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『ハクソー・リッジ』の日本宣伝は正しい ─ 沖縄戦というより英雄描くフェアな映画、日本兵にも尊厳

© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

第二次世界大戦の沖縄戦を舞台に、「良心的兵役拒否者」の主人公デズモンド・ドスが衛生兵として激戦地に赴く様子を描いた映画『ハクソー・リッジ』が、2017年6月24日より日本公開となった。

洋画の日本宣伝についてはここ最近特に議論を呼ぶことが多く、今作もその例に漏れず「沖縄戦を舞台にしながら、それを伝えないのはおかしい」との批判が浴びせられた。
この件について取材を行ったBuzzFeed Newsの記事によれば、配給元から「沖縄の表記を前面に出していないのは、沖縄の方への配慮。舞台が沖縄であることにフォーカスして宣伝することで、観た後に複雑な思いを抱く人もいるのではないかと考えた」との回答が得られたという。

(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
(C)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

『ハクソー・リッジ』宣伝が行ったこの「配慮」は、とても正しい判断であったと筆者は思う。今作の主題は反戦やもちろん反日といった政治的なものではなく、1人の小さな男が信念を徹底的に貫き、やがて本物の英雄となるという実話。「沖縄戦」それ自体よりも、その英雄物語こそ今作の本質であるからだ。

ハクソー・リッジの主題とは

『ハクソー・リッジ』の主人公デズモンド・ドスは、出征した大戦で自身の信仰上の理由から武器を所持することを拒否。大尉からは「戦争とは人を殺すことだ」と呆れられ、上官や兵士からのいじめや嫌がらせを受けようとも、軍法会議にかけられようとも絶対に信念を曲げないデズモンド。あることがきっかけでその主張が認められると、件の沖縄戦に衛生兵として従軍。そこは、後に史上最も悲惨な白兵戦として語り継がれるほど激戦極める戦地。吹き飛ばされた人間の一部分が飛び交う断崖絶壁を、自らの危険も顧みず「あと1人だけ助けさせてください」と駆け回る様子が描かれる。

© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

『ハクソー・リッジ』クライマックスとなる戦場のシーンでは、これまでの戦争映画を凌駕するとまで言われる激戦の映像が、圧倒的に生々しくスクリーンにブチまけられる。先程までセリフを発していた人物が一瞬の金属音と共にあっけなく命を奪われる。上半身、または下半身を失った人間の残骸があちこちに転がる中を、兵士たちは狂い走り、そしてまた手脚や臓器を吹き飛ばされる。鑑賞しながら祈り始めたくなるほどに容赦ない壮絶な映像を見せつけられると、改めて戦争の恐怖であったり愚かさを考えさせられることは間違いない。

しかし、『ハクソー・リッジ』の主題は、そのような地獄絵図の中を、人命救助…それも敵味方かまわずに救うべく、たった一人で駆けたデズモンド・ドスの精神の尊さを称えているものだ。戦闘描写がむごたらしいほど、デズモンドの信念がより高貴なものとして昇華していく。だからメル・ギブソン監督は日本兵を「悪役」ではなく、あくまでも「相手」「反対側の陣営」として描いていることが、映画を鑑賞すればご理解頂けると思う。今作の主人公はあくまで衛生兵。「憎き敵をついに制圧した」という“勝利”をゴールにする必要がないのだ。

日米互いに人間、フェアな描き方

「卑怯」「だまし討ち」と非難された真珠湾攻撃と異なり、今作に登場する日本兵の描かれ方には取り立てて悪意や余計な思惑がない。「死も厭わずに突撃してくる、恐ろしく手強い相手」として登場するまでであり、決して鬼悪魔などではない。劇中では日本兵同士が談笑する様子もあり、やはり「ただ反対側の立場の人間」であることを直感できる作りになっている。また、日本兵の尊厳を象徴的に描いたシーンも用意されている。

激烈極める戦場において、米兵と日本兵は狂乱の中で命を奪い合う。手榴弾を受け、最早これまでと悟った米兵と日本兵が、共に顔を見合わせ絶叫のまま散るなど、敵味方の分け隔て方はひたすらに「陣営の違い」のみとして描かれていることを感じ取れるだろう。

© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

『ハクソー・リッジ』の日本宣伝で沖縄戦の事実が隠されていたからといって、「これはアメリカ賛美映画で、彼らの都合の良いように描かれているんだろう」とは、どうか思わないで欲しい。アメリカ対日本の戦闘は、極めてフェアに、かつ両陣営に等しく尊敬の念を込めて描かれている。メル・ギブソン監督が描きたかったのは戦争というより、英雄の物語なのである。だからこそ、「沖縄戦」のワードを宣伝で主張してしまうと、今作の英雄物語としての本質が見逃され、常に政治的な話題渦巻く戦争映画のテーブルに打ち上げられてしまう。先の記事のコメントにある「沖縄の方への配慮」「観た後に複雑な思いを抱く人もいるのではないかと考えた」という方針は、鑑賞を終えた筆者としてはとても納得できる。

同記事では、舞台となった沖縄浦添市の反応を以下のように紹介している。

浦添市側は、宣伝文句や予告編に「沖縄」「前田高地」の言葉がないことに関してどう感じているのだろうか。

「その点に確執はありません。なぜなら、浦添で起こったこと自体が重要なのではなく、映画という入り口から、多くの方に平和についてあらためて考えてほしいから」

buzzfeed.com

このコメントにあるように、沖縄戦それ自体というより、メル・ギブソン監督が『ブレイブハート』(1995)に引き続き掲げた「信念を貫き通す精神の高潔さ」を是非話題にして欲しい。
『ハクソー・リッジ』は、「観るべき映画」を超越した、語り継ぐべき映画であると思う。第89回アカデミー賞で録音賞に輝いた大迫力の音響と共に、是非劇場で。

※ただし今作の日本宣伝に関しては、アイドルとお笑い芸人がミニゲームを行ったイベントについて擁護したいわけではないことを、最後に付け加えておく。

https://youtu.be/P4wm2oD9ZVc

Source:https://www.buzzfeed.com/jp/harunayamazaki/hacksaw-ridge-okinawa

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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