Menu
(0)

Search

あなたの価値観を問う育児サスペンス『ハングリー・ハーツ』レビュー

『ハングリー・ハーツ』感想

第71回ヴェネツィア国際映画祭にて主演男優賞・主演女優賞を獲得した作品だ。
ニューヨーク
偶然の出逢いから恋に落ち 子どもを授かったジュード(アダム・ドライヴァー)とミナ(アルバ・ロルヴァルケル)であったが、我が子の育て方を巡って不和が生じ始める。
すべて害になるからと、外出させることも 市販の食事を与えることも 医者に見せることも拒み続けるミナ。
明らかな栄養不足によって成長障害が起きている我が子を放っておけず、かと言ってミナの想いを蔑ろにもできないジュード。
本来善悪で括ることなどできないはずの愛の是非を 我が子を想う親の愛情を 愛故に苦しむ者達の葛藤を描いた作品だ。

ぼくは知らなかった。
親が子を想う気持ち
その僅かなズレによって、こんなにも胸が張り裂けるドラマが生まれることを。

長年恋人もおらず、結婚の「け」の字も 自らの子どもの誕生も無縁であるぼくが知る由もなかった。

あなたが親であるのなら これから親になろうとしているのであれば、この作品は決して他人事では済まないと思う。
こんなことが起きないに越したことはないけれど、愛故に起きないとも言い切れない。

いつの日か結婚して子どもを授かった時、今作で描かれるような状態に自らが陥ったらどうするのだろう
そんなことを考えながら、スクリーンを ジュードを ミナを 子どもを見つめていた。
彼らの辿り着く末路を、自らでは出すことのできない答えを求めながらストーリーを追った。

冒頭に描かれる二人の出逢い
ぼくが事前情報0で今作に臨んだこともあり、「あれ、これ胸キュンラブストーリーじゃね?」と思ってしまう程の極上の出逢いを目の当たりにした。
最低最悪の出逢い方だけど 起きそうで中々起きないことだけど、あんな恋の始まりいいなって ステキだなって

開始僅か数分で心を鷲掴みにされた。

そう、その時が訪れるまで 二人の愛は寸分違わず同じ道を歩んでいたはずだった。

これは無知で想像でしか語れないぼくの浅い考えかもしれないし、言葉の通り お腹を痛めて我が子を生むことのできない男の勝手な発想かもしれない。

何が言いたいのかというと、容易にミナを悪者扱いできないってことだ。

自らのお腹の中に命を宿す
想像はできても、リアリティを感じることなんてぼくには不可能だ。
映画やマンガで垣間見るファンタジーの領域と変わらない。

そんな経験をする女性にとって 妊娠することで生活がガラッと変わる女性にとって 命を懸けて我が子を産んでくれる女性にとって、それまでの価値観が変化することだって充分ありえるという話だ。

劇場を出て横断歩道で信号を待ちながらアレコレ考えていると、同じ回で観ていたであろうオッさんが 奥さんにミナの文句ばかり垂れていた。
早く施設に入れろだの すぐに引き離すべきだっただの 頭がオカシイだの

あのオッさんを非難するつもりはないし、その考えも正しいのかもしれない。

でも、そんな考えでは何も解決できっこない。
ジュードもそれを心得ていたからこそ、ミナの想いを尊重しようと努めていた。
努めてはいたが、どうすることもできなくなって追い詰められていた。

自らの子どもとは血の繋がりがあっても、所詮夫婦間に血の繋がりはない
極論を言ってしまえば、いつまでも他人のままだ。
分かり合えっこないのかもしれない。
そんな考えが一瞬頭をよぎったが、そこに逃げ道を作りたくはなかった。

血の繋がりがなくとも、愛がある。
愛が二人を結び付けているのだと信じたい。

この作品に悪者は一人もいない
皆正義であり 皆愛を持っていた

だから観ていてツラいんだ
だから胸が傷むんだ
だからどうにかしたいんだ
ズレた愛の軌道が一つに戻ることを願ってしまうんだ。

その結末が正しいモノだったのか、誤ったモノだったのかは分からない。
人によってはハッピーエンドだし、人によってはバッドエンド。

ぼくはどちらも選べない。
いつか結婚して 子どもができて、(起きて欲しくはないが)同じ経験をしない限り答えなど得られないのだと思う。

気軽に「観てね〜」などとは言えませんが、ぜひ劇場でご覧ください。

愛の在り方を問う作品です。

Writer

ミヤザキタケル
ミヤザキタケル

映画アドバイザー 元俳優 ライター 映画イベントMC。Instagramを中心に最新映画から懐かしの映画まで幅広く紹介。「ファイトクラブ」 「GO」「男はつらいよ」がバイブル。好きな監督はウディ・アレン。お仕事のご依頼はa.safety.pin.storm@gmail.comまでお願い致します。

Comment

Ranking

Daily

Weekly

Monthly