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【レビュー】主人公と観客の瞳が呼応する『逆行』

映画『逆行』は、ラオス北部でNGOの医療ボランティア活動に従事するアメリカ人青年が、ひょんな事から窮地に立たされ追われる身となり、その果てに大きな決断を迫られる様を、ラオスとタイのオール東南アジア・ロケで、手持ちキャメラによるドキュメンタリー的手法を効果的に用いて捉えている。

新たなるカナダの俊英、ジェイミー・M・ダグ監督の、鮮烈な長編デビュー作である。

瞳とショットの対峙

観客が何度も繰り返し目撃するのは、主人公の選択と瞬時の決断、そこで発揮される瞬発力である。
本作はそのほとんどが、非常に短いショットの連続で構成されている。自由なキャメラポジション・アングルによる縦横無尽な視点の変化と、手持ちキャメラによる激しい手ブレ効果の中、極限状態にある主人公は、画面内を恐るべき身体的瞬発力で駆け巡る。
この“キャメラが激しく動く瞬間”、“画面内の対象が激しく動く瞬間”とは、物語(または登場人物)が何かを訴える瞬間であり、映画そのものが何かを訴える瞬間にほかならない。この訴えが本作に与え、そして観客が享受するのは、“動的瞬間”の連続から生まれる、物語的緊張と、映画的躍動なのである。

細切れにされ連続するショットは、その手ブレの激しさはもちろん、その対象を大きめのサイズ感で捉えることが多く、さらに長さは非常に短く、被写界深度も浅いものが多い。こうしたショットの連続は、観客の瞳に「画面内の何を見るか?」という選択権をなかなか与えてはくれない。主張の強い個々のショットの瞬発力は、観客の瞳の前をリズミカルに流れていく。時には晴れた日の川の流れのような穏やかさで、時には雨の日の川の流れのような激しさで、文字通り観客の瞳の前を流れていくのだ。
そのとき、我々観客の瞳は試されている。“何を見て、何を見なかったのか、はたまた、何を見なかったことにするのか”、あるいは“何を記憶し、何を忘れるのか”ということを。つまり、瞬発力を要する選択をである。

http://lepetitseptieme.ca/2016/03/12/river-chasse-a-lhomme/ (C) 2015 APOCALYPSE LAOS PRODUCTIONS LTD.
http://lepetitseptieme.ca/2016/03/12/river-chasse-a-lhomme/ (C) 2015 APOCALYPSE LAOS PRODUCTIONS LTD.

本作は、冒頭から非常にショッキングな描写から始まるが、その緊迫感とは裏腹に、背後ではどこかから虫の音が聞こえている。緊迫感に相反する“ほのぼの感”は、虫の音だけでなく、小鳥のさえずりや川のせせらぎとして、絶えず観客の耳に届くのだ。また、そうした“ほのぼの感”は、ふとした瞬間に画面内に姿を現す。主人公の焦りとは無関係に陽気に振舞う宿の女主人や、主人公が抜けようとする路地に立ちふさがる鶏、主人公の犯した行為の直後に映し出されるアメンボ、主人公が決意する背後で鈴を鳴らす牛など。その最たるものは、主人公の精神状態や肉体疲労を意に介さず悠々と横たわるメコン川だろう。ここでも観客の瞳は、映画に試されているわけである。

物語的緊張と、映画的躍動を生み出す“動的瞬間”が、観客の瞳に選択を迫ることは前述したが、なかでも目を見張るような瞬発力を発揮するショットがある。前進する車から地面に向けられたショットと、飛び立つ飛行機のショットである。
本作において、被写体が画面を覆い尽くすことはほとんどないのだが、その例外といえるのが、逃亡後に拘束された主人公を乗せ、疾駆するジープから捉えられた、赤土色の地面のショットだ。前進するジープから進行方向の地面へ向けられたキャメラは、画面いっぱいに赤土色の地面を映し、観客の瞳に一切の選択権を与えない。このショットは、画面に映るすべてが同時に動くという瞬発力で、それまでのショット以上に強大な“動的瞬間”を巻き起こす。
また、主人公が国境を越えて移送される際の飛行機のショットにも注目しよう。飛び立つ飛行機を、右斜め後ろから大きめのサイズ感で捉えているのだが、ここでは劇中で初めて大きな被写体が動き出し、さらにほとんど暴力的と言っていい飛行音の響きを伴って、やはり強大な“動的瞬間”となっている。
どちらの“動的瞬間”も、物語的緊張としては、さらに主人公を窮地に追い込むものであり、また映画的躍動としては、一本の映画を鑑賞する体験における“発見の驚きと未体験の興奮”だ。これらは純粋な感動をもたらすことになるだろう。

そして本作で最も印象深いのが、ラスト近くの、クローズアップで捉えられた主人公の瞳である。
逆光のもと、異国の地で自らに降りかかる困難を目撃し、対峙し、瞬時の決断を余儀なくされ続けてきた主人公の瞳は、その一部始終を“動的瞬間”の連続として目撃することで、同じく絶えず選択を迫られ続けてきた観客の瞳と呼応し合う。主人公の前に立ちはだかる、最も大きな選択と決断の瞬間のうち、その瞳はどのようにあるのだろうか。また、そのとき我々観客の瞳はどのようにあるのか。
“何を見て、何を見なかったのか、何を見なかったことにするのか”。あるいは“何を記憶し、何を忘れるのか”。映画の最後で観客は、主人公自身の瞳に問いかけられるのである。

Eyecatch Image: http://lepetitseptieme.ca/2016/03/12/river-chasse-a-lhomme/
(C)2015 APOCALYPSE LAOS PRODUCTIONS LTD.

Writer

Yushun Orita

『映画と。』『リアルサウンド映画部』などに寄稿。好きな監督はキェシロフスキと、増村保造。

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