【特集】『ブレードランナー』(1982)、タイトルが『ゴッサム・シティ』になりかけた過去 ─ 【はじめてのブレードランナー1】

2017年11月公開予定のドゥニ・ヴィルヌーブ監督『ブレードランナー2049』。
言わずと知れたSF映画の金字塔、リドリー・スコット監督『ブレードランナー』(1982)の正式な続編にあたる作品です。この『ブレードランナー』、アラフォー世代のSF映画ファンである筆者にとっては格別の意味を持つ作品で、同世代もしくは筆者より年配の方にとっては、その”格別”である理由をわざわざ説明しなくても、容易に共感して頂けるとは思うのですが、平成も数えてはや29年、初代『ブレードランナー』が公開されてから実に35年の年月が経過しました。
THE RIVER読者には、この初代『ブレードランナー』が世界に与えた巨大なインパクトをご存じない方、また作品自体未見の方がまだ大勢いらっしゃるのではないかと思います。35年の時を超え、ファンの誰もが諦めていた続編がついに発表される記念すべき年に、ぜひ若い読者の皆様ともブレードランナーの魅力を共有したい、新作を楽しみにして頂きたい、というお節介な考えから、こんなシリーズをはじめてみたいと思います。
タイトル『ブレードランナー』の意味と由来
第1回目の今回は、ブレードランナー世界のいろはの「い」、『ブレードランナー』という言葉の意味やタイトル決定の経緯を扱います。というのも筆者の私見では、数えきれないほどたくさんある、劇場映画としての『ブレードランナー』の優れていたポイント、後にカルトムービー化する要素の中で、まず何よりも「タイトルが抜群にハマっていた」という点が非常に大きいと考えるからです。
剃刀などの刀身をあらわす「blade」と躍動感ある「runner」を組み合わせた語感がもたらすエッジな印象は、映画を観ていなくても、否応なく「カッコよさそう」と思わされます。そして「人間」と「レプリカント」、二つの世界の危うい境で揺れる主人公という映画本編の内容との完璧なリンク、まさに「これしかない」ネーミングですが、このタイトル決定前後には色んな紆余曲折がありました。
そもそもこの映画『ブレードランナー』、SFの大家フィリップ・K・ディックの、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(原題 Do Androids Dream of Electric Sheep?)という長編小説が原作です。確かに原題は長すぎる上にわかりにくいので映画化にあたって新規タイトルを考案するのは自然な流れに見えますが、このディックの原作には、「ブレードランナー」という名前の職業、もっと言えば言葉自体、登場しません。原作では主人公デッカードの職業は、ただサンフランシスコ市警の職員で賞金稼ぎとされています。
では、「ブレードランナー」は一体どこから来たのでしょうか。
1977年、製作総指揮と脚本を担当するハンプトン・ファンチャーは、脚色したシナリオをハリウッドに回して制作プロダクションを探す前に『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を、『アンドロイド』というタイトルに変更しています。これではあまりに芸がないと思ったのか、ほどなくしてファンチャーは、このシナリオに、マイナーな美術本のタイトルから拝借した『メカニズモ』という第3の名前を付けます。
ところが権利上、この『メカニズモ』の使用許諾は下りず、やむなくファンチャーはこのシナリオに『デンジャラス・デイズ』という第4の名前をつけました。覚えている方も多いと思いますが、2007年に公開された記録映画のタイトル『デンジャラス・デイズ/メイキング・オブ・ブレードランナー』は、この段階のシナリオタイトルからとられたものです。
三回のタイトル変更にも関わらず、まだ影も形もない「ブレードランナー」、そのネーミングは、1980年、製作陣に監督としてリドリー・スコットが正式に加わって、『デンジャラス・デイズ』を自分の色に染めはじめてから行われたものでした。
1980年7月、リドリー・スコットは、ファンチャーに、「『デンジャラス・デイズ』の主人公の職業名を新たに考えなくてはならない」という意向を伝えます。ファンチャーの脚本に未来を描く映画として、大きな可能性を感じていたスコット監督。その世界観の構築において、主人公デッカードの職業が「刑事」のままではそぐわない、全く新しいものを産み出さなければならないと考えたのでした。
頭を抱えてしまったのは宿題を出された形のハンプトン・ファンチャー、数日頭を悩ませた後にスコット監督とのミーティングに臨んだのですが、スコット監督のインタビューによると、その時こんなやりとりがあったそうです。
ミーティング当日、ファンチャーはそこにいないかのように小さくなっていました。ところが会議が始まるとファンチャーは「いい名前がみつかった」と言ったそうです。そこでスコット監督が「何だい?」と尋ねると、ファンチャーは答えず代わりに紙に書いて、「聞くより読んだ方がいい」とその紙を監督に見せました。
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