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天才、ライアン・クーグラー監督の仕事術 ― マーベル『ブラックパンサー』は超エンタメ&超政治的

ブラックパンサー
©Walt Disney Studios Motion Pictures 写真:ゼータイメージ

マーベル・シネマティック・ユニバース最新作、映画『ブラックパンサー』で脚本・監督を務めるライアン・クーグラーは、1986年生まれの31歳(2018年2月時点)。長編映画を撮るのは本作が3本目、いわゆる大作アクション映画は今回が初めてである。

今や本作は米国で歴史的ヒットを飾り、ファンや批評家から大絶賛をもって迎えられている。「スティーヴン・スピルバーグの再来」とまで語られる実力をいまさら疑う余地はないが、しかし“新鋭”ライアン監督にとって、『ブラックパンサー』はまぎれもなく自身最大の挑戦だっただろう。
幼いライアン・クーグラー少年にとって、ティ・チャラ/ブラックパンサーというヒーローはどんな存在だったのか。マーベル・ヒーローを撮ること、ハリウッドで初めての大作黒人ヒーロー映画を手がけることは、彼にどんな思いを抱かせたのか。そして監督は、その重責をいかにして全うしたのか。その発想法と仕事ぶりから、本作を成功に導いた若き天才の実像に迫りたい。

ライアン・クーグラー
Photo by Gage Skidmore https://www.flickr.com/photos/gageskidmore/28635158925/

「僕みたいなヒーローを」

2017年夏、サンディエゴ・コミコンの会場に登場したライアン監督は、コミック「ブラックパンサー」についての思い出を回想している。マーベル・コミックやDCコミックス、なんでも読んでいたという「コミック狂」の従兄弟から影響を受け、ライアン少年は小学校の近くにあったコミックストアに足を運んでいたらしい。
ある日、店員の男性に「黒人のスーパーヒーローはいないの? 僕みたいな見た目のヤツはいない?」と尋ねた彼の前に出されたのが、コミック「ブラックパンサー」だったという。アフリカにあるワカンダ王国を治める王にしてスーパーヒーロー、その魅力にライアン少年は魅了されてしまったそうだ。

それから長い時間を経て、ライアン少年は映画監督になった。手がけたのは、2009年に発生した黒人射殺事件を映画化した『フルートベール駅で』(2009)、そして有名シリーズ『ロッキー』のスピンオフ映画『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)。わずか2作品で高い支持を評価を得ていた彼に目をつけたのが、『ブラックパンサー』のプロデューサーであるネイト・ムーア氏だった。

本作がハリウッド最大のスタジオのひとつ、マーベル・スタジオによる大作映画にして、コミック映画/ヒーロー映画としても重要な意味を持つ一本であること。それだけでなくライアン監督には、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)への登場が決まっていた主演俳優のキャスティングに自分が関与できなかったこと、作品の第一歩に自分が携わっていないことへの不安もあったという。
しかし監督は、ティ・チャラ/ブラックパンサー役のチャドウィック・ボーズマンやマーベル・スタジオ幹部との面会を経て、そして『シビル・ウォー』の映像を観て、『ブラックパンサー』を自分が撮る決断を下している。英Total Film誌のインタビューにて、そのプレッシャーを彼はこう語っていた。

「長編映画を撮る時には、いつも同じようなプレッシャーを感じます。『フルートベール駅で』では、実在の男性や実在の家族を描きましたから、できるかぎりのベストを尽くさねばならないというプレッシャーがありました。それから、『クリード』は僕と父についての映画なんです。『ロッキー』は父が大好きな映画なので、失敗するつもりはなかったですしね。『ブラックパンサー』も同じような感覚でしたが、さらに(プレッシャーは)大きかったですよ。」

『ブラックパンサー』のオファーを引き受けたのち、ライアン監督は、かつて自身が通っていたコミックストアを妻と一緒に再訪している。監督にとって、本作はその場所から始まっていたのだ。

「アフリカ人のヒーローを描く」というハードル

『ブラックパンサー』のストーリーは、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』の直後、父親にして先王のティ・チャカを失ったティ・チャラ/ブラックパンサーがワカンダに戻ったところから始まる。

プロデューサーのネイト・ムーア氏にとって重要だったのは、ティ・チャラが――幼いライアン少年にとって「僕みたいな」ヒーローであったように――単に黒人のスーパーヒーローというだけではない、アフリカ人のヒーローだということだった。作り手たちはその意味を掘り下げなければならなかったが、自身がアフリカ系アメリカ人であるライアン監督にとっても、アフリカ人の物語を描くことは重責だったという。なにせ監督自身は、一度もアフリカ大陸を訪れたことがなかったのだ。

英Empire誌では、アフリカ人のヒーローを描くというハードルの高さが克明に語られている。

「僕の家族は、一度も(アフリカに)行く機会がありませんでした。だから僕らにとって、多くのアフリカ系アメリカ人にとって、そこはほとんど想像上の場所だったんです。そのことは非常に大きかった。はっきり言って、見た目が近いというだけでは、この物語を描く資格がないと思いましたね。」

そこでマーベル・スタジオは、取材のためにライアン監督を南アフリカの各地に数週間派遣している。ワカンダは架空の国だが、スタッフはその見た目や音、匂いや趣に至るまで、実際のアフリカに近づけようと考えていたのだ。そして、そこに生活している、めったに映像として表現されることのない人々の姿をきちんと描かねばならないとも。従来の映画におけるアフリカ人の描写について、監督はこう述べている。

「彼らのことはしばしば歪められ、誤った形で伝えられています。あるいは浅く、薄く描かれたり、物語の道具になっている。彼ら自身が傷つく、有害な描かれ方をしているんです。僕たちはそういうものを扱っているんですよ。」

この取材を終えた後、監督は「アフリカ人であることとは何か?」という問いかけを続けていたという。

「あらゆるコミュニケーションを通じて、そのことを掘り下げようとしました。音楽を通じて、言葉を通じて、衣裳を、美術を、建物の構造や壁の色を通じて。それから、悪い部分も同じです。戦争や武器、あらゆるものを通じて掘り下げたかった。いかなる人間や社会とも同じように、(アフリカ人であることの)両面を見たいと思いました。」

こうしてライアン監督は、『ブラックパンサー』における表現の責任をきちんと自分で負うことを選んだ。そのプレッシャーたるや、「撮影中、僕にとって一番大きかったのはそのことでした」とのちに振り返っているほどである。しかし監督は時として、その責任を放棄するのではなく、あえて別の方向に振り切るという決断も取っていたようだ。

「何かを作ろうとしながら、同時に深く考えすぎても、何にもならなかったりするんです。だから一番大きかったのは、考えすぎないようにすること。だって最終的には、いい映画を作らなきゃいけないわけですから。そういうところで、自分たちが責任を持っている人々にお返しをするわけです。」

エンターテインメント映画としての『ブラックパンサー』

アフリカ人を、アフリカという土地をきちんと描く。このミッションを担いながら、同時にライアン監督が挑むことになったのは、ブラックパンサーという人気ヒーローをエンターテインメント作品として正しく映像化するという仕事だった。脚本はマーベル・シネマティック・ユニバース作品の多くと同様、これまで刊行されてきた複数のシリーズを読み込み、そのエッセンスやハイライトを凝縮する形で執筆されている。

『ブラックパンサー』という映画を作る上で、ライアン監督が提案し、マーベル・スタジオが大きな興味を示したのは、本作を「マーベル・シネマティック・ユニバース版の『007』にする」というものだった。
既存の枠にとらわれずにティ・チャラを描くため、ライアン監督は『007』シリーズを研究し、主演のチャドウィック・ボーズマンもあらかじめ全作品を観ることになったという。チャドウィックが「この映画が(『007』に)そっくりだとは言いませんが、事前に観ておいたものは、すべて毎日の撮影に影響を与えましたね」と英Total Film誌に述べているあたり、本作の根底に同シリーズのDNAが流れていることがお分かりいただけるだろうか。

ただしライアン監督は、『ブラックパンサー』を製作する上で『007』シリーズのみを参考にしたわけではない。

「ボンド映画で、自分たちなりのスパイ要素、また地理的・政治的スリラーの要素は手に入れました。それらを抽出して利用しましたが、ワカンダをうまく描くには、もっと深い何かが必要だったんです。」

そこで彼が決めたのは、ワカンダを“秘密の多い国”にするという設定だった。高い技術や資源を有していることは他国に伏せられており、それゆえにティ・チャラの家族や仲間たちには「話してはならない、人々の知らない仕事をする」という側面が生まれるのだ。

自身を「大の映画鑑賞好き」と自称するライアン監督は、そこで『ゴッドファーザー』(1972)をはじめとするフランシス・フォード・コッポラ監督の作品群をはじめ、マーティン・スコセッシ作品、1970年代の犯罪映画などを大いに参考にしたという。また米Fandangoでは、自身の大好きな映画として、2009年のフランス映画『預言者』を挙げている。

「『預言者』というお気に入りの映画があって、10年くらい前に公開されたフランス映画なんですが、これがヤバいんですよ。いつも映画を作る時には、この映画からインスピレーションを受けています。秘密の組織や文化的な結びつきが描かれていて、(『ブラックパンサー』にも)大きな影響がありますね。」

『ブラックパンサー』を観る際には、そのテーマやストーリー、表現の奥深さ、そしてエンターテインメントとしての精緻な作り込みをじっくりと味わってほしい。そして新鋭ライアン・クーグラー監督に興味が湧いたなら、過去作品である『フルートベール駅で』『クリード チャンプを継ぐ男』はもちろんのこと、彼が参照した数多の作品群にも目を向けてみよう。きっと『ブラックパンサー』をきっかけに、新しい映画体験の扉が開くにちがいない。

映画『ブラックパンサー』は2018年3月1日より全国ロードショー

『ブラックパンサー』公式サイト:http://marvel.disney.co.jp/movie/blackpanther.html

Sources: Total Film 2018 February
Empire Magazine 2018 February
https://www.fandango.com/movie-news/exclusive-black-panther-director-ryan-coogler-talks-james-bond-influences-and-that-kendrick-lamar-album-752910
©Walt Disney Studios Motion Pictures 写真:ゼータイメージ

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。