Menu
(0)

Search

昆虫に心を奪われた老人の眼差し、短編ドキュメンタリー『Bug Man』に描き出される美しくも怪しげな憧憬

昆虫が好きかどうかと聞かれると、YESともNOとも言い難い。

昆虫の種類や、接触するシチュエーションによって、そのどちらにもなるというのが、ぼく個人的な意見である。例えば某ローチなどは、どんな種類でもどんなシチュエーションでも、「NO!!!」と絶叫するが、数年前の一時期、とんでもなく自然豊かな環境で暮らしていた経験から、昆虫への免疫力は確実に強化された。部屋の中にあまりにも多くの昆虫が出現するし、都市部とは出現する昆虫のレベルが違うからである。

人間の掌大のアシダカグモや、30cmはあろうかという巨大なムカデ、モスラのようなスズメガ、ローチやナメクジの種類も通常種ではなく、「ワイルド」な、つまり「山」という名称を冠する巨大種。そういうものたちとの日々の格闘の末、都市部で見かける普通サイズの昆虫程度であれば、素手で難なく叩き潰せるまでになった(まあ害のない昆虫を殺すのはあまりよろしくはないが・・・)。ただやはりそういう環境に長く暮らす人々は更に上を行っており、近所の老婆は、巨大なローチも素手で軽々と捻り潰して消去していたので、もはやハンターの域である。

けれど、世の中には、そういった時として忌み嫌われる昆虫を愛してやまない人々もいる。今回はそんなひとりの老人の姿を描いた、短いドキュメンタリー作品をご紹介したい。ロサンゼルスを拠点に活動するイクバル・アハメッドあるいはイクバル・アーメド(Iqbal Ahmed)監督による『Bug Man』である。

[vimeo 187823706 w=640 h=360]

Bug Man from Iqbal Ahmed on Vimeo.

 

作品の中には、ぼく個人的には許容範囲の甲虫の類も登場するが、おおよそ素手では触れないような巨大種のローチやタランチュラのようなものまで登場する。けれど、その映像はじつに美しく目に映る。ローチの体の細かな模様の詳細や、巨大な蜘蛛のモサモサとした毛の細部までが映し出されているのだが、それほど悍ましいものには感じない。そしてそんな昆虫たちへの、老人の静かな、けれど重厚な眼差しが描かれている良作であると共に、後半に描かれている昆虫アートのシーンなどは、まさに邪悪な側面を持つ童心の噴出のようで、不気味に恐ろしくもある。

Bug Man
https://vimeo.com/iqbalahmed

そんな昆虫たちと戯れる老人の名前はスティーヴィン・R・カッチャー(Steven R Kutcher)、作品の中でも自らが語っていたように、幼い頃から昆虫に情熱を燃やした人物であり、いまや昆虫のスペシャリストとなっている。

さらに彼は、多くのハリウッド映画作品において、昆虫担当として製作に協力しているのである。

古くは1977年の『エクソシスト2』(Exorcist II: The Heretic)にはじまり、『ゴールデン・チャイルド』(The Golden Child)、『エルム街の悪夢3 惨劇の館』(A Nightmare on Elm Street 3: Dream Warriors)、『メイフィールドの怪人たち』(The ‘Burbs)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(Back to the Future Part II)、『アラクノフォビア』(Arachnophobia)、『ジュラシック・パーク』(Jurassic Park)、『コピーキャット』(Copycat)、『L.A.コンフィデンシャル』(L.A.Confidential)、『エイリアン4』(Alien: Resurrection)、『ミミック』(Mimic)、『ロスト・ハイウェイ』(Lost Highway)、『ワイルド・ワイルド・ウエスト』(Wild Wild West)、『スパイダーマン』(Spider-Man)、『ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記』(National Treasure: Book of Secrets)などなど、挙げだしたらキリがない。

Arachnophobia
[Arachnophobia] – Photo by Amblin Entertainment – © 1990

その多くの映画のタイトルを見てみると、例えば『アラクノフォビア』だったり、『ジュラシック・パーク』だったり、あるいは『ミミック』だったり、果ては『スパイダーマン』にも協力しているので、完全な昆虫映画であることに納得がいくのだが、「昆虫なんてどこで出てくるんだよ?」と疑問符があがるものもチラホラ見受けられる。

ちなみに一例として『L.A.コンフィデンシャル』では、死体に湧く蛆虫(ウジムシ)担当だったそうである。やはり映画というものは、そういった観客に見えているのか見えていないのかわからないような細部にまでこだわることによるクオリティーの向上というものが実に重要な部分になってくるのは確かである。

そんなことを踏まえつつ改めて作品を鑑賞してみると、まさに彼は昆虫への常軌を逸した愛と情熱を持つバグマンであり、またハリウッド映画界におけるスペシャリストとしてのバグマンでもあり、そしてやはり、自らがバグに変態したいという強い憧憬を持ち得る、あるいはもはやすで自らがバクと成り果てている、真のバグマンなのかもしれないと感じる。

あるレベルを超えると、恐怖は一転して美しい光へと変化を遂げる。そういうことの一端が描かれた作品なのかもしれない。

Bug Man
https://vimeo.com/iqbalahmed

いずれにせよ、何事においても、情熱とはかくありたいものである。

Writer

アバター画像
MujinaMujina Tsukishiro

普段はあまり摂取しないコーヒーとドーナツを、無駄に欲してしまう今日この頃。You know, this is - excuse me - a damn fine cup of coffee.