ゴジラヘッドの足下から…『シン・ゴジラ』ネタバレ無しレビュー

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最初に、そのアナウンスがあったのは2014年の暮れのこと。

その夏、俊英ギャレン・エドワーズ監督ハリウッド版「GODZILLA」 が公開日本版ゴジラに寄せた新生ゴジラは日本でも受け入れられ、 批評・興行両面で成功をおさめた。 しかし、ゴジラはやはり日本のシンボル。日本で創られねばとなった。

15年になると脚本・総監督庵野秀明、監督・特技監督樋口真嗣の名前が出た。 そして、思った「エヴァ」になるなよ、「進撃」になるなよと。 「ガメラ」ならなってもいいかなと、「日本沈没」だとどうだろうか?と。

そして、メインキャストに「進撃」の二人長谷川博己と石原さとみが クレジットされて、また少し不安になった。

「ゴジラ」が映画化されるというのは、つまりそういうことなんだと思った。 どんな形で、発表されても自分の中でも世間の中でも賛否の処理が効かない。

そして、今日2016年7月29日、初日を迎えた。どの劇場見るかと言われれば ここしかあるまいと歌舞伎町ゴジラヘッドの足元で見てきた。

思った通り、拍手を贈る人、首を捻る人がはっきりと分かれた。

“シン・ゴジラ”の“シン”とは何か?

真・神・新・侵・震・・・・個人的には“シン”とは“新”である。

1954年の記念すべき一作目「ゴジラ」を改めて見直すと、 現代版にリメイクしたのがこの2016年の「シン・ゴジラ」である。 しかし、その間実に60年以上。今の日本は東日本大震災を経験し、 国の安全保障についてもその解釈は大きく変わった。
巨大不明生物に対抗する手段も自衛隊による物理的攻撃にしても、 巨災対(巨大不明生物・特設災害対策本部)による特別作戦にしても、 相当のリアリティを持たせなければいけない。
終戦からわずか9年後の「ゴジラ」の避難する人々の姿は まさしく疎開そのもので、時代がなせる現実感を持ち合わせていた。

そして「シン・ゴジラ」では東日本大震災、原発事故を経て 感じることのできる現実感を画面に焼き付けることに一定の成功を収めた。 長年創らてきたゴジラ映画と見比べると、もやもやする人もいるかもしれない、 3監督4班体制ゆえにドラマパート・特撮パートにやはり微妙なずれも感じる。
至る所にある、「エヴァ」の要素。作戦会議におけるあの音楽の採用、 日本神話から採られた作戦名。容赦のない都市破壊には苦笑を感じてしまう。

しかし、それ以上に今この日本に何かとんでもないことが起きたら という、映画を作ることができた。 徹底的に観客の感情移入を配したゴジラ像。 そして、「ゴジラ」以来の人々がゴジラを知らない世界で起きるゴジラ襲来。 我々はこれから新しいゴジラを始めていこう。

About the author

≒村松健太郎。脳梗塞との付き合いも10年目。 映画祭の審査員、映画学校を手伝い。シネマズBY松竹にて執筆も。 映画を広げるのに便利な舞台とか本とかも・・・・。黒手袋て杖をついていれば私です、

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