日々に感じた「恐怖や不安、プレッシャーを表してもいる」とは教えてくれた。白紙のページに向かって、どうしようかとウンウン唸った日はあったし、たくさんの鳥が羽ばたくシーンは描写に苦労したというが、それでも「すごく大変な山場はなかった」という。「過去の短編アニメの時は、大変すぎて止めようかと思うこともあったんです。でも今作はスムーズでした」。

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『Away』の物語は全4章に区切られているが、これにも制作上の理由があって、曰く「その方が、それぞれの章に集中できると思ったのと、それぞれ独立した短編映画として説明することで、資金調達の時に話がつけやすいと思ったから」。まず第1章に取り掛かり、そこで作ったモデルを後の章で再利用する。「なので、最初の章が一番時間がかかりました。でも、いざ第1章さえ出来上がれば、続く2、3、4章は1章で作ったものを使うことができました」。

制作は「ゆるっと始まって、ゆるっと終わった」という。「終わったと思ったら、次の日になって直したい所が出てきて修正して、それで終わりだと思ったら、また修正したい所が見つかって、ずるずると。終わったから盛大にお祝い、っていう感じではなかったです」。

ジブリ映画やアルフォンソ・キュアロンからの影響

『Away』で影響を受けたのは、ジブリ映画『もののけ姫』(1997)『千と千尋の神隠し』(2001)や、ゲーム『ワンダの巨像』。黒い影にその影響は明らかに表れている。ほか、『風ノ旅ビト』や『INSIDE』など「インディーゲームの雰囲気から影響を受けている」と語る。

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『ゼロ・グラビティ』(2013)や『ROMA/ローマ』(2018)のアルフォンソ・キュアロン監督からも多大なインスピレーションを受けているという。「彼はロングテイクが有名でカット割りが少ない。カメラがふわふわ浮遊して、その周囲の環境を探索するような感じ。僕もそのスタイルを参考にしています」。

他に挙げたのは、スティーブン・スピルバーグ監督『激突!』(1971)。「大きなトラックが小さな車を追いかけるという、至極シンプルなストーリー。『Away』も、長い追走劇ですからね」。ほか、バスター・キートンのサイレント・コメディからの影響も認めている。

こうした実写作品から得た発想は、仮想カメラの動きにも見られる。アニメーションの動きやデザインがシンプルである分、カメラワークは手ブレを模した、実写的な再現がなされているのだ。「あえて不完全な感じに。コンピューターを使えば、全てが正確で完全なものは簡単に作れるのですが、僕は実際の人間が手でカメラを持っているような不完全さを目指しました」。

カメラのリアルな動きを作るのには、iPhoneのアプリが役立ったという。「iPhoneを手で持って、揺らして、その自然な動きを記録して、コンピューターに取り入れることができるアプリがあるんです。手持ちカメラっぽい印象はそのためですね」。セリフもないシンプルな世界観の中で、ジルバロディスにとってカメラとは、「モノの動きの速さを伝えたり、何かを強調して見せたい時、最も重要なツールとなった」という。

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とにかく作る、作りながら考える

『Away』では劇伴音楽まで自分で作り上げたが、作曲は始めての経験だった。「なぜ自分で音楽をやりたかったかというと、今回はミニマリスティックで環境音楽のような劇伴が欲しかったのですが、以前ご一緒した作曲家はもっとクラシックな楽曲を得意としていたからです。音楽の経験はほとんどなかったですけど、新しいことを発見できそうだし、作品もユニークになるかなと思って」。ジルバロディスは新たな挑戦を全く恐れいていない。

ここでも、全て自らの采配で進められる“ひとり制作”の利点が効いたようだ。「曲を作っていた時、ストーリーもそんなに仕上がっていなかったんです。アニメーティングと同時進行で」という。「だから、音楽の方のアイデアが、アニメのテンポやリズム作りに役立つこともありました。アニメのテンポを、ビジュアルではなくて音楽が導くっていうのが良いと思います。映像のテンポや雰囲気を作るのは、音楽が長けていますからね」。

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楽曲は特定のシーンをイメージして作曲したわけではなく、作ってからシーンに重ねてみて、合う・合わないを判断した。そのため、「どの曲がどこに来るかは、編集の段階になって始めて考えた」。およそ綱渡りのような制作だが、これぞジルバロディス流なのだ。

「全部自分で制作したら、色々なスキルの勉強ができるぞと思いました」。本作『Away』で、アニメ映画の制作にまつわる仕事を「一通りこなした」と自負するジルバロディス。「今では、もっと色々な人と一緒に仕事ができる準備が整ったように思います。一旦ひとりで全部やってみて、うまく出来たら、今後チームで仕事が出来るようになったらいいな、という考えでした。もしうまくいかなくても、またひとり制作を続けていけばいいだけなので。で、幸いにもうまくいったので、今は映画制作のチームを組んでいるところです」と教えてくれた。次はチームで、どんな作品を?

「タイトルは『Flow』。僕が初期に作った『Aqua』という短編アニメの長編版です。水を恐れる猫が、大海原の真ん中で小さなボートに乗っている話です。長編版ではさらに拡大させて、もっと多くのキャラクターや動物が登場して、彼のボートに乗るんです。そして、海だけでなく、ちょっと変わった風景も色々と旅させる。僕としても大規模なプロジェクトなので、さすがにひとりではできません。そこで、次作では小さなチームで制作するわけです。より大きく、磨きのかかった作品になります。」

ただひとりで黙々と制作に打ち込み、壮大で幻想的な作品『Away』を完成させたギンツ・ジルバロディス。劇中の主人公のように、この作品ははるばると旅をし、ここ日本で劇場公開されるまでに至った。「日本映画に影響を受けた僕の映画が、日本に帰郷するような気持ち」と、少し控え目な様子で喜ぶジルバロディスに、最後にこう聞いてみた。あなたのように、何かを制作したいと願っている人々に届けたい言葉は何ですか、と。

「そうですね……、自分では良くないと思っても、とりあえず作り始めてみましょう。始めることが大切です。失敗したってやり続けて、前に進み続けて、完成させる。途中でやめてしまったら、学びになりません。でも、完成さえできれば、たとえ出来が悪かったとしても、大きな学びになるはずです。僕の場合も、一番大きな学びが得られたのは、自分でも全然気に入っていない作品からでした。失敗だらけの作品、だからこそ勉強できたんです。とにかく完成させて、人に見せることです。それが、僕からのアドバイスです。」

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©️2019 DREAM WELL STUDIO. All Rights Reserved.

ラトビアの新進クリエイターがたったひとりで全て作り上げた映画『Away』は2020年12月11日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

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THE RIVER編集部THE RIVER

THE RIVER編集部スタッフが選りすぐりの情報をお届けします。お問い合わせは info@theriver.jp まで。

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