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【インタビュー】『キャッツ』トム・フーパー監督が映画化に込めた思いと「許し」のテーマ ─ 「ジェリクル」の意味も説明

『キャッツ』トム・フーパー監督
『キャッツ』トム・フーパー監督 Photo:Kazuhiko Okuno

世界中で愛され続けるミュージカルの金字塔を映画化した『キャッツ』が2020年1月24日より公開となった。メガホンをとったのは『英国王のスピーチ』(2010)『レ・ミゼラブル』(2012)で知られるトム・フーパー監督。製作総指揮には舞台『オペラ座の怪人』のアンドリュー・ロイド=ウェバーが就任している。

映画界とミュージカル界を代表する世界最高峰の制作陣で贈る映画『キャッツ』のフーパー監督が『リリーのすべて』(2015)以来、約4年ぶりの来日を果たし、このたびTHE RIVERの単独インタビューに登場。かつて誰も見たこともない世界を映し出した映画『キャッツ』について、気になるポイントを尋ねた。

『キャッツ』トム・フーパー監督
『キャッツ』トム・フーパー監督 Photo:Kazuhiko Okuno

『キャッツ』舞台版との違いは

── 本作では多種多様な猫たちが歌とダンスで競い合う姿が描かれていますが、映画『キャッツ』のテーマは「トライバリズム(部族主義)」でしょうか? 

そうですね。舞台版でも描かれていることですが、人間であれ猫であれ、コミュニティに属することでより強くなり、分断した途端に弱くなってしまうのではないでしょうか。その結果、堕ちた者、忘れ去られた者、部外者などは社会の片隅に追いやられてしまう。映画では、無垢な主人公ヴィクトリア(フランチェスカ・ヘイワード)が、(猫たちの)コミュニティの持つ偏見を再考するように物語を導いていきます。

キャッツ
© 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

── もともとヴィクトリアは舞台版では小さな役だったそうですが、主人公(観客的な位置づけ)として起用した理由はありますか? 

脚本執筆時に最も重要な変更を施したのが彼女のパートなんです。舞台版では、演者である猫たちが、人間である観客に向かって歌うことで物語や背景について伝えますよね。ところが、映画で演者全員がカメラに向かって歌っては、成立するものもしないじゃないですか。なので、観客の立場に最も近いと感じた純白な心を持つヴィクトリアを(映画では)主人公に起用することにしました。”ジェリクル”やその場所のルールさえも知らないヴィクトリアの視点を通して物語を綴る構成に仕上げることで、『キャッツ』について全く知らない人でも、その世界観にのめり込めるのではないかと思います。

それと、ヴィクトリアに「捨て猫」という設定を加えることを思い付きました。「捨て猫」という背景を持つヴィクトリアは、同じような境遇の孤独なグリザベラ(ジェニファー・ハドソン)とは、いわば鏡のように対称的な存在なんですね。

キャッツ
© 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

── 舞台版との違いをもう少し詳しく教えていただけますか?

やはり、一番重要だったのはヴィクトリアですかね。あとは、猫たち全員がタレントショーで賞を狙うかのように“ジェリクル”になりたいと「競争」するというのをより明確になるように工夫しました。(毎日座りっぱなしの大きな猫)ジェニエニドッツでさえも、“ジェリクル”に選ばれるため必死に頑張っちゃうみたいな。

それから、悪役をもっと増やしたかったんですよ。舞台版では比較的口数が少なく、どちらかといえば神秘的な印象を持つマキャヴィティですが、(原作者)T・S・エリオットの詞の中にはマカヴィティについて「小説『シャーロック・ホームズ』に登場するモリアーティ教授みたいに穏やかで魅力的」であるとされているんです。そこで、映画では彼を中心人物として配置して、イドリス・エルバに演じてもらいたいと思いました。

キャッツ
© 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

“ジェリクル”ってどういう意味?

── 劇中に何度も“ジェリクル”というワードが登場しますが、具体的にはどのような意味を持つのでしょうか?

実は劇中の最後にもヒントはあるんだけど、もともと“ジェリクル・キャット(Jellicle Cat)”は、“Dear Little Cat(可愛い子猫ちゃん)”という意味で(原作者T・S・エリオットの)造語なんですよ。ただ、映画の中では同時に『ウエスト・サイド物語』(1961)でいうところの「ジェット団」や「シャーク団」のような、歌やダンスが出来る「猫のコミュニティ」としても表現しています。

── 個性豊かな猫たちが登場する本作ですが、監督自身がもしも猫に変身するとしたら、どのキャラクターですか?

多分(映画ではロバート・フェアチャイルドが演じる)マンカストラップですかね。ギャングを率いて人々の世話をしたり、彼らの才能を見抜いて育てたりするので。あとは、ヴィクトリアを特別な存在と思って、色々とチャンスを与えたりするところとかも含めて、私と似てるかなと思ったりします。ただ、私にはあれだけのトップアスリートなダンスを披露することは出来ないですけどね(笑)。

── ボンバルリーナ役を演じたテイラー・スフィフトは、撮影現場ではどういった感じでしたか?

テイラーはとにかく面白くて可愛らしい人でしたよ。しかも、『キャッツ』で一番最初にキャスティングしたのが彼女だったんですね。彼女は『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役(好きな人に振り向いてもらえない女性)でオーディションを受けて、見事にこなしていました。ただ、テイラーは人に気づいてもらえないような影の薄い女性ではないと判断して、最終的な起用までは至らなかったんです。それに、彼女にはもっと相応しい役があると思いました。だからこそ、今回は彼女のキャラクターを最初に書き上げたんです。

ただ、予想もしてなかったのは、彼女が新曲『ビューティフル・ゴースト』に関わってくれたことです。彼女が曲に関わってくれたことで、また新たな映画の側面が浮かび上がりましたし、何より彼女が書いた歌詞が信じられないほど美しく知的で、感情を激しく揺さぶられましたよ。

キャッツ
© 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

── 新曲『ビューティフル・ゴースト』は、舞台版の原作者であり作曲家でもあるアンドリュー・ロイド=ウェバーと、テイラーが共同で書き下ろしたんですよね。初めて聴いた時のご感想は?

アンドリューがピアノを弾いて、テイラーが私の目の前で生歌唱してくれたんですけど、偉大な二人を前に流石に圧倒されましたね。とにかく、クレイジーな体験でしたよ(笑)。

── 完成した曲に対して、何かリクエストなどはしました?

全く。出来上がった時点で、メロディも歌詞も完璧だったので、何も言うことはなかったですね。

すべての人に『キャッツ』を届けたい 映画化の意義

── 本作では、「演者をなるべく猫に近づける」ために苦労したと思いますが、実際にデジタル技術が進歩している中、今後の映画製作にはどのような影響があると思いますか?

3年前にデジタル技術担当者に私が当時やろうとしていたことは「不可能」と言われ、2年前には「可能ではあるけど、費用が高すぎる」と言われました。ちょうど技術が進歩して予算的にも何とかなる時期だったのが今回で、満を持して製作することが出来たみたいなのはありましたよ。やはり、VFXは観る者を魅了する力があると思いますしね。ただ、最終的にはそういった映像にも人は見慣れるので、物語を丁寧に描くことの重要さに、話はいずれ戻ってくると思います。

── なるほど。では、このタイミングで映画『キャッツ』を手がけようと思ったのにはそういう背景があったということでしょうか?

そうですね。子供の頃からの夢ではあったけど、今やっと実現できる状況・立場になったからですかね。

── 子供の頃から舞台版『キャッツ』のファンとお聞きしたのですが、映画化しようと思ったきっかけは何故でしょうか?

私が8歳の時に『キャッツ』の舞台を初めて見て興奮したように、とにかく今の子供たちにも同じような感情を味わって欲しかったんです。なので、5歳以上の子供から大人までが楽しめるファミリー向けに作りました。実際に、プレミアで映画を観た5歳と8歳の甥と姪が楽しんでいる姿を見れて、何よりも嬉しかったです。あと、舞台の公演がない場所だったり、料金が高かったりして見られないというケースもあるでしょう。一方で、映画なら誰にでも観る機会を与えることが出来ると思うので、そういった映画的な側面から考えても作りたいと思いました。

キャッツ
© 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

── 昨年の夏に娘さんが生まれたそうですが、自身の子供のために本作を手掛けたのでしょうか?

そうですね、娘が数年後に楽しめるものを作りたいとも思っていたので、実際にそういった背景もありますね。

── 娘さんをいつか舞台版『キャッツ』にも連れていきたいですか?

もちろんです。

── そんな監督の大好きな舞台版『キャッツ』は、何故、これほどまでに時代を超えて愛され続けているのだと思いますか?

まずは何より、アンドリュー(・ロイド=ウェバー)が作曲した偉大な音楽だと思います。私にとっては、子供の頃からとにかく『キャッツ』の不思議な世界観に惚れ込み、猫たちの「秘密の世界」にこっそり入れてもらっているというのが、子供の知らない秘密の「大人の世界」を覗き込むようで、とにかく心に響いたんです。

キャッツ
© 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

脚本執筆の楽しさと、次なるミュージカル映画の意向

── 今まで脚本家としてクレジットされることは無かったと思うのですが、今作で執筆してみていかがでしたか?

10代の頃には書いていた時もあったんですよ(笑)。でも、映画『キャッツ』では『ビリー・エリオット』(2000)を執筆したリー(・ホール)が共同脚本家として隣についてくれたので、本当にワクワクしながら取り組みことができました。それと、脚本を書いていて何が良いかっていうと、台詞を変えたり、シーンを全く別にものに変更したりするのも、消しゴムで消すように簡単に出来るわけですよ(笑)。ただ、ディレクション時に何かを変更するというのは非常に大変なことで、セットを変えるだけでなく、実際に作り直したりしないといけないので、とにかく莫大な資金が掛かりますよね。そういうことでいうと、今回は脚本に携われたことで、いつもより開放感を感じることができたかな。

── では、以前からも書いてみたいとは思っていたのでしょうか?

はい、ただ、『英国王のスピーチ』を書いたデヴィッド(・サイドラー)だったり、『くたばれ!ユナイテッド -サッカー万歳!-』(2009)「ザ・クラウン」(2016-)のピーター・モーガンだったり、脚本家に常に恵まれてきたこともあって、今後もそういった素晴らしい脚本家たちと仕事をしたいですね。

── 将来またミュージカル映画を撮りたいですか?

もちろん。今すぐにとはいきませんが、いつかはやりたいです。

── 何か頭に思い浮かんでいるのがあるんですか?

実は、『キャッツ』『レ・ミゼラブル』を撮った理由には共通点があるんです。それは、2作品ともまだ誰も映画化を実現させたことがなかったからで、既に映画化されているものがあるなら、逆にそこには触れたくないですね。だから、私にとっての映画作りの醍醐味は、まだ世の中に存在しないものを届けることなんだと思います。

── 日本でも大ヒットした映画『レ・ミゼラブル』でキャリアに大きな変化はありましたか?

日本での成功にとても感激し、文化や言語の壁を越えて他の国に感動を与えることに、より関心を持つようになりましたね。

── 映画『キャッツ』の吹き替えは日本とドイツの2カ国のみとのことですが、日本はなぜ許可されたのでしょうか?

日本語の歌詞には、人々に共鳴する力があり、なおかつ非常に象徴的なので、日本のファンにとってはとても重要だと思ったからです。映画を観る時に3Dと2Dの選択肢があるように、言語の選択肢があるのは、私にとっては理想的な形です。

トム・フーパー作品に共通する「許し」のテーマ

── 映画『キャッツ』からフーパー監督のどういった新しい一面が見られますか?

まずは、今までの映画と共通して「許し」について語っています。私が30歳の時に手掛けた『ヒラリー・スワンク IN レッド・ダスト』(2004)では南アフリカの「真実と和解」を描き、『レ・ミゼラブル』では「神父がジャン・ヴァルジャン許す話」について描きました。『英国王のスピーチ』でも「バーティ(アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージの愛称)自身が患う吃音症(円滑に話せない)を許し乗り越える姿」を描いています。『キャッツ』では、初めての試みである「ダンス」を取り入れているので、そういった部分にも注目して楽しんで欲しいですね。

── なるほど。「許し」をテーマにした作品が多い理由はなんでしょうか?

(しばらく考えて)私も毎日のように自分に聞いていますが、よくわからないんです。ただ、両親の影響があるのは間違いないですね。両親は二人とも、ものすごく優しい人達で、喧嘩することも少なかったんです。彼らはリベンジするという概念から遠い存在で、常に世界中のどんな人でも受け入れるような人たちなんです。特に母親は何事もしっかりと理解しようと心がける人だったので、そういった背景で育ったからだと思います。

『キャッツ』トム・フーパー監督
『キャッツ』トム・フーパー監督 Photo:Kazuhiko Okuno

インタビュー終えると、フーパー監督は自ら手を差し伸べながら、日本語で「ありがとうございます」と優しい笑顔を見せた。フーパー監督は、日本でのプロモーション活動を終えたあと、フィアンセと6ヶ月の娘を連れて日本観光をするようだ。「日本は大好き。6ヶ月の娘にとって初めての日本なんだ」と嬉しそうに話していた。

映画『キャッツ』は公開中。

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Minami

THE RIVER編集部。「思わず誰かに話して足を運びたくなるような」「映像を見ているかのように読者が想像できるような」を基準に記事を執筆しています。映画のことばかり考えている“映画人間”です。どうぞ、宜しくお願い致します。