『ハクソー・リッジ』の日本宣伝は正しい ─ 沖縄戦というより英雄描くフェアな映画、日本兵にも尊厳

第二次世界大戦の沖縄戦を舞台に、「良心的兵役拒否者」の主人公デズモンド・ドスが衛生兵として激戦地に赴く様子を描いた映画『ハクソー・リッジ』が、2017年6月24日より日本公開となった。
洋画の日本宣伝についてはここ最近特に議論を呼ぶことが多く、今作もその例に漏れず「沖縄戦を舞台にしながら、それを伝えないのはおかしい」との批判が浴びせられた。
この件について取材を行ったBuzzFeed Newsの記事によれば、配給元から「沖縄の表記を前面に出していないのは、沖縄の方への配慮。舞台が沖縄であることにフォーカスして宣伝することで、観た後に複雑な思いを抱く人もいるのではないかと考えた」との回答が得られたという。
ハクソー・リッジの主題とは
『ハクソー・リッジ』の主人公デズモンド・ドスは、出征した大戦で自身の信仰上の理由から武器を所持することを拒否。大尉からは「戦争とは人を殺すことだ」と呆れられ、上官や兵士からのいじめや嫌がらせを受けようとも、軍法会議にかけられようとも絶対に信念を曲げないデズモンド。あることがきっかけでその主張が認められると、件の沖縄戦に衛生兵として従軍。そこは、後に史上最も悲惨な白兵戦として語り継がれるほど激戦極める戦地。吹き飛ばされた人間の一部分が飛び交う断崖絶壁を、自らの危険も顧みず「あと1人だけ助けさせてください」と駆け回る様子が描かれる。
しかし、『ハクソー・リッジ』の主題は、そのような地獄絵図の中を、人命救助…それも敵味方かまわずに救うべく、たった一人で駆けたデズモンド・ドスの精神の尊さを称えているものだ。戦闘描写がむごたらしいほど、デズモンドの信念がより高貴なものとして昇華していく。だからメル・ギブソン監督は日本兵を「悪役」ではなく、あくまでも「相手」「反対側の陣営」として描いていることが、映画を鑑賞すればご理解頂けると思う。今作の主人公はあくまで衛生兵。「憎き敵をついに制圧した」という“勝利”をゴールにする必要がないのだ。
日米互いに人間、フェアな描き方
「卑怯」「だまし討ち」と非難された真珠湾攻撃と異なり、今作に登場する日本兵の描かれ方には取り立てて悪意や余計な思惑がない。「死も厭わずに突撃してくる、恐ろしく手強い相手」として登場するまでであり、決して鬼悪魔などではない。劇中では日本兵同士が談笑する様子もあり、やはり「ただ反対側の立場の人間」であることを直感できる作りになっている。また、日本兵の尊厳を象徴的に描いたシーンも用意されている。
激烈極める戦場において、米兵と日本兵は狂乱の中で命を奪い合う。手榴弾を受け、最早これまでと悟った米兵と日本兵が、共に顔を見合わせ絶叫のまま散るなど、敵味方の分け隔て方はひたすらに「陣営の違い」のみとして描かれていることを感じ取れるだろう。
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