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『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』ジェイク・ギレンホールだから表現できる「破壊」

交通事故によって妻を失った男が、自分自身を知るために壊して壊して壊しまくる映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』

妻が死んだのに悲しくない。涙も出ない。そんな自分が理解できず、戸惑う主人公をジェイク・ギレンホールが見事に演じている。「心の修理も物の修理も同じ。まずは解体することだ」という義父のアドバイスに従って、彼は冷蔵庫を壊し、会社のトイレの扉を壊し、義父母の家の照明を壊し、通りがかりに見つけた家の解体に無理やり参加し、ついには自分の家までも壊していく。その一方で、苦情の手紙をきっかけにして知り合ったシングルマザーの女性と、その息子との交流を深めていく。

【注意】

この記事には、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』に関するネタバレ内容が含まれています。

ぶっ壊れていくように見えるジェイク・ギレンホール

狂気を感じさせる役柄が多いジェイク・ギレンホールは、本作でも鬼気迫る熱演を見せている。苦情の手紙を書き綴り、妻が死んだというのに悲しむ様子もなく手当たり次第に物を解体していき、ついには会社にも来なくなってしまう彼は、はたから見たらやはり狂っている。

公私ともに彼に目をかけていた義父も愛想を尽かし、一時的に生活を共にすることになったシングルマザーもマリファナ中毒。しかも、肉体関係はないとはいえ完全な浮気だ。客観的に見れば、タガが外れて転落していっているようにしか見えない主人公。しかし、観客である私たちは知っている。彼はスクラップ・アンド・ビルドの最中なのだということを。今のところは壊してばかりだけれど、何事にも無関心だった彼が、自分の内なる声に耳を傾け始めたのだということを。彼は、それまで気にも留めていなかった様々なことに、目を向けるようになっていく。

シングルマザーの息子との交流

シングルマザーであるカレンの息子は、幼い身体に高い知能を持った15歳の少年だ。周りを取り巻くすべてのものに背を向けているような少年の心の殻を剝がしたのは、主人公だった。「Fワードの使い方」で少年をハッとさせる脚本には唸った。そして、少年と関わることで、主人公も明るさを取り返していく。

あるとき、「僕はゲイなのかな」と告白した少年に対し、主人公は「迫害されるだろう。だから、あと2・3年は女の子を好きなふりをしろ」と語る。しかし、それは自分自身に向き合おうとしている主人公の行動とは矛盾する言葉だった。その後、主人公と共に家を解体した少年もまた、自分自身と向き合う勇気を得る。

破壊していたのは、主人公だけではなかった

自宅を解体している途中で、主人公は妻の秘密を見つけてしまう。そして、今まで全く気づいていなかった衝撃的な事実を知る。妻もまた破壊行為を行ったのだ。しかも、それは主人公のそれなんかとは比べものにならないくらいに重い破壊。主人公は、妻が死んで初めて愛を見失ったことに気付いたが、妻はもっと前に気付いていた。そして、対象は物ではなかったものの、主人公と同じように破壊行為を行った。

妻の過去を知った主人公は、その後に妻が残したメッセージを発見する。すべてを破壊しつくした後に、妻の中に残った主人公への想い。夫にも自分に気付いてほしいという気持から、付箋に残したなぞなぞのようなメッセージたち。メッセージ自体は他愛のないものばかりだったが、妻の苦しみと愛を知った主人公は初めて涙する。そして、彼の破壊行為は終了する。彼もまた、すべてを壊した後で妻への愛を知ったのだった。

また同時に、少年も、シングルマザーも破壊と再生を体験していた。壊したり、手放したりして初めて得られるもの、気づけるものが人生にはある。

壊して、壊して、壊しまくったあとに主人公がビルドしたのは、妻との思い出にまつわるものだった。妻の遺産をダウン症の子供たちのために使うことを選択した主人公の顔は、晴れやかだ。

口数の少ない主人公と、現実感のない描写。狂気?いや、それとも正気?

ジェイク・ギレンホールが演じる主人公は、非常にセリフが少ない。苦情の手紙に書き綴る言葉以外には、最低限の言葉しか発さない。また、彼の視界に一瞬妻の姿が現れたり、現実感のないシーンが唐突に挿入されたりするので、全体的に現実感が薄い。彼の破壊行為が果たして現実なのかも疑わしくなってくるほど、曖昧な印象を受ける。

フワフワとした地面を歩いているような不安定さは、そのまま主人公の喪失感につながる。彼には、その喪失感の正体がわからない。だから、壊す。物を壊し、自分も壊す。この役は、ジェイク・ギレンホールでないと演じられなかっただろう。狂気と正気の境界線を歩いているような表情が実に上手い。狂気?いや、正気?という狭間で、「ああ、正気なのか」と最終的に思わせる説得力。共感と不安を同時に抱かせる絶妙な演技は、素晴らしいとしか言いようがない。

また、少年を演じているジュダ・ルイスがとても良い。『ネバーエンディングストーリー』のノア・ハザウェイを彷彿とさせる美貌と、『ボーイズ・ライフ』のレオナルド・ディカプリオを思わせる意志の強さ。これからが非常に楽しみな逸材だ。

原題『Demolition』(取り壊し)と、邦題『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』について

映画のテーマそのものズバリを指している原題に対し、あまりに詩的な邦題に違和感を覚える人も多いだろう。この邦題は、妻が車のサンバイザーに残したメモIf it’s rainy, You won’t see me, If it’s sunny, You’ll Think of me」に由来する。これは、「雨の日は(サンバイザーを使わないから)このメモを見ないだろうけど、晴れてるときは私のことを想ってね」くらいの茶目っ気のあるメッセージなので、この邦題とはニュアンスが異なるとは思うのだが、私はこの邦題は「ギリギリアリかなぁ」と考えている。

「デモリション」ではピンとこないということに加えて、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』という異様に長いタイトルは、やはり家族の喪失からの再生を描いた映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を連想するので(私だけかもしれないが……)、作品の内容がイメージしやすいからだ。ただ、作品の解釈を押し付けかねない危険性はあるので、手放しで絶賛する気にもなれない。やはり、邦題問題は難しい。

Writer

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umisodachi

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

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