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【インタビュー】『フェアウェル』ルル・ワン監督の考えるアメリカ像「新たな顔を求める時代に」

フェアウェル
© 2019 BIG BEACH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

2020年、ハリウッド映画界の歴史が大きく動いた。ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019)が、アカデミー賞で非英語作品史上初の作品賞を受賞。ゴールデングローブ賞では、女優のオークワフィナが映画『フェアウェル』(10月2日公開)でアジア系アメリカ人女優として初の主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)に輝いたのだ。

アジアをルーツに持つ俳優や監督が近年のハリウッドで活躍を見せている。その中でも頭角を現すのが、まさに『フェアウェル』を手がけたルル・ワン監督だ。「Variety」誌からは“2019年に注目すべき監督10人”に選ばれるなど、最も期待されるフィルムメーカーの1人である。そんなルル・ワン監督は、自身の経験に基づき、余命3ヶ月と宣告された祖母との思い出を綴った物語を、感動のヒューマンドラマ作品へと作り上げてみせた。

そしていよいよ、ルル・ワン監督自身の実体験から生まれた『フェアウェル』が海を渡って日本にやってくる。このたびTHE RIVERはルル・ワン監督に電話インタビューを実施。物語の誕生秘話や出演者とのエピソードなどを伺うにつれて、アジア系アメリカ人として活躍するルル・ワン監督の考える“アメリカ像”が浮かび上がってきた。本記事では、まさに変化を遂げつつあるハリウッドの第一線で活躍する監督の熱い思いをご紹介する。

フェアウェル
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監督を成長させた、多様性のある撮影現場

── 『フェアウェル』という物語を伝えたいと思ったきっかけを教えて下さい。

ずっと自分の家族に関する物語を伝えたいと思っていました。愉快で面白くて、興味深いと感じていたからです。けれど、それを伝える明確な物語がありませんでした。そしたら、2013年に祖母のこと(余命宣告)が起きて、すぐにでも映画にしたいと思ったんです。悲しみや嘆き、愛だけじゃなく、ユーモアや喜びも表現する家族の交流を伝えるのにとても良い方法だと思いました。

── この物語は2016年にアメリカのラジオ番組「This American Life」で放送されましたよね。 放送後も脚本を書き続けたモチベーションは何だったのでしょうか?また、実際に映画化の話が来た時はどんな気分でしたか?

ラジオ作品を気に入ってもらえて、それがどんどん話題になって映画化が実現したらな、なんて思う自分がいました。こんなに凄腕のプロデューサーたちを迎えられるなんて非現実的に感じましたよ。物事がすごいスピードで進んでいって、1日から2日の間にたくさん電話をもらいました。それって、多くのフィルムメーカーが夢見ることですよ。映画をピッチせずに、プロデューサーのほうから映画化する選択肢を与えてもらえるなんて。その時は本当に感謝しましたし、今でも感謝しています。ご一緒したプロデューサー全員が、私にとって最高のパートナーでしたから。

フェアウェル
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─ 中国系アメリカ人のオークワフィナ、香港出身のツィ・マー、日本出身の水原碧衣など、出演者それぞれが違ったバックグラウンドを持っていますよね。そのような環境で監督することはいかがでしたか?

とても気軽な気分でしたね。というのも、一度全員が集まったら、家族のように感じられましたし、(出演者たちは)お互いを家族みたいに接していましたから。その場の雰囲気は実際に私の家族そっくりでした。私の家族もそれぞれ違った世界に住んでいましたし、違ったレベルの言葉を話していましたから。

ダイアナ・リン(ビリーの母役)のように、英語と中国語を流暢に話せる方には馴れていました。ノーラ(オークワフィナ)のように、アメリカで育って中国語を話せない出演者とは、英語でほとんど会話しましたね。とてもグローバルな環境でもありました。撮影監督はスペイン人でしたし、プロダクション・デザイナーは韓国の方でしたから、現場自体がとっても国際色豊かで、みんな仲良かったです。

── そのようなグローバルな環境は、シナジー(相乗効果)を生み出しましたか? 

私がその環境で成長できたことだけでも、本当に素敵なシナジーを生み出したと感じます。世界中から集結した皆さんが大好きでしたし、それぞれが持つ価値観を聞くことも好きでした。こういうことから学んで成長できたと思います。

重要なことや個人的と感じる物語を、心の底からただ伝える

フェアウェル
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── 中国にルーツを持つビリーは、言葉は話せるものの、実際に中国の文化は知りませんよね。劇中でのビリーの葛藤は、中国とアメリカ、2つの国が持つ文化の違いが引き起こしたのではないかと思いますが、監督はどう思われますか?

ビリーの家族はアメリカにいて、祖母は中国にいるので、とても複雑ですよね。だから、映画の中で常に誰かが「中国とアメリカどっちが好きなの?」という風に聞くのは当然のこと。文化の違いを何から何まで説明するのは難しいと思うんです。

けど、中国でのビリーは自分のルーツや家族、家族が持つ文化などに対してノスタルジックに思っているでしょう。アメリカでのビリーはもっと多くの機会に恵まれていて、自由で、もっと自立しているかもしれませんね。アメリカこそが彼女の育った場所であり、知っている世界だからです。

── 劇中に使用される音楽が、まるでビリーの心情や物語の状況を表現しているようで感銘を受けました。ルル監督は元々、プロのクラシックピアニストとしてのキャリアをお持ちだそうですが、音楽に関してご自身の知識や経験が活きたことはありますか?

ピアノを弾いていたおかげで、良いリズム感やメロディーセンス、音楽への感受性などが自分に備わったと思います。作品の音楽には、作曲担当の方と一緒に密に取り組みましたね。実際に私がピアノを弾いた楽曲もあるんですよ。

とはいえ、(経験の)大部分は物語の伝え方に影響を与えたと思います。サウンドデザインや音楽にあわせた対話などには何か特定のリズムがあって、これが耳に聞こえてくるんです。物語を書いている時なんかは、沈黙(のシーン)を音楽で演出するためにどこを編集するべきか、とかを感じるんですよ。そういうこと全ては、音楽と育ち、クラシックピアニストであったことが活きていると思います。

フェアウェル
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── ところで、ビリーを演じたオークワフィナがゴールデン・グローブ賞でアジア人初の主演女優賞を受賞しましたね。彼女が受賞することは、実際に予想していましたか?

していませんでした。願ってはいたんですけどね。実際に受賞した時はとっても興奮しました。映画を作ることと受賞することってまた別じゃないですか。受賞することを自分ではコントロールできないし、人の反応なんて分からないんです。特に、授賞式の関係者(の反応)なんかは。だから彼女が受賞したときは、とっても嬉しくて感動しましたし、それはアジア系アメリカ人のコミュニティにとっても重要なことだと思います。

── ルル・ワン監督も世界のアジアコミュニティを代表する1人だと思います。映画製作者として、この立場をどのように活かしていきたいですか?

これについてはあまり深く考えていないので、分からないですね。もしこのことで責任を深く感じてしまったら、作品を作れなくなってしまうので。私にとっては荷が重すぎますね。だから、あまり考えないようにしていて、重要なことや個人的だと感じる物語を、心の底からただ伝えるようにしているんです。自分の住む世界を表現する物語を伝えるのが大切だと思うんです。というのも私はこの業界の多くの人達とは違う考え方を持っているからです。だから、過去やこれまでのメディアで見られなかったアメリカ人の考え方を物語に書き、それをスクリーンに投影し続けるんです。

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「私たちは皆アメリカ人」多様性あるアメリカの物語を伝える必要

─ オークワフィナの活躍に加えて、『クレイジー・リッチ!』(2018)や『search/サーチ』(2018)、『パラサイト 半地下の家族』など、アジア人が主演を務める映画が近年成功を収めていますね。ハリウッドでこういった映画が評価されている流れをどのように感じますか?

私は、アジア系コミュニティが黒人コミュニティやヒスパニック系コミュニティなどと切り離されているとは考えていません。これも全部“アメリカ”を語っていると思うんですよ。アメリカには様々な多様性が存在しているので、いわゆる世界でのアジア人とは全く違います。

アメリカの見え方は他の場所とは違います。アジア系やアフリカ系、ラテン系など、アメリカには多くの移民、外国系の方がいます。なので、それぞれ異なるアメリカ人全てを象徴するような、多様性を持つアメリカの物語を伝える必要があるんです。だから、全てのコミュニティを違うものとして分け隔て続けたりはしません。そうした先に、他の世界を感じることが出来るのですから。見た目が違うとか同じだとか、それぞれの家では違った文化を持って違った言葉を話す、という風に考えるよりは、全ての人を1つのアメリカという大きな傘の下に置くんです。全員がアメリカ人なんですよ。

── ジェンダーや人種、年齢など、あらゆる文脈での多様性が、よりクリエイティブな作品の製作に繋がるのではないかと考えています。そのために必要な要素は何でしょうか?

人は興味深い物語を見たいと思っているんです。例えば、まだ見たことのない世界の一部、人々の一部のような。もしスクリーンにそれを投影できるのであれば、もっと人は興味を持つはず。人はスクリーン上に反映された自分たちの姿を見たいんです。アメリカ人は必ずしも何度も何度も同じ俳優をスクリーンで見たいのではなく、新しい顔を求めている。そういう時代に移ってきているんです。

フェアウェル
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─ ご自身の実体験を映画として製作した後、何か新たな発見はありましたか? 自身を振り返る良い機会となりましたか?

たくさん振り返れたかどうかは分からないですが、この映画のおかげで作家やフィルムメーカーとしての自分の声というものを理解できました。自分をアメリカ人フィルムメーカーと呼ぶことに、自信が持てるようにもなりました。以前だったら、自分自身を中国人だとか、中国系アメリカ人、アジア系アメリカ人と呼んでいたでしょうね。自分は他のアメリカ人の皆さんとは違う考えで物事を見ていたと感じていたから。この国の人はそれぞれ違う場所から来ているので、大部分の人が同じ考えを持っていることを今は理解しています。

アメリカ人を結びつけているものって、私たちの世代であろうと、前の世代であろうと、皆違う所から来ているということ。そして常に(場所を)区別する必要はなくて、“私たちは皆アメリカ人なんだ”ということが大切なんです。こうした考えを持てるようになったのは、この映画のおかげだと思っています。前よりも胸を張ってアメリカ人だと言うことができますね。

── 今後はどのような映画作品を製作していきたいですか? もう実際に作っていたりしますか?

幾つかの企画に携わっていて、ニコール・キッドマンと一緒にアマゾンでTVシリーズ(「The Expatriates(原題)」)に取り組んでいます。香港に住む移民の話ですね。私たちが住む世界に関する何かを伝えるような、人間らしい物語が好きなんです。正しい、間違っているとか、良い、悪いということではなく、ニュアンスを追求するような物語。何か善悪とか対をなすものよりも、複雑で違う見方を追求した物語を撮りたいですね。

『フェアウェル』

フェアウェル
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ニューヨークに暮らすビリーと家族は、ガンで余命3ヶ月と宣告された祖母ナイナイに最後に会うために中国へ帰郷する。家族たちは、病について本人に悟られぬよう、いとこの結婚式を集まる口実にでっちあげた。ともに食卓を囲む家族に、ナイナイは「ずっと会いたかった」と優しく声をかける。きちんと真実を伝えるべきだと訴えるビリーと、悲しませたくないと反対する家族。葛藤の中で過ごす数日間、人生に悩んでいたビリーは、明るく愛情深いナイナイから生きる力を与えられていく。そして帰国の朝、彼女たちがたどり着いた答えは……。

主人公の“孫娘”ビリー役を演じるのは、『オーシャンズ8』(2018)『クレイジー・リッチ!』(2018)のオークワフィナ。ビリーの父親ハイヤン役を『ラッシュアワー』シリーズや実写版『ムーラン』のツィ・マー、祖母ナイナイ役を中国屈指の演技者に授与される「国家一級演員」にも選ばれたチャオ・シュウチェンが演じた。

映画『フェアウェル』は、2020年10月2日(金)公開。

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SawadyYOSHINORI SAWADA

THE RIVER編集部。宇宙、アウトドア、ダンスと多趣味ですが、一番はやはり映画。 "Old is New"という言葉の表すような新鮮且つ謙虚な姿勢を心構えに物書きをしています。 宜しくお願い致します。ご連絡はsawada@riverch.jpまで。

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