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【解説】『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』合唱隊による歌の意味とは ― 元ネタはシェイクスピア『マクベス』

Photo by Karen Roe ( https://www.flickr.com/photos/karen_roe/7375572694/ )

映画『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(2004)の前半で観る者に強烈なインパクトを与えるのは、新学期を迎えたホグワーツで合唱隊(聖歌隊)の子供たちが歌い上げる挿入歌『ダブル・トラブル(Double Trouble)』だ。
劇場公開時は予告映像にも使用されていたことを覚えている人もいるかもしれないが、その後の展開をどこか示唆するような不穏な雰囲気とメロディは一度聞いたら忘れがたい。

ではこの楽曲ではどんなことが歌われているのか、そしてそこにはどんな意味が宿されているのか……。本記事ではその細部を掘り下げていくことにしよう。

「二倍だ、二倍だ、苦労も苦悩も」

楽曲『ダブル・トラブル』を作曲したのは、『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001)からシリーズの音楽を手がけたジョン・ウィリアムズ。本作をもって『ハリー・ポッター』の作曲から手を離している(その後もメインテーマはアレンジを加えられて使用されている)彼にとって、この曲はまさに渾身の作といえるだろう。

かたや歌詞となっているのは、イギリスの劇作家・詩人であるウィリアム・シェイクスピアの戯曲『マクベス』からの引用である。
『マクベス』は勇敢にして心の弱いスコットランドの武将マクベスが、ある日出会った三人の魔女の予言、また気性の激しい夫人の後押しによって国王ダンカンを暗殺して王位に就く物語だ。しかし国王になった後も、マクベスは不安にさいなまれていく。

テオドール・シャセリオー画『マクベス』(1855)[パブリックドメイン]

『ダブル・トラブル』で引用されているのは、心の安定を求めたマクベスが、三人の魔女を訪れて再び予言を引き出す場面の台詞だ(第四幕第一場)。そこで三人の魔女は大きな釜を囲みながら、次々におぞましいものを煮込んでいく。魔女たちがつぶやくセリフの順序が入れ替えられ、切り取られて再構成されながら曲中では歌われているのである(日本語訳は筆者)。

Double, double, toil and trouble; (二倍だ、二倍だ、苦労も苦悩も)
Fire burn and cauldron bubble. (炎よ燃えろ、ぐつぐつ煮えろ)
Double, double, toil and trouble; (二倍だ、二倍だ、苦労も苦悩も)
Something wicked this way comes. (邪悪なものがやってくる)*1

Eye of newt and toe of frog, (イモリの目玉、カエルのつま先)
Wool of bat and tongue of dog, (コウモリの毛、犬の舌)
Adder’s fork and blind-worm’s sting, (ヘビの二つに割れた舌、目の見えない虫の毒針)
Lizard’s leg and howlet’s wing. (トカゲの脚、フクロウの羽根)

*1 繰り返し

In the cauldron boil and bake, (釜の中で煮えろよ焼けろ)
Fillet of a fenny snake, (沼地のヘビを一切れ)
Scale of dragon, tooth of wolf, (ドラゴンの鱗、オオカミの歯)
Witches’ mummy, maw and gulf. (魔女のミイラ、胃と喉)

Double, double, toil and trouble; (二倍だ、二倍だ、苦労も苦悩も)
Fire burn and cauldron bubble. (炎よ燃えろ、ぐつぐつ煮えろ)
Double, double, toil and trouble; (二倍だ、二倍だ、苦労も苦悩も)

*1 繰り返し

何が悲しくてこんな陰惨な歌をおめでたい新学期に歌わねばならないのかはさっぱりわからないが、どこからどう見ても不吉な歌詞である。ちなみに歌詞の途中、「胃と喉」で切れてしまう部分は、『マクベス』原文で“maw and gulf  Of the ravin’d salt-sea shark(食い意地はったサメの胃と喉)”となっている箇所の前半だ。音楽に合わせたために途中までしか引用されなかったということだろう。 

ここまでお読みいただければ十分に察していただけることだろうが、『ダブル・トラブル』という楽曲の歌詞そのものは『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』のストーリーには一切関係がない。しかし『マクベス』において主人公の行く先を予言する魔女のセリフを引用しながら、その後の展開を示唆するという構造は原文に通じるものがあるといえそうだ。

さらに深読みするなら、これらのセリフが登場する『マクベス』第四幕第一場において、マクベスは魔女たちによって、死者の亡霊や王の幻影と対面させられることになる。『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』でも、このあとハリーは非常に恐ろしい存在と対面するほか、(ネタバレを避けて言えば)死者の亡霊ならぬ“死者に近い存在”とも出会っているのだ。『マクベス』とストーリーが直接重なるわけではないが、どこかモチーフが重なってみえることに注目しよう。

ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『マクベス』は、現在も演劇作品として頻繁に上演が繰り返されているほか、1971年にはロマン・ポランスキー監督によって、2016年にはマイケル・ファスベンダー主演&ジャスティン・カーゼル監督という『アサシン クリード』(2017)コンビによって映画化されている。少しでもご興味がおありの方は、ぜひこちらにも手を伸ばしてみてほしい。

Sources: http://www.potw.org/archive/potw283.html
http://nfs.sparknotes.com/macbeth/
http://james.3zoku.com/shakespeare/macbeth/index.html
[参考文献]シェイクスピア(1996)『シェイクスピア全集3 マクベス』(松岡和子訳)筑摩書房
Eyecatch Image: Photo by Karen Roe ( https://www.flickr.com/photos/karen_roe/7375572694/ )

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。