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『キャプテン・マーベル』音楽が伝えるテーマ ─ キーワードは「90年代」「ライオット・ガール」「グランジ」

キャプテン・マーベル
© MARVEL/PLANET PHOTOS 写真:ゼータイメージ

マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)最新作、『キャプテン・マーベル』(2019)は1995年が舞台である。記憶を失い、異星でクリー人の訓練を受けたヒロイン、キャロル・ダンヴァースが自らの使命に目覚めていく物語だ。MCU初の女性主演作であるだけでなく、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年4月26日公開)へとつながる内容なので、世間からの注目度は高い。事実、公開後1週間で世界興収が5億ドルを突破するなど、驚異的なペースで観客を集めている。

さて、『キャプテン・マーベル』にはネガティブな話題も飛び交う。主演のブリー・ラーソンがフェミニストを公言していることで一部ネットユーザーの怒りを買ったのだ。それ以来、レビューサイトRotten Tomatoesが「荒らし」の被害に遭い続け、低評価を示す投稿が相次いでいる。同サイトに掲載された批評家のレビューは、約8割が好意的であるにもかかわらず。はっきり言うが、本当にくだらない。『キャプテン・マーベル』はそもそも、こうしたミソジニー(女性蔑視)に向けられた強烈なカウンターパンチである。程度の低い荒らしが活動すればするほど、本作の志が正しいと証明しているにすぎない。この記事では、本作が引用している90年代の楽曲群にスポットを当てながら、『キャプテン・マーベル』のテーマを掘り下げていく

この記事には、映画『キャプテン・マーベル』のネタバレが含まれています。

キャプテン・マーベル
ⒸMarvel Studios 2018

1995年に漂うライオット・ガールの残り香

1990年代初頭には、アメリカのロック/パンクシーンで2つのムーブメントが巻き起こった。「ライオット・ガール」「グランジ」である。ライオット・ガールとは、保守主義や男性優位社会に対する、女性パンカーたちの反抗だった。1980年代以降、自由競争社会が加速する中でアメリカ社会は「弱肉強食」の様相を帯びていく。そんな中、男性的なマッチョイズムが文化的にも蔓延し、女性をアクセサリーのように扱う表現が増加していた。ライオット・ガールたちは、そんな傾向にはっきりと「NO」を叩きつけ、男性顔負けの攻撃的なサウンドで反体制を体現した。代表的なバンドとして、ビキニ・キルやスリーター・キニーなどが挙げられるだろう。

残念ながら、ライオット・ガール・ムーブメントは大きな商業的成功を収められないまま下火になっていく。アーティストたちが体制に屈したわけではない。ライオット・ガールを精神性ではなく単なる音楽性で捉えてしまったメディアが多かったため、定義が曖昧になっていったのである。また、ムーブメントを牽引したアーティストの大半がインディペンデント・バンドで、活動規模を拡大するのが難しかったのも要因だ。ほかにもさまざまな事情はあるが、とにかく、ムーブメント自体は90年代中盤あたりから表舞台で目立たなくなっていった。まさに、『キャプテン・マーベル』の時代である。当時のアメリカはライオット・ガールの残り香が漂いながらも、徐々に男性主体のヒップホップやミクスチャーロックがチャートを席巻し始めていた。

ライオットガールの志を継ぐ『キャプテン・マーベル』の2曲

それでも、ライオット・ガールのアティチュードはヒットチャートに影響を与えた。メジャー・レーベルから個性的な女性ボーカリストを擁するバンドが次々に台頭してきたのだ。1992年のデビュー当時はほとんど話題にもならなかったノー・ダウトは、1995年にアルバム「Tragic Kingdom」でブレイクする。1994年には音楽プロデューサーのブッチ・ヴィグがガービッジを結成して『Garbage』『Version 2.0』などのアルバムヒットを飛ばした。

『キャプテン・マーベル』ではキャロルがヤンキーのバイクを盗むシーンにて、ガービッジが1995年にリリースしたシングル「Only Happy When It Rains」が使用されている。

そして、最終決戦で流れるのは、ノー・ダウトによる1995年のヒット曲「Just A Girl」だ。

ガービッジもノー・ダウトも男女混合のメンバー構成だ。ガービッジにいたっては、音楽的主導権が男性メンバーにあるため、純粋なライオット・ガールとして分類するのは難しい。しかし、両バンドの魅力が女性ボーカリストの奔放なパフォーマンスにあるのは揺るがない。ガービッジのシャーリー・マンソンはうつ病やドラッグ中毒を乗り越えた過去があり、不屈の生き様も同性からの支持を集めた。ノー・ダウトのグウェン・ステファニーはパワフルなステージ・アクションが代名詞である。ファッションアイコンとして日本での知名度も高い。彼女たちはメジャーの側からライオット・ガールに共振したスターだといえるだろう。

ライオット・ガールとは、音楽ジャンルだけで縛り付けられる概念ではない。いわば、すべての女性たちの心に宿っている「誇り」だ。『キャプテン・マーベル』では、キャロルを支配し、自分たちの思うようにコントロールしようとする男性が出てくる。自力で世界の歪みに気づいて、力を解放させるキャロルは正真正銘のライオット・ガールだ。『キャプテン・マーベル』やラーソンを理不尽に批判したがる人々は、女性が自分の意思を持って羽ばたいていく姿を恐れているのだろう。終盤、キャロルにしっぺ返しを食らわされたあのキャラクターのように。

どうしてニルヴァーナ「Come As You Are」なのか

ライオット・ガール以上のセールスを挙げたムーブメントがグランジ・ロックである。『キャプテン・マーベル』ではブームの火付け役だったニルヴァーナの「Come As You Are」が挿入されている。1991年の大ヒットアルバム「Never Mind」からのシングルだ。すでに映画を見た人なら、キャロルが敵に拘束されて精神世界の「彼女」と対話する場面で流されていたのを思い出せるだろう。余談だが、「Come As You Are」のプロデューサーはガービッジのメンバーでもあるブッチ・ヴィグである。

グランジ・ロックは、負の感情を激しいサウンドで吐き出すのが特徴的だった。パール・ジャム、スマッシング・パンプキンズなどのバンドがブームの渦中でブレイクする。それでも、ニルヴァーナを頂点とする論評は多い。

『キャプテン・マーベル』では、これ以外の場面でもニルヴァーナへのオマージュが捧げられている。キャロルがナイン・インチ・ネイルズのTシャツを着ているシーンは公開前から予告編で話題になっていた。ただし、全体的なコーディネートはニルヴァーナのボーカル、カート・コバーンそっくりである。

キャプテン・マーベル
© MARVEL/PLANET PHOTOS 写真:ゼータイメージ

繊細な性格のコバーンは、80年代的な男性目線のコマーシャリズムに共感できず、マチズモへのアンチテーゼを歌い続けた。だから、椎名林檎などの女性アーティストからもリスペクトされているのだ。なお、コバーンは1994年の4月に自ら命を絶っている。『キャプテン・マーベル』は、オルタナティブ・ロックの中心的存在が消え、商業主義が音楽界に浸透していく時代の物語でもある。

「Come As You Are」の歌詞は痛々しい。コバーンはヒット曲の陳腐な表現を皮肉まじりで使用することがよくあった。一見、「Come As You Are」もそんな曲に聴こえる。しかし、色眼鏡なしで言葉を追うと、社会的に疎外された者が必死で激動の時代をサバイブしようとしていた様子が見えてくるのだ。

君自身になれよ

昔の君になれよ

君がなりたい人間になれよ

友達のように

友達のように

よく知っている敵のように

この「君自身になれ」というフレーズが、記憶を取り戻そうともがいているキャロルと重なる。コーラスで「Memoria(記憶)」とリフレインするのも印象的だ。ライオットガールと同じくグランジも、「世間が望む姿ではなく、なりたい自分になれ」というメッセージがあった。ただ、自分の願望を理解している人間なんて一握りである。90年代初頭のオルタナティブ・ロックは、自分たちにもリスナーにもあえて険しい選択肢を提示していた。そのため、歌詞には決して耳障りがよくない言葉ばかり出てくる。Jポップのように、承認欲求をお手軽に満たしてくれるフレーズはない。だからこそ、リアルな音楽だったともいえる。『キャプテン・マーベル』の中核にある切実さは、90年代ロックから「他人に自分の人生を決めさせない」戦いを受け継いだ結果なのだろう。

R.E.M.「Man On The Moon」の意味を深読み

最後に、もう一曲だけ筆者の好きな劇中歌を紹介しておきたい。ラスト寸前でかすかに聴こえるのはR.E.M.の「Man On The Moon」だ。R.E.M.は80年代から活動を開始したバンドなので、ライオット・ガールやグランジ世代にとっては前時代の人々である。しかし、R.E.M.はカート・コバーンをはじめとするブームの中心的人物からも愛されていた。商業主義と一定の距離を置きながら、音楽と真摯に向き合う姿勢が尊敬されていたのだ。

「Man On The Moon」は若くして死んだコメディアン、アンディ・カウフマンに現代の喧騒を語りかけるバラードである。旧世代と新世代をつなぐ歌―。深読みではあるが、R.E.M.のこの曲が最後に流れているのは、失われた過去を取り戻すキャロルの旅の終わりとして、ぴったりではないだろうか。そして、『アベンジャーズ/エンドゲーム』へと向かう「未来の始まり」としても。

映画『キャプテン・マーベル』は2019年3月15日(金)より全国公開中

『キャプテン・マーベル』公式サイト:https://marvel.disney.co.jp/movie/captain-marvel.html

参考文献・資料:野田努、三田格(編集)(2011)『ゼロ年代の音楽 ビッチフォーク編』河出書房新社 / CDJournal, Red Bull

Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。