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フランケンシュタインとドラキュラ、19世紀イギリス通俗文学とポップカルチャーを紐解く

人気女優エル・ファニング主演で、ゴシック小説の傑作『フランケンシュタイン』の原作者メアリー・シェリーの人生を描く映画『メアリーの総て』が2018年12月に日本公開されることが決定しました。
『フランケンシュタイン』といえば『ドラキュラ』と並ぶポップカルチャーのアイコンであり、何度となく映像化されていますが、原作者であるシェリーにスポットライトが当たるのはそうよくあることではありません。

『フラケンシュタイン』の初版は1818年の発表(その後、作者による改訂版が出ています)、『ドラキュラ』は1897年の発表です。『フランケンシュタイン』と『ドラキュラ』の間に、イギリスではジョージ3世、ジョージ4世、ウィリアム4世という短命な国王が続き、そしてヴィクトリア女王による繁栄の時代を迎えました。そう、『フランケンシュタイン』と『ドラキュラ』には「19世紀のイギリス」という土壌で生まれたという共通点があるのです。また、この時代のイギリスには現代ポップカルチャーの“元ネタ”ともいうべき作品が数多く生まれています。

そこで今回は「19世紀イギリスの通俗文学とポップカルチャー」と題して、こうした作品の歴史などを紐解いていきます。

メアリーの総て
『メアリーの総て』© Parallel Films (Storm) Limited / Juliette Films SA / Parallel (Storm) Limited / The British Film Institute 2017

通俗文学が発展した時代背景

イギリスという国は、文学においても特に「小説」が発達した国です。18世紀以降における英文学は小説の発達により活況を呈しました。「近代小説の父」と呼ばれるサミュル・リチャードソン(1689-1761)と「イギリス小説の父」と呼ばれるヘンリー・フィールディング(1707-1754)が先鞭をつけ、ウォルター・スコット(1771-1832)とジェーン・オースティン(1775-1817)がそれをさらに発展させたのです。

オースティンの作品は特に映像化されることが多く、とりわけ人気の高い『分別と多感』(1811)は2018年時点で5度に渡ってテレビシリーズになっています。フィールディングの『トム・ジョーンズ』(1749)は映画化されており、『トム・ジョーンズの華麗な冒険』(1963)はアカデミー賞の作品賞と監督賞を獲得しました。

18世紀のイギリスは、こうした作品のみならず、大衆受けを狙った文学作品も生み出しました。ホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚』(1764)をはじめとする、「ゴシック小説」と呼ばれる作品群がそれです。ゴシック小説は幽霊や怪物などの超自然現象が出てくる内容のもので、のちのホラー小説に多大な影響を及ぼしました。

19世紀の初頭になるとゴシック小説の人気は下火になりますが、その影響は変わらず残り、さらに洗練された姿で現れます。チャールズ・ディケンズ、ジョージ・エリオット、ジョゼフ・コンラッドといった文学をかじったことのある方ならば誰もが名前を知っている作家たちはこの豊かな文学的土壌で活躍し、批評的にも売り上げ的にも成功を収めました。

その一方、ゴシックの系譜を受け継ぐ、大衆の支持によって地位を固めた作家たちも多く存在します。ライダー・ハガード、ウィルキー・コリンズ、アントニー・ホープらの作品は、冒険やミステリー、ロマンスなど大衆を惹きつける要素に彩られており、エリオットやコンラッドのような“お堅い”作家のものと比べるとその差は一目瞭然です。

彼らのような読み物を書く作家の登場は、決して偶然の産物ではありません。19世紀のイギリスはヴィクトリア女王のもと、未曽有の好景気に沸いていました。その結果、中産階級に余暇を楽しむ経済的余裕が生まれ、同時に政府の教育改革によって義務教育の範囲が拡大され識字率が劇的に向上。当然の帰結として文字を読めるようになった者たちのなかで、高等教育を受けていない中産階級の人々が“軽い読み物”を求めたのです。その需要に応える形で、軽い読み物を提供する作家たちが登場しました。下記がその代表的な例でしょう。

  • メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(1818)
  • ウィルキー・コリンズ『月長石』(1868)
  • ロバート・ルイス・スティーヴンソン『宝島』(1883)
  • ヘンリー・ライダー・ハガード『ソロモン王の洞窟』(1885)
  • コナン・ドイル「シャーロック・ホームズ」シリーズ(1887-)
  • アンソニー・ホープ『ゼンダ城の虜』(1894)
  • H.G.ウェルズ『透明人間』(1897)
  • ブラム・ストーカー『ドラキュラ』(1897)

これらの作品群でも、特にドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズ、そして『フランケンシュタイン』『ドラキュラ』は現代のポップカルチャーにおいても根強い人気を誇っています。映画化されたアラン・ムーアのコミック『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』(1999)はこれら19世紀通俗文学の主人公たちが一堂に会したもので、同作の登場人物と上記一覧の名前を比較していただければ、まさにオールスターといった様相であることがお分かりいただけるかと思います。

メアリー・シェリー

『ドラキュラ』と『フランケンシュタイン』

ここで『フランケンシュタイン』の作者であるメアリー・シェリー、『ドラキュラ』の作者であるブラム・ストーカーへの敬意を込めて、それぞれの作品について触れておきたいと思います。

まず、『ドラキュラ』は吸血鬼が登場する怪奇小説で最も有名な作品ですが、実はその元祖といえるものではありません。吸血鬼が登場する英文学の祖と言われているのは、ストーカーと同郷のアイルランドの作家ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュの『カーミラ』(1872)です。ただし、サスペンス的要素が前面に押し出された『ドラキュラ』に対して、女吸血鬼と女主人公が登場する『カーミラ』はレズビアニズム溢れる静謐な作風で、映像映えしないためかそれほど映像化されていません。

これに対して、『ドラキュラ』は『魔人ドラキュラ』(1931)をはじめ、多くの映像作品を生み出しました。しかし「忠実な映像化」と呼べるものはほとんどありません

『魔人ドラキュラ』はおおむね原作に展開は忠実ですが、82分というコンパクトな尺に収まっているため多くの部分が割愛されています。古典的名作と名高い『吸血鬼ドラキュラ』(1958)も上映時間は82分で、同じくかなりの部分が割愛されています。参考までに、筆者の手元にある完訳詳注版の『ドラキュラ』は注釈を省いた本編だけでも378ページありますが、その物語を82分にまとめようとすれば多くを割愛しなければならないことはご想像いただけるでしょう。

その中でも、原作に大部分で忠実と言える数少ない作品が、フランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992)です。同作の原題は『Bram Stoker’s Dracula』。原作者の名前をタイトルに冠している通り、128分という上映時間で原作の要素をきっちり掬い上げています。ゲイリー・オールドマン演じるドラキュラ伯爵とウィノナ・ライダー演じるミナ・ハーカーの前世から続くロマンスという原作にない要素が付け足されてはいますが、筆者の知る限りでは最も原作に近い映像化です。

また、もう一つ原作にない要素として、ドラキュラ伯爵が人間から吸血鬼になる理由が描かれていますが、これはドラキュラ伯爵のモデルとなったルーマニアの武人、ワラキア公ヴラド3世(1431-1476)を参考にしているものと思われます。
そもそも「ドラキュラ」とはワラキア語で「悪魔」あるいは「ドラゴン」を意味し、父ヴラド2世はドラクル(Dracul=ドラゴン公)と呼ばれていました。「~~の子」を意味する“a”が息子であるヴラド3世に付与され、彼は(Dracula=ドラキュラ)公と呼ばれるようになります。
すなわち「ドラキュラ」とは吸血鬼を意味する言葉ではなく、モデルとなった人物の称号です。現代において「ドラキュラ=吸血鬼」となっていますが、これは正確ではありません。100年も経てば言葉の定義は変わるものですが、本来の意味についても忘れないようにしたいところです。

続いて『フランケンシュタイン』は、1910年の無声映画を皮切りに『ドラキュラ』以上に多くの映像作品が生み出されています。特にボリス・カーロフを怪奇スターの座へと押し上げた『フランケンシュタイン』(1931)はヒット作になり、ユニバーサル・ピクチャーズは『フランケンシュタイン』を原作とした8本の作品を製作しました。

そして、これらも『ドラキュラ』と同じように「忠実な映像化」と呼べるものはありません例えば、1931年版の『フランケンシュタイン』は上映時間71分と非常にコンパクトです。対して、筆者の手元にある翻訳版の書籍は全329ページあります。71分に収まるボリュームでないことは容易に想像がつくかと思います。

数多く存在する『フランケンシュタイン』の映像化でも「原作に忠実」と言えるものが登場するまでにはやはり時間がかかりました。筆者の知る限り、最も原作に近いのがケネス・ブラナー監督・主演の『フランケンシュタイン』(1994)です。多少のアレンジはあるものの、原作者の名前を冠した原題『Mary Shelley’s Frankenstein』からわかる通り、123分という尺で原作の要素を掬い取っています。

ちなみに「フランケンシュタイン」は人造人間の怪物の名前ではなくその怪物を作った科学者の名前です。彼にはヴィクター・フランケンシュタインという立派な名前があることも付け加えておかなければならないでしょう。


『フランケンシュタイン』『ドラキュラ』は、恐らく原作者すらも想像しなかったであろうほど息の長いコンテンツになりました。
21世紀に入ってからも、『フランケンシュタイン』はアカデミー賞監督であるダニー・ボイルによる演出、ベネディクト・カンバーバッチ&ジョニー・リー・ミラーのダブル主演で舞台化され、その映像版も話題となりました。映画・テレビで活躍するカンバーバッチ&ミラーは権威あるローレンス・オリヴィエ賞の主演男優賞に輝いています。『ドラキュラ』も「SHERLOCK/シャーロック」(2010-)のクリエイターとして知られるマーク・ゲイティスとスティーヴン・モファットによるテレビシリーズ化の企画が進行しています。

ところで、『フランケンシュタイン』は2018年で丁度200歳を迎えました。次の100年はどのような展望を見せてくれるのでしょうか。

映画『メアリーの総て』は2018年12月よりシネスイッチ銀座、シネマカリテ他にて全国順次ロードショー

[参考文献]

『大英帝国の三文作家たち』ナイジェル・クロス 著 松村昌家/内田憲男 訳 1992年 研究者出版
『ドラキュラ 完訳詳注版』ブラム・ストーカー 著 新妻昭彦/丹治愛 訳・注釈 2000年 水声社
『フランケンシュタイン』メアリー・シェリー 著 森下弓子 訳 1984年 創元推理文庫
『はじめて学ぶイギリス文学史』 神山妙子 編著 1989年 ミネルヴァ書房

Writer

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ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)