本物の元マトリに『バッドボーイズ RIDE OR DIE』を観てもらって、感想を聞いてみた ─ 「優秀な捜査官はああでなくちゃいけない、マイクとマーカスは五感に優れている」

もし、瀬戸氏がハワード警部の立場なら、マイクとマーカスをどう使う?瀬戸氏は「日本に派遣してもらいたい」と答えたが、これは決して冗談ごとではない。そこには、日本を密かに襲う薬物密輸の深刻な危険性がある。「あまり表に出していない情報ですが……」と、瀬戸氏は声をひそめる。
「今、日本ではWest African DTOs(西アフリカ薬物密輸組織)が蔓延っています。2020年頃から、組織がだんだん大きくなっている。彼らは世界80カ国に展開しています。六本木、新宿もいずれ獲られるくらいに展開している。西アフリカ、とりわけナイジェリアが中心の組織です。
全くコントロールできない。正体が定まらない。ところどころで動きを掴むが、組織の構造や動向がわからない。彼らは女性を運び屋として道具のように使う。最近は男もSNSで騙して利用する。タイ人など東南アジア系も使われている。マイクとマーカスには、これらの実態を解明してもらいたい。」
「そしてもう一つ」、と続ける。「メキシコのカルテルが、日本に本格的に入ってきました。大型案件も摘発されています。メキシコはあらゆる薬物を作っています。彼らは主に覚醒剤を日本に送り込んでいる。日本でも、徐々にコカインブームが来ています。これらの全体像、正体を掴むために、私だったら、手慣れたマイクとマーカスをアンダーカバー(潜入捜査)に入れますね。私はそのハンドラーになります」。
それでは、もしもマイク&マーカスと同僚だったら?瀬戸氏は、「あの二人の相棒関係の間には入れませんね」と笑う。「相手を理解し信じるには歴史が必要ですから。お互いに命を預けなければできない仕事です」。その代わり、彼らをサポートしたいそうだ。「彼らの魅力に惹かれて、違う班として彼らを支援するような立ち位置につくと思います。もし私が彼らより若ければ、呆れて卒倒しながらも、憧れて付いていくでしょう」。
瀬戸氏にも、マイクやマーカスのようなバディ関係と言える、憧れの先輩が存在した。その人物の魅力に惹かれ、「365日、四六時中一緒にいた」と昔を懐かしむ。
「彼は、マイクやマーカスのようなタイプでした。不思議ですが、憧れというのは一発で生まれますね。私はマトリになることを夢や目標として描いていた。そしてこの仕事に就いて、そこで出会った先輩が強烈すぎて、もう目指すところが決まってしまった。“この人になりたい!”と。ずっと一緒。それが当時の我々の在り方でした。年齢は違えどバディ、兄貴であり、オヤジですね。私は全て、彼に影響を受けました。」
特に心に残った出来事がある。1982年。大阪府西成で、覚醒剤乱用者が幻覚に狂って起こした無差別殺傷事件。瀬戸氏はその現場に急行している。
犯人を追いかけろと、先輩から指示が飛んだ。一人で走って追いかけた。たどり着いた商店街で、犯人は包丁を持ったまま疲弊して動きを止めた。警察官が駆けつけて、犯人は逮捕された。
残っていたのは凄惨な光景だった。犯人に刺された被害者の一人は倒れていて、側にはその息子さんの姿もあった。その現場で、先輩が一言、「最後までやるか?」と聞いた。遠い目をしていた。どういう意味かもわからぬまま、瀬戸氏は「はい」と答えた。答えると、先輩が初めて笑顔を見せた。
「要するに、“これを覚えておけ”ということなんです。最後まで俺と来るか、と」。瀬戸氏はその時の先輩の真意を汲み取る。どこまでも行きます、そんな思いだった。「それが人生を潰してしまったんですね、完全に。なんという生き方を選んでしまったのだろうと」。瀬戸氏は照れるようにして笑う。「退職してから、後悔しましたよ(笑)」。
『バッドボーイズ』シリーズは1995年に一作目が公開されて以来、実に30年近くの年月を歩んだ。その間、マイクとマーカスも加齢した。前作『バッドボーイズ フォー・ライフ』ではマーカスに孫が生まれて“じいじ”になり、本作『バッドボーイズ RIDE OR DIE』ではマイクが疲弊に苛まれる。
「私も心臓をやりました」と瀬戸氏は語る。とある捜査が終わった直後に、ストレスか、緊張のせいか、倒れて救急車で運ばれた。さらに、10年ほど前に負った背中の負傷が祟り、腰と背中の骨が弱って立てなくなった。現在は杖をついている。この手術のために入院すると、今度はガンとその転移が見つかり、摘出手術も繰り返した。「満身創痍です」と、この退職した元ベテラン捜査官は話す。
「新人職員の中には現場に行くとショックで耳が聞こえなくなる子もいました。特に、うちは六割が薬剤師です。育ちもよく、六年制の薬学校を出て、憧れと共に仕事に就く。しかし、現場で相手にするのは犯罪組織やヤクザです。セクハラだ、パワハラだ、なんて通用しない相手。なんでもありの相手です。常識が通用しない連中から怒鳴られて、ショックで立ち直れず、退職する人は結構います。
それから、詳しくは言えませんが、強制採尿。薬物の使用事実を認めない被疑者に対して、裁判所から令状を取って、病院に連れていって、体内から尿を採取することがあります。けっして気分のいい仕事ではありません。中には抵抗し暴れる者もいる。場合によっては、それを制止しなければなりません。そういう現場を、憧れて入ってきた若い子が見ていく。衝撃を受けて、立ち去っていくんです。」
このような現場で、マイクやマーカスのようなキャラクター性を持ち合わせていたら?「そんな状況でもギャグを言っていられるわけですね。だから向いているんです。我々も、マイクやマーカスのような捜査官を育成したい。でも、できないんです。ちゃんとした公務員を作らないといけないから。そこは常に裏腹なんですよ。マイクやマーカスのような捜査官は、絶滅危惧種なのです」。
『バッドボーイズ』には憧れがあると話す瀬戸氏。厳しかった現役時代、他にもハリウッド映画に刺激や勇気をもらっていたという。例えば、ジーン・ハックマンの『フレンチ・コネクション』(1971)、アル・パチーノの『スカーフェイス』(1983)。「それから、アル・パチーノとジョニー・デップの『フェイク』(1997)。寂しいんですよね、あれ。でも、私に言わせれば、まさにあの通り。道具でしかないんです、捜査官なんて。『エクスペンダブル』、あったでしょう?あれと同じ。使い捨ての捜査官。でも悲哀を感じながら、そういう人生でもいいか、と。こういう映画を観て、本当に憧れてきました」。
中でも気に入っているのは、“同業者”を描く麻薬捜査モノの映画だ。「コリン・ファレルとジェイミー・フォックスの『マイアミバイス』(2006)は、シリアスで、まさに事実を描いています。最近では2015年、ベニチオ・デル・トロの『ボーダーライン』、そして続編の『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』(2018)。薬物捜査の現場は、まさにあの映画で描かれた通りです。あれは真実です。海外の現場で学び、実情を見てきた捜査官の私から見て、心が動きました。コロンビアのカルテルが弱ってきていて、彼らが託したのがメキシコです。メキシコはフロリダに入ってくる。エルパソ、サンディエゴ。今、あっちでずっと攻防をやっている。『ボーダーライン』はそれを描いていますね」。
海外の映画やポップカルチャーでは、時として大麻がクールでオシャレなものとして描かれる。こうした風潮は最近、日本の若者の間にも広まっている。ありとあらゆる悲劇を実際に見てきた瀬戸氏に大麻の危険性について尋ねると、「大麻そのものはもちろん、それを取り巻く環境と社会事象を見る必要があります。今、どれだけの子どもが傷ついていることか……」と熱を込める。
「大麻は進化している。昔の大麻は、アルコール濃度に置き換えればビール程度でした。今の大麻はどんどん品種改良されていて、ウォッカのようになっている。
それに、環境も変化している。昔、大麻を密売するのは犯罪グループの人間だった。今、密売をやっているのは、その辺の若者や大学生です。SNSで注文して、持ってきたところを、街のチンピラ連中が袋叩きにして,ブツと現金を奪うこともあります。これをタタキと言いますが,横浜などでも去年、一昨年、何人も殺傷されてますし、大阪ではコンビニの横で5〜6人からメッタ刺しにされてますよ。たかだか大麻1グラム、5,000〜6,000円のためにです。
子どもたちが殺されているんです。身ぐるみ剥がれて。大麻にはそういう危険性もあることを、よくわかってほしい。」
最後に瀬戸氏に、改めて『バッドボーイズ RIDE OR DIE』で楽しんだ点を聞いてみた。
「一つのアクションシーンの中に、クライマックスがたくさん用意されているところですね。息もつけません。時計を見ることもできない。展開が次々やってきて、その展開の全てが驚くようなものなんですね。ヘリコプターのスカイアクション、あれには度肝を抜かれましたね。どうやって撮影しているんだと。ああいうのは、『ブラックホーク・ダウン』(2001)のような軍の映画には出てくるけど、まさか捜査機関の映画に出てくるとは……驚きました。
そして、最後には心が満たされますね。豊かになれる。人として一番大事なもの、愛や優しさ。ドラマとキャラクターの中に、しっかりと描かれています。我々にとって本当に必要な愛、忠義、家族……この映画には、全てが含まれています。」
取材を終え、写真撮影も済ませたところで、瀬戸氏は帰り際、「さっきはあえて言わなかったんですが……、お恥ずかしい話、この映画を観終えた時、最後にこう思いました」と、柔和な笑顔で囁いた。
「……“現役に戻りたい”と。どこの国でも、末端でもいい。身体も悪いが、捧げますから私を使ってください。マイクとマーカスを見て、そういう気持ちになりました。」
映画『バッドボーイズ RIDE OR DIE』は2024年6月21日、日本公開。
▼ 『バッドボーイズ RIDE OR DIE』の記事
【ネタバレ】『バッドボーイズ RIDE OR DIE』超有名人カメオに気付いた? 画面を横切ったのは…? 『バッドボーイズ RIDE OR DIE』コンビ、『ビバリーヒルズ・コップ』『ラッシュアワー』クロスオーバーに意欲 ウィル・スミスは『ラッシュアワー』希望 『バッドボーイズ5』早くも実現検討へ、「話し合いをしている」とプロデューサー 『RIDE OR DIE』世界で大ヒット中 ウィル・スミスが映画館にサプライズ登場、帽子とマスクで変装して『バッドボーイズ RIDE OR DIE』の大ウケをこっそり確認 ファン、大興奮 ハリウッド大作映画の不振、なぜ? 『バッドボーイズ』ウィル・スミスが分析 ─ 「昔は予告編に爆発シーンとジョークがあれば良かった」 原因はどこに?