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【レビュー】ミュージカル作品の傾向を読み解いて観る『グレイテスト・ショーマン』の素晴らしさと物足りなさ

グレイテスト・ショーマン
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

19世紀に実在した興行師P.Tバーナムの半生を描いたミュージカル映画『グレイテスト・ショーマン』(2018)がヒット中だ。比較的短い尺の中に散りばめられたミュージカルシーンはどれも素晴らしく、楽曲のクオリティもパフォーマンスのレベルも非常に高い。これぞミュージカル映画!という作品であることは否定の余地なしだが、現代のミュージカルとしては少し物足りない部分もある。『グレイテスト・ショーマン』がミュージカルとしていかに優れていて、同時にいかに惜しい作りになっているのかを考えていきたい。

注意

この記事には、映画『グレイテスト・ショーマン』の内容が含まれています。

素晴らしい楽曲と多種多様なパフォーマンスシーン

『グレイテスト・ショーマン』は105分という短めの作品。その中に10曲ほどの楽曲が詰め込まれ、そのどれもで気合の入ったパフォーマンスが繰り広げられる。ヒュー・ジャックマンとミシェル・ウイリアムズが幸せな結婚生活のスタートとともに歌う「ア・ミリオン・ドリームズ」では、美しいダンスとともに時空の経過がエレガントに表現される。また、惹かれ合う2人の複雑な心境が歌われる「リライト・ザ・スターズ」では、サーカスという設定ならではの、空中を使った複雑でダイナミックな演出が炸裂する。出演者とは別の女優が吹き替えて歌っている正攻法の女声ソロナンバー「ネヴァー・イナフ」は、問答無用で観る側をひれ伏させるほどパワフルだ。

主演のヒュー・ジャックマンはミュージカル経験が豊富なスターで、過去には『ボーイ・フロム・オズ』でブロードウェイミュージカル単独主演も果たした。映画『レ・ミゼラブル』(2012)でジャン・バルジャン役を見事に演じ切ったのも印象深い。『グレイテスト・ショーマン』のバーナム役は、どこか飄々とした彼の魅力にぴったりのハマリ役。中でも、バーナムのビジネスパートナーとなるザック・エフロンと歌う「ジ・アザー・サイド」は、全楽曲の中でも渋さとクールさが光り、まさにヒュー・ジャックマンの本領発揮といったところだった。

『グレイテスト・ショーマン』の楽曲を手掛けているのは、『ラ・ラ・ランド』(2016)の作詞も手がけたジャスティン・ポールとベンジ・パセクのコンビ。まだ若い2人ながら、ブロードウェイミュージカル『ディアー・エヴァン・ハンセン(Dear Evan Hansen)』ではトニー賞作曲賞も受賞している。彼らが作る、キャッチ―でありながらも洗練された楽曲たちは素晴らしいとしか言いようがない。既に各所で高い評価を受けている「ディス・イズ・ミー」は、単体で聴いても心が揺さぶられる名曲に仕上がっているし、その力強いメッセージには誰もが感銘を受けるだろう。

グレイテスト・ショーマン
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

ミュージカル作品、その傾向を読み解く

『グレイテスト・ショーマン』のミュージカルシーンには、ミュージカルが発揮しうるあらゆる魅力が詰まっている。誰もが「ミュージカルを観た!」という満足感を得られるはずだ。ただ、そのような感想の中に「ストーリーはあっさりとしていた」といったものも散見される。

確かに、「ミュージカルといえば大味なストーリー」という印象を持つ人は少なくないだろうし、そういった作品があることも事実だ。お堅いお嬢様と学校イチのツッパリとの幼い恋を描いた『グリース』や、大会社の郵便係から瞬く間に出世していく『ハウ・トゥ・サクシード』、嫌われてしまった意中の女の子に近づくため、別人に変装する『クレイジー・フォー・ユー』など、明るく楽しく元気はいいが、ストーリーだけ見たらかなり無理があるという作品は枚挙に暇がない(ここで挙げた3作品は、それすらも魅力にしている傑作だが)。特に、古い作品ではこの傾向が強い。

ただ、今のミュージカルの主流は、こういった大味の作品群ではない。例えば、『グレイテスト・ショーマン』のジャスティン・ポールとベンジ・パセクが手がけたミュージカル『ディアー・エヴァン・ハンセン』の主人公は、母子家庭で育つ社会不安を抱えた17歳の少年。ちょっとした誤解から、SNSで有名人になってしまうという物語で、まったくもって明るくもなければ派手でもない作品だ。しかし、2017年にトニー賞作品賞を受賞した。 

その前年の2016年にトニー賞作品賞に輝いたのは、ご存知の方も多いだろう『ハミルトン(Hamilton)』。アレクサンダー・ハミルトンの半生をヒップホップで綴った意欲作だ。さらにその前年である2015年に同賞を獲得した『FUN HOME(日本語題:FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇)』は、レズビアンである女性漫画家が、43歳で死んだ父親(実は彼も同性愛者だった)との過去を回想するというストーリー。このように、近年のブロードウェイでは社会的なテーマに切り込んでいたり、あっと驚く新しさがある作品が評価される傾向にある。

また、荒唐無稽であること自体を売りにしている作品もしばしば登場する。次々と殺されていく8人の人間を1人の役者が演じ分けるコメディ『紳士のための愛と殺人の手引き』(2014年トニー賞作品賞受賞)、徹底的にバカバカしさだけにこだわった『モンティ・パイソンのスパマロット』など、アホに徹しながら非常に高いパフォーマンスで構成されている作品もウケがいい。

そして、地味で文学的な作品からアホに徹した作品まですべてに共通しているのが、細部に至るまで考え抜かれ、焦点がぼやけていないということだ。メタファーを駆使しながら社会的な問題を考察した作品、異常に難易度の高い楽曲を駆使しながら、ストイックに社会風刺やバカバカしさを追求した作品……いずれの作品も、最も伝えたいテーマに向かって全方向から練りに練られた内容になっている。

もちろん、現在でも高い人気を誇っている『シカゴ』『ウィキッド』『オペラ座の怪人』などの超ロングラン作品も、それぞれ趣は全く異なるものの、どれもが実に巧みな構成となっており、散りばめられた伏線やその回収などにも隙がない。

もう少しだけ深く知りたい!という感覚

本作『グレイテスト・ショーマン』は、名曲「ディス・イズ・ミー」で歌われているように多様性を大きなテーマに掲げているはずなのだが、サーカスのメンバーたちが晒されている差別や苦しみに深く切り込むことをしない。
ミュージカルにはマイノリティたちを扱ったものが数えきれないほどある。『カラー・パープル』『パレード』『アリージェンス』『キンキー・ブーツ』『RENT』『イン・ザ・ハイツ』……これらすべてが、社会的弱者やマイノリティたちを扱ったミュージカルだ。シリアスなものからコメディまで作風は様々だが、すべてがテーマを深く掘り下げ、登場人物の痛みを丁寧に描き出している。『グレイテスト・ショーマン』でも、サーカスのメンバーの痛みが描かれてはいるのだが、「ディス・イズ・ミー」を歌うひとりひとりの人生をもっと知りたい!と思ったのは私だけではないだろう。

サーカスのメンバー11人の背景も、ショーが出来上がっていく過程もサラッと描かれるのみ。また、無意識の差別意識でメンバーを傷つけたバーナムが、そのことをはっきりと自覚するシーンも登場しない。なぜ彼らはバーナムを許したのだろうか? もう少しその経緯を詳細に観たかった。

グレイテスト・ショーマン
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

前述したヒュー・ジャックマン主演作『ボーイ・フロム・オズ』や、現在ブロードウェイで上演されているキャロル・キングの半生を描いた『ビューティフル』など、実在の人物の人生を描いたミュージカルはたくさんある。そして、そこには必ず同性愛やパートナーの死であったり、女性が生きることの難しさであったり、何らかの大きなテーマが込められている。
『グレイテスト・ショーマン』は比較的短い映画だ。もう少し尺を伸ばして、多様性の受容という大きなテーマを存分に描き切ることは可能だったのではないだろうか。 唯一、フィリップが恋をする中で自身の差別意識と向き合っていたが、サーカスを題材として用い、多様性をテーマに掲げた以上、もっと大胆に踏み込んでもらいたかった。

「もっとミュージカルの世界に浸っていたい」「もっとそれぞれのキャラクターについて深く知りたい」という2つの点で、『グレイテスト・ショーマン』は「もっと観たい!」と思わせる作品だ。

『グレイテスト・ショーマン』が舞台化されるのであれば、もっと尺を伸ばしてストーリーを練り直してくるだろう。通常、ブロードウェイミュージカルの尺は2時間半ほどある。それぞれのキャラクターをもっと深く描き、苦しみや怒りを歌う楽曲も増えるだろう。そのとき初めて、観客が映画版で感じた「もっと観たい!」という気持ちが満たされるのかもしれない。そう信じて今後の展開に期待したい。

© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

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umisodachi

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

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