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『フォードvsフェラーリ』最大のレースシーンはこうして生まれた ─ 「本物」と「速さ」の追求、アカデミー編集賞候補のウラ側とは

フォードvsフェラーリ
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

マット・デイモン&クリスチャン・ベール主演『フォードvsフェラーリ』は、フォード社の依頼を受けたカーデザイナーと天才ドライバーが、“打倒フェラーリ”を掲げて「ル・マン24時間耐久レース」に挑む物語。『LOGAN/ローガン』(2017)のジェームズ・マンゴールド監督は、デイモン演じるキャロル・シェルビーと、ベール演じるケン・マイルズの友情を丹念に描きつつ、白熱のレースシーンにも力を注いだ。

実話映画である本作のハイライトとなるのは「ル・マン24時間耐久レース」。最大の見せ場となるレースをスクリーンで再現するため、マンゴールド監督をはじめとする製作チームは極限の困難に挑んでいた。米国メディアでは、その舞台裏が監督やスタッフによって直接語られている。

サーキット1周、6ヶ所のロケ地で撮影

ル・マン24時間耐久レースの会場となっているのは、その名の通り、フランス西部ル・マン郊外にあるサルト・サーキット。この場所は1923年の「ル・マン」開始以降、コースの改修が重ねられており、全長や形状が大きく変化してきている。それゆえ、物語の舞台である1966年当時のコースは現存しておらず、当時そのままの形で残っている部分さえほとんど存在しないのだ。

そこで『フォードvsフェラーリ』では、当時のサルト・サーキットをそのままスクリーンに再現すべく、コース上をジョージア州の5ヶ所で、スタート&ゴール地点と観覧席、車両整備のピットをカリフォルニア州の空港跡地で撮影。計6ヶ所で撮られた映像を、あたかもひとつのサーキットのように編集するという秘策が採用された。米Colliderにて、監督は想像を絶する作業をこう語っている。

「スタート地点はカリフォルニアで、ダンロップブリッジ[編注:コース上の広告歩道橋]はアトランタにあるロケ地、次のカーブはアトランタのまた別の場所。ミュルサンヌ・ストレートはアトランタにある田舎の農地で、ポプラの木や牧草があったりして。それからアトランタにある実際のレーストラックに戻ってきて、またカリフォルニアに帰るんです。」

ただ、カーレースを6ヶ所で撮るというだけではない。車のポジション、車体やコースの泥の具合、光の質、雨の降る向き、月光など、ありとあらゆる周辺の環境を調整し、サルト・サーキットで起きた出来事として繋ぎ合わせなければならないのだ。「編集、スタント、CG、実物と、あらゆる面で最大の挑戦でした」と監督は語っている。

「速さ」の追求

監督の要望は、当時のサーキットをそのままスクリーンに甦らせることだけではなかった。当時のレースで使われた車体を精巧に再現したレプリカを製作し、しかも実際の速度さながらに運転することを求めたのである。“天才ドライバー”であるケン・マイルズを演じたクリスチャン・ベールは非常に運転が上手だというが、監督は「時速240キロで運転しながら、同時に演技もできる俳優なんて存在しない」とも理解していた。「時速240キロで運転しながらメールするのと同じですよ、危険です」。

そこで招集されたのが、実際にル・マンで勝利したドライバーも含む12名のチーム。ベールが自ら運転した場面もあるというが、難易度が高いシーンはスタントドライバーが運転を務めた。セカンドユニットの監督としてアクションを指揮したのは、『ジョン・ウィック』シリーズや『ブラックパンサー』(2018)などで同じ職務を担ったダリン・プレスコット。マンゴールド監督が『ベイビー・ドライバー』(2017)での仕事を気に入ったことで起用され、劇中では実在のレーサーであるボブ・ボンデュラント役も演じた。

プレスコットは撮影を振り返って、「監督は確かなカメラ・スタイルにもこだわっていました」と語っている。「カメラを大きく、素早く動かすことや、車のCMで見るような美しい撮り方はしようとしていませんでしたね」。監督の希望通り、当時そのままに再現された車両には、カメラや撮影機材を積むスペースもほとんどなかったという。

そんな中、精鋭たちは“どう撮れば速く見えるか”の実験にも臨んでいる。マンゴールドが「“速く見えない、もう一度やってくれ”って何度言ったか分かりません」語っているように、撮影チームは試行錯誤を経て完成版の映像にたどり着いたのだ。「道路が動いているのが分かったり、実際に自分の下で道路が動いていたり、地面に垂直なものが近くを通り過ぎたりすると速く感じます。まっすぐな道なら、電柱でも立っていないかぎり、時速320キロだろうが、時速80キロだろうが違いには気づきません」。

フォードvsフェラーリ
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

すべてはストーリーのために

『フォードvsフェラーリ』のチームは、いまや存在しないサーキットを甦らせ、リアルで壮絶なカーレースを描くために“本物”の撮影にこだわった。映像のみならず、レースの演出はサウンドデザインも重要だったとのこと。第92回アカデミー賞において、本作が作品賞のほか編集賞・録音賞・音響編集賞にノミネートされたことは、まさしくその創作が実を結んだものといえそうだ。

一方でマンゴールド監督は、レースシーンにあくなきこだわりを見せた一方で、カーレースのファンではない観客にも作品を届けられるよう心がけたとのこと。音楽伝記映画『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2006)を制作した際、「カントリー・ミュージックを好きではない人々にも届く映画を作らなければいけないと考えていた」という監督は、今回も「予想できなかった、新たな体験をもたらしうる映画を作りたい」と考えたという。そのための手立てが、目を見張るレースを生み出すことでもあったのだ。

「技術的には、できるだけパワフルな、一人称視点のレースを作ることは挑戦でした。けれども、すべては演技のためにならなくてはいけません。車に乗っている人々を大切に思えれば、レースで何が起こるかも大切に思えますよね。」

こう語る監督の本意は“ストーリーテリング”にある。セカンドユニットを指揮したプレスコットは、“本物の速さ”を撮ることに苦心しながらも「すべてのショットに目的がある」と熱を込めた。「セカンドユニットやアクションのチームは、時にそういうことをあっさり忘れてしまう。けれどもジェームズは、これまで仕事をしてきた人々以上に、そこを絶対に譲らないですね」。

こうした姿勢は、マンゴールドがル・マンのシーンを「銃撃戦のよう」と形容したことからもうかがえる。作品に登場する大勢の人々は、このレースで一堂に会するのだ。編集のアンドリュー・バックランドは、観客が「誰がどんな人物かを知っている」という効果の有用性を強調する。「たとえば観覧席にいるエンツォ・フェラーリが見えれば、彼がどういう人物なのかが分かる。彼の情熱や感情もね」。いわば西部劇のクライマックス、いろんな事情を抱えた人々が拳銃を向け合うさまにもよく似ているというわけである。

もちろん、サーキットに飛び出していくケン・マイルズも同様だ。バックランドは「人物と同じ空間にいるかのような感覚を味わってほしかったのです」と述べ、レースシーンそのものの狙いをこう語った。「マイルズは車と繋がり、純粋にレースをしている。そのことは冒頭で分かりますが、みなさんは最後に体感することになります。彼はレースそのものになるのです」。

映画『フォードvsフェラーリ』は2020年1月10日(金)より全国公開中

Sources: Entertainment Weekly, Collider, Variety, Cinema Blend, The Hollywood Reporter

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。