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【解説】『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』を音楽で読み解く ─ サントラ収録曲を物語に重ねて

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー
©Marvel Studios 2022

アフリカのワカンダ王国。国王ティ・チャラを失い、悲しみに暮れる妹シュリたちに試練が襲いかかる。ワカンダにだけ存在しているはずの金属ヴィブラニウムが海中にも存在し、その調査に向かった他国の研究員が何者かに襲われたのだ。事件の背後にいたのは海底に棲むタロカン帝国だった。地上文明を上回る戦闘能力を持つ彼らの前に、守護神ブラックパンサーを欠いたワカンダは存亡の危機に立たされる……。

興行的な成功だけでなく、ヒーロー映画としては異例のアカデミー賞作品賞にノミネートを果たすなど、社会現象を巻きおこした破格の映画『ブラックパンサー』。その待望の続編『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は、主人公だったティ・チャラを演じていたチャドウィック・ボーズマンの死を悼むとともに、残された者たちの覚悟を描いた作品となった。

監督のライアン・クーグラーをはじめ殆どのスタッフ・キャストが続投。音楽監督も、クーグラーとは南カリフォルニア大学以来の盟友ルドウィグ・ゴランソンが前作から引き続き担当している。

ゴランソンはスウェーデン出身だが、『コミ・カレ!』の劇伴の仕事を通じて知り合った俳優ドナルド・グローヴァーの音楽プロジェクト、チャイルディッシュ・ガンビーノのプロデューサーとしても活動しており、代表曲「This Is America」も彼の手によるものだ。だからこそケンドリック・ラマーが監修した前作では、挿入歌と違和感がないスコアを作曲できたわけだが、本作ではスコアだけでなく挿入歌の作曲やプロデュースまで行っている。

レコーディングは3つの大陸と5つの国にまたがる6つのスタジオで2500時間以上を費やして行われ、250人以上のミュージシャン、2つのオーケストラ、2つの合唱団、40人以上のボーカリストが参加したという。間違いなく映画史上最大規模で製作されたサウンドトラックだろう。

そんなビッグ・プロジェクトにおいて重要な役割を果たしたのが、ナイジェリアの首都ラゴスでのセッション。予告編でも使用されたボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ「No Woman, No Cry」をカバーしたナイジェリアのシンガーソングライター、テムズのヴォイスがスコアの複数箇所で使用されたほか、ファイアボーイDML、トビ・ンウィーグェ、CKay、ブラッディ・シヴィリアンといったナイジェリア人アーティストが楽曲参加している。

「なぜナイジェリア?」と感じる人もいるかもしれない。実は音楽業界がいま最も注目しているのがナイジェリアなのだ。というのも人口は2億人以上で公用語は英語、過去にもフェラ・クティやサニー・アデといった世界的アーティストを生んでいるポテンシャルが高い国だから。人口300万人弱のジャマイカがかつてレゲエで世界に及ぼした影響を考えると、将来性には相当なものがある。

事実、伝統的なアフロビーツとダンスホールレゲエ、レゲトンをスムーズに組み合わせた近年のナイジェリア産ポップ・ミュージックは世界新標準とでも呼びたくなる高品質でキャッチーなもの。現在、欧米で最も人気を獲得しているナイジェリア出身のアーティストはバーナ・ボーイだが、その彼もサウンドトラックに「Alone」に参加している。

映画ではティ・チャラの死後、ラボで憑かれたように実験に取り組む妹シュリを包み込むように流れるこの曲は、戦いに巻き込まれる運命を予期しながら喪失感から立ち直れないシュリの心情を、どんな台詞よりも雄弁に語っている。

ワカンダ王国のシーンでは、このほかガーナ系UKラッパー、ストームジーや南アフリカのDBN・ゴーゴー参加の楽曲もフィーチャーされている。

そんなアフリカ勢に対抗するかのようにフィーチャーされているのが、ラッパーのパット・ボーイやアレマン、スノー・ザ・プロダクト、フォーク・シンガーのビビール・キンターナ、そして詩人のマレ・アドゥベルテーンシアといったメキシコ出身のアーティストだ。理由は、タロカン帝国がメキシコの先住民文明の末裔という設定だから。

マーベル・コミックの原作では、アトランティス大陸の末裔として描かれるタロカン帝国を、クーグラーはメキシコ先住民に設定することによって、作品の裏テーマ「欧米による第三世界搾取批判」を前作以上に打ち出したというわけだ。

同時にアフリカ系による中南米へのリスペクトも濃厚に感じられる。タロカン帝国はワカンダにも負けない洗練された文化を持っている設定で、タロカン帝国の君主ネイモアが、シュリに帝国の全容を紹介するシーンでは、人々が穏やかな暮らしを営んでいる姿が描かれている。

こうしたシーンで流れる楽曲が、ゴランソンとメキシコのエレクトロ系シンガー、フォンデクシュのジョイント曲「Con La Brisa 」である。日本語訳すると「そよ風とともに」とでもいうべきこの曲は、繊細なキーボードの音色とヴォーカルが幻想的な雰囲気を醸し出す、水中に相応しいナンバーだ。

「ああ 行きましょう/あなたと私で行きましょう」という終盤のリフレインはこの後、シュリがネイモアに連れられて帝国中枢部に行くことを暗示しているわけだが、「あなたの美しい瞳」「影の間にいても 愛しい人」といった言葉が何度も登場することにも注目したい。

そう、劇中では遂に具体的には語られずに終わるシュリとネイモアの間に流れる想いをこの曲は代弁しているのだ。そしてこの想いとタロカン帝国に抱く印象が、終盤のシュリの決意に深く関わっていく。

エンディングに流れるのは、リアーナが歌うスローチューン「Lift Me Up」。近年の彼女はランジェリーやコスメ・ブランドの成功でビリオネアになり、プライベートではラッパーのエイサップ・ロッキーとの間に子どもが生まれている。そのため音楽活動は事実上引退していると思ったので、この曲のリリースはサプライズだった。作者クレジットにはクーグラー、ゴランソン、リアーナのほか前述のテムズの名が並んでいる。

ここで歌われる「旅立ったあなた」とは、もちろんティ・チャラのこと。そういう意味では「Alone」同様、シュリの心情を歌っているのだが、不在を嘆かれている「Alone」とは対照的に、この曲のティ・チャラはまるで生きているかのようにシュリを抱き上げ、守っている。それまで科学だけを信じて生きてきたシュリは過酷な戦いを通じて、残された者の心の中で生き続けている限り、死者の魂は不滅であることを理解したからだ。

こうしたテーマは前作でも語られていたものの、チャドウィック・ボーズマンの死によって、ライアン・クーグラーたちは心底信じる境地に至ったのだと思う。その悟りを宣言した曲こそが「Lift Me Up」なのだ。

それにしてもアメコミヒーロー映画の主題歌として、こんな哲学的な楽曲を聴かされることになるとは思わなかった。そういう意味でも『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は前作同様、破格の映画なのだ。

文:長谷川町蔵

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』サウンドトラック

©️Marvel Studios 2022

国内盤CD発売中/デジタル配信中。

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』大ヒット上映中。

Supported by ユニバーサルミュージック

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THE RIVER編集部THE RIVER

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