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【インタビュー】『この世の果て、数多の終焉』ギョーム・ニクルー監督が見た「歴史の闇」 ─ 凄惨な戦場、なぜ静かに描くのか

この世の果て、数多の終焉
© 2017 Les films du Worso-Les Armateurs-Orange Studio-Score Pictures-Rectangle Productions-Arena Films-Arches Films-Cinéfeel 1- Same Player- Pan Européenne- Move Movie- Ce Qui Me Meut

第二次世界大戦末期、フランス領インドシナを舞台とする戦争映画『この世の果て、数多の終焉』が、2020年8月15日(土)より全国順次公開となる。凄惨な戦場の風景、復讐を求めてさまよう兵士の魂を静謐なタッチで描いた野心作だ。

このたびTHE RIVERでは、監督を務めたギョーム・ニクルーへの単独インタビューを実施。日本にも縁の深い、しかし知られざる歴史を題材とした理由、戦争をめぐる責任についての価値観、製作のスタイル、そしてどの国にも横たわる“負の歴史”の捉え方までをじっくりと聞いた。

1945年3月、フランス領インドシナ。駐屯地での殺戮を唯一生き延びたフランス人兵士のロベールは、兄の殺害に関与したベトナム解放軍将校ヴォー・ビン・イェンへの復讐を誓う。しかし、険しい密林におけるゲリラとの戦いは苛烈を極め、宿敵の居場所はつかめない。復讐心にとらわれたロベールは、ベトナム人娼婦マイに惹かれつつも、理性を失いながらジャングルの奥地へと身を投じていく……。

ベトナムの歴史を遡ると、対米ベトナム戦争の前段にはインドシナ戦争があり、それ以前にはフランス統治下の植民地時代があった。フランス領インドシナとは、19世紀後半から1954年までフランスの支配下に置かれていたインドシナ半島東部(現在のベトナム・ラオス・カンボジア)のこと。当時は日本軍も進駐しており、ベトナムはフランス軍と日本軍に二重支配されていた。本作は、多くの日本人が知らない、衝撃的な歴史の闇をえぐり出した物語である。

この世の果て、数多の終焉
(c) Salvatore Caputo

知られざる歴史を映画にすること

──はじめに、この物語を、この歴史を映画化しようと決めたきっかけを教えてください。

もともと、私はこの時代についてあまり知らなかったんです。フランス人があまり知らない時代なので、(映画を作ることで)当時を発見しようという意味もありました。私たちは第二次世界大戦について、特にフランスとドイツの対立を思い浮かべるものなのですが、その直後にはインドシナ戦争という秘密裏に行われた戦い、非常に混沌とした時代があった。そのことをきちんと見ていく価値があると思ったんです。あまり知られていない、映像が残っていないからこそ想像を働かせる余地もありました。そういう意味では、まるで更地のような、何もないところに物語を立ち上げていくような経験でしたね。

──戦争の残酷さを伝える映画には、暴力描写など過激な表現が全編に用いられる作品も少なくありません。しかし本作は、むしろ描写を抑制し、全編が淡々と進んでいきます。なぜ、このような作風を選ばれたのでしょうか。

実は、インドシナ戦争を経験した知り合いから当時の体験を聞かせてもらったのです。非常に興味深かったのは──同時に困惑したことでもありましたが──、あの戦争では近代的な兵器がほとんど使用されていなかったということ。フランスの兵士たちは、姿の見えない敵を相手に戦っていたんです。そのさなかは、敵と戦うことよりも、ただ待っていることのほうがよほど恐ろしかったといいます。その話を聞いて、「ああ、それが現実なんだ」と思い、そのこと自体を映画にしたいと考えました。

──グロテスクな死体がいきなり目の前に出てくるような表現もあります。それは、兵士たちが悲惨な光景を突如目の当たりにする感覚を再現したいという意図だったのでしょうか。

まさにその通りです。インドシナ戦争とは、ジャングルの中で行われた非常に生々しい戦いでした。2キロ先で爆弾が炸裂して……という、抽象的なところのある戦争ではなく、まさしく目の前で残酷さと直面しなければならない、人間の肉体どうしが近距離で対峙する戦争だったんです。だからこそ、生々しい描写は兵士が見たものとして登場することになります。決して抽象的なものではなかったということです。

この世の果て、数多の終焉
© 2017 Les films du Worso-Les Armateurs-Orange Studio-Score Pictures-Rectangle Productions-Arena Films-Arches Films-Cinéfeel 1- Same Player- Pan Européenne- Move Movie- Ce Qui Me Meut

──物語の冒頭、主人公ロベールの兄を実際に殺害するのは日本軍です。しかしロベールは日本軍ではなく、それを見ていたベトナム側を憎みますよね。ロベールは「罪は同じだ」というようなことを口にしますが、なぜ殺した本人を憎まないのだろう? という疑問もあります。ロベールの考え方について、監督の見解をお聞かせください。

いい質問です。私の中には、侵略者がすべての責任を担っているわけではないという考え方があります。第二次世界大戦下のフランスには、ユダヤ人を告発するなど──コラボレーター(コラボ)と呼ぶのですが──敵国ドイツに協力した(対独協力)人たちがいました。私は祖母からその話を聞いた時、ドイツ人に対する直接的な憎しみより、そういう人たちへの怒りを強く持ったんですね。必ずしも侵略者だけが憎しみの対象となるわけではなく、そこに加担した者たちへの憎しみも強いということです。

もっとも、主人公のロベール・タッセンという兵士には、語弊があるかもしれませんが、無意識のうちに二重人格めいた考え方をしているところもあります。つまり、第二次世界大戦でフランスは占領を受けていた──侵略されていた──にもかかわらず、インドシナ戦争では侵略する側にまわっている。彼の内面には大きな矛盾が混沌として存在しているのです。

この世の果て、数多の終焉
© 2017 Les films du Worso-Les Armateurs-Orange Studio-Score Pictures-Rectangle Productions-Arena Films-Arches Films-Cinéfeel 1- Same Player- Pan Européenne- Move Movie- Ce Qui Me Meut

──神父が殺害された村では、神父を守らなかった村人たちに対してフランスの軍人が怒りをぶつけます。これも、人を見殺しにした者の責任は重いという考えの表れでしょうか。

そこは違います。たとえ戦時下であっても、宗教は戦争とは違うところにあるもので、戦士たちも宗教は神聖なるものだと考えていました。そんな中、神聖なる宗教家を見殺しにしたことを兵士たちは許せない。戦地において平和を、平穏な心を訴えようとしていた、そんな人物への暴力を見過ごしたことへの怒りです。

そもそも歴史上、ベトナムは二度占領されているわけですよね。第二次世界大戦中は日本に占領されましたが、19世紀からフランスの植民地だった。フランスは、自国の豊かさや文化などをインドシナに作り上げようとしていたんです。けれどもベトナムの人々は、独立を求めて侵略者と戦った。私自身は、自由を求めて戦う人たちこそ高潔で気高いと考えています。

少ないセリフ、ベトナム現地でのロケ撮影

──主人公のロベールをはじめ、登場人物のセリフはとても少なく、それぞれの心情が直接語られることはそう多くありません。脚本を書かれた時点で少なかったのでしょうか、それとも撮影現場や編集段階で削られたのでしょうか。

もちろん、脚本を書く中で「このセリフはいらないな」と削っていったところはあります。けれども戦場においては、言葉というものは余計なもの、無駄なものだった。常に危険が存在する中で、彼らは話すことよりも沈黙を求められていたわけです。

──その「沈黙」を作り上げるうえでは、言葉にならない内面について、どのように演技の演出をつけていかれるのですか。

私は撮影現場で、なるべく俳優たちの自発性を大切にしたいと考えています。俳優たちがどんな演技をしてくれるのかを発見し、一緒に作り上げていきたいのです。だからリハーサルをするのではなく、ともに形にしていく。たくさんカットをかけて細かく撮るのではなく、俳優の演技を発見しながら、できるだけ演技を長く続けてもらうという方法を取っています。

この世の果て、数多の終焉
© 2017 Les films du Worso-Les Armateurs-Orange Studio-Score Pictures-Rectangle Productions-Arena Films-Arches Films-Cinéfeel 1- Same Player- Pan Européenne- Move Movie- Ce Qui Me Meut

──監督は撮影を繰り返し、テイクを重ねながらシーンを固めていかれるタイプでしょうか?

テイクの回数はさまざまですね。「こうでなければいけない」ということもなければ、習慣を決めているわけでもないですから。それは映画自体が決めてくれるもの、ストーリーや俳優たちが決めるものなので、私は監督として、原則や基本を持たないようにしています。つまり、作品がルールを示してくれるところがあるわけです。映画のリズムであれ、テイク数であれ、私が「こうしよう」というのではなく、作品のほうが「こうすればいいのではないか」と教えてくれる。今回はジャングルという自然の中で、おのずとルールが築き上げられていきました。

──ジャングルといえば、ベトナム現地での撮影では、事前に想像していなかったこともあったのではないかと推察します。撮影に入ってみて、新しくわかったこともおありでしたか。

ええ、本当に毎日が発見でした。私自身はそういうものを受け止められるよう、常にスタンバイしておきたいと思って撮影に臨みましたね。できることなら圧倒されたいし、「こうするつもりだったけど、やっぱりあっちの方がいいんじゃないか」というように、自然という美術がこちらに変化を与えてくれることを期待するわけです。それは、自然の風景が作品に痕跡を残していくということ。私が痕跡を残すのではなく、自然が残していく、そこに私が順応するという形なのです。もちろん自然の中でのロケ撮影には制約がありますが、その中で自由を見つけていくのが私のやり方。拘束の中での自由です。

この世の果て、数多の終焉
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「負の歴史」どう扱い、どう受け止める

──この映画では、日本やフランスによるベトナムへの加害という歴史が描かれています。しかし日本を含め、世界には歴史修正主義的な動きや、自国の負の歴史を受け入れたくない、直視したくないという動きが少なからずあります。監督の目から見て、フランスの現状はいかがでしょうか。

そういった傾向はフランスにもあると思いますね。フランス人の場合、ここ1世紀の出来事を思い返すと、2度ほど思い出したくない時期があります。ひとつは、ドイツの占領下にあった時のこと。占領されたということは、フランス政府が占領を受け入れたということです。ドイツに抵抗するのではなく、占領を受け入れた。今でもフランス人は、それはやってはいけないことだったのではないかと考えていますし、弱みや恥だと考えています。

その後、ドイツは戦争に敗北するわけですが、その時には、ドイツに協力したフランス人がいたことも明らかになりました。戦後、そういう人たちへの粛清も行われたわけです。お前はフランスを守らずにドイツに加担しただろうと言って、復讐のようなことが横行していた。戦時中はレジスタンスの戦士がドイツと戦ったわけですが、彼らが英雄気取りで人々を攻撃するという出来事もありました。直接的に対独協力を行った人だけでなく、戦時中に沈黙していたフランス人もその対象になったことがあったのです。

この世の果て、数多の終焉
© 2017 Les films du Worso-Les Armateurs-Orange Studio-Score Pictures-Rectangle Productions-Arena Films-Arches Films-Cinéfeel 1- Same Player- Pan Européenne- Move Movie- Ce Qui Me Meut

──本作を語る上では、第二次世界大戦中の日本についても避けては通れないと思います。しかし日本においても、加害国としての歴史が少なからず忘れられていたり、知られていなかったりすることは事実です。この映画が日本で公開されるにあたり、どのように作品が受け止められるのかという予想や期待はおありですか。

私自身、日本の方々に作品を観ていただいて、この事実があまり知られていなかったり、学校でも教わらなかったりすることを知って驚いています。当時の日本は、インドシナの北部から陸路を使って中国に戦いを仕掛けようとしていたので、ベトナムと直接戦っていたわけではありませんが、そういう事実を学ばないことがあるというのは驚きでしたね。もちろん、自分たちの国がどういうことをしてきたのかを知り、分析することは大切なことです。しかし一方で、知らなかったことを糾弾したり、それが恥だと言ったりすることはあってはならないとも思います。

あの時代については、どういう文脈があり、どんな出来事が起こったのか、ということを細やかに見ていかなければいけません。私自身も(歴史に)何らかのジャッジを下すのではなく、歴史をひとつの事実として表現しています。日本の観客のみなさんがどう反応してくださるかは想像が及ばないことですから、私としては、ご自身に響いたところにそれぞれ反応していただければと思います。私のほうから、こんなことがあったんだぞとか、あんなことはしなかっただろうとか、教訓を垂れるのはあまりにもおこがましいし、傲慢なことだと思う。そういう視点で描いている作品ではないのです。

映画『この世の果て、数多の終焉』は2020年8月15日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

Writer

稲垣 貴俊
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

THE RIVER編集部。「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。劇場用プログラムや各種媒体への寄稿なども喜んで承りますので、お気軽にお尋ねください。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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