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【考察】『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』サノスの「月落とし」を科学的に検証する

『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』サノス
© Walt Disney Studios Motion Pictures 写真:ゼータイメージ

この記事では、マーベル映画『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で、ヒーローらを襲った「サノスの必殺技」を詳しく分析・検証していく。

注意

この記事には、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』の内容が含まれています。

『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』サノス
© Walt Disney Studios Motion Pictures 写真:ゼータイメージ

サノスが見せた「月落とし」を検証する

本稿で扱う「サノスの必殺技」とは、サノスがタイタンにてアイアンマン相手に披露した、インフィニティ・ストーンのパワーで空に浮かぶ星を遠隔破壊し、大量に発生したその破片群を隕石として敵の上に投げ落とすという規格外の大技のことである。劇中のトニー・スタークの発言から「月落とし」、もしくは「サノス流星拳」とでも呼称すべきこのスペシャルムーヴを繰り出すために必要なエネルギーはいかほどか。サノスの技のレパートリーの中でも最大の攻撃力を持つと思しきこの技をできるだけ詳細に分析することにより、2019年5月に予定されているはずの『アベンジャーズ』第4作でのサノスとの再戦への備えとするとともに、技の源となるインフィニティ・ストーン、その力の深淵を覗き込もうとするものである。

言うまでもないがネタ記事であると共に、拙稿を著すは生涯において一度も物理学など専攻したことがないタダの文系映画好きである。あらかじめ文中の科学的齟齬や誤りをお詫びするとともに、読者諸兄におかれては、本稿で題材とするマーベルユニバースのようにどこまでも広大な心で以降をお読みいただけるようお願い申し上げる。

筆者所有のインフィニティ・ガントレット

技の概要はこうだ。まず、この広い宇宙に6つあるというインフィニティ・ストーンのうち、4つくらいをあらかじめ集めておく。(※普通の人がストーンを直に触ると塵のようになってしまうので注意されたし。)そしてニダヴェリアに住むドワーフを非道な手段で脅して作らせた特製ガントレットに、その4つの石を接着して左腕に装備、ひときわ強い気合と共にインフィニティストーンに対象となる星の破壊を命じる。コアから木端微塵となったその星の残骸を、天体間の相対速度を完全に無視して、一直線に地表にいる敵にぶつける。これが「月落とし」の全容だ。

落とされた天体は何だったのか

この大技を出すために必要なエネルギーを検証するにあたっては、兎にも角にも劇中破壊されたあの天体は何かを知らなければならない。自然、あのシーンの舞台となったタイタンはそもそもどこにあるのか、という疑問になる。それでなくとも、マーベル・シネマティック・ユニバースには、惑星サカールやら、コントラクシアやら、ザンダーやら、現在までの人類には発見できていない天体が数多く登場する。サノスの故郷タイタンもそういった星の一つであれば、今回の調査は早くも暗礁に乗り上げることになる。焦る思いで手に取ったガイドブック『マーベル 宇宙の歩き方』(講談社、2017年刊行)に、マーベル世界におけるタイタンについて書かれた章があった。その一行目にこうある。

土星の最も大きい衛星であるタイタンにはかつて、才能のある優れた人々が住む都市があった

ご存知の通り、われわれの地球でも、土星最大の衛星は「タイタン」と命名されている。才能のある優れた人たちの有無までは明らかになっていないが、マーベル世界のタイタンと我々にとってのタイタンは同じ、という仮定のもと検証を進めてよさそうだ。アイアンマンらが、サノスからガントレットを奪うべく激戦を繰り広げたあの星が、地球の天文学でいうタイタンだとすると、それでは「月落とし」に使用されたあの天体は何か。タイタンが実在の星である以上、あの天体も観測上存在を確認されている星とするのが自然である。

そしてサノスの心理として、忙しい戦闘中、相手に手ごろな星を投げつけようと思い立ったら、とりあえず手元から近い星を使うはずである。もし読者諸兄が突然暴漢に襲われたとして、その時自らが取る行動を想像して頂ければあながち強引な論理とも言えないはずだ。その観点から候補を探すと、タイタンから至近で「月」と呼べる天体は2つあることが判る。土星側にレア、太陽側にヒペリオン、どちらもタイタンと同じ土星の衛星だが、小生はこのうちヒペリオンこそが、サノスの「月落とし」に使われたのではないかと推測する。理由は以下に述べる。

ヒペリオン説を立証する

現在までに60以上発見されている土星の衛星を、土星に近い方から一直線上に並べた場合、レアとヒペリオンはタイタンを挟んだ形で並ぶことになる。それ故この2つの星を「タイタンから至近」と表現したが、近いとはいえ実際、レアとタイタンとの距離は約70万kmある。地球から月の距離が38万kmなので、レアとタイタンはその倍近く離れていることになるのだ。一方のヒペリオンだが、こちらはタイタンから約25万kmの距離。70万kmと25万km、広大な宇宙を思えば微々たる差と言えなくもないが、先ほど言ったような複数の手ごわい敵に包囲されるという緊急事態において45万kmの差はやや大きいと考えられないだろうか。

もう一つの根拠は、それぞれの天体の大きさである。1997年に出発した土星探査機カッシーニによる観測で、どちらについてもほぼ正確な大きさが判明している。まずレアだが、こちらは直径約1,528kmのほぼ球形、そして対するヒペリオンは、かなり歪な形ながら平均すると直径約280kmほどの大きさである。地球の「月」の直径が3,474kmなので、二つの天体が月と同じ位置にあった場合、レアは視覚的に月の4分の1程度、ヒペリオンは25分の1程度に見えるはずである。

映画の「月落とし」の場面、アイアンマンとの戦いの最中、空を見上げるサノス。そこに浮かぶ巨大な星。ガントレットに力を込めるサノス。そこで画面は宇宙へと切り替わり、タイタンの成層圏の外、衛星高度とおぼしき距離で粉々になる天体という描写だったはずだ。(なぜ何万kmも離れているヒペリオンないしレアがあれほどタイタンに接近しているのかは「おそらくはスペースストーンの力」ということでお茶を濁させて頂く)ここで、こちらの参考動画を御覧頂きたい。

こちらは、もし地球の「月」が、国際宇宙ステーションISSと同じ高度にあったらどう見えるか?というイメージ映像である。月が不気味なほど巨大な姿を見せているが、これが例えばタイタンから見上げた衛星高度にあるレアで、目に映るのがこの映像の「月」の4分の1程度の面積であったとしても劇中の描写と比較して大きすぎることがなんとなくお判りいただけるだろう。ではヒペリオンならどうか。この映像による「月」の25分の1程度の大きさであれば、劇中の印象と大差ない感じがしないだろうか。

最後の根拠は2つの天体、それぞれの組成と密度である。劇中サノスが「月落とし」を放った後のことを思い返して頂きたい。降り注ぐ星の欠片、タイタン地表にいたアイアンマンほか、ヒーローの面々は大ダメージを被るが、誰一人死者は出なかった。その上あろうことかサノス本人もその破壊の中を涼しい顔で直立していたように思う。レアもヒペリオンも、その大半が氷でできているのだが、何しろレアは直径1,500km超。大半は氷でもその組成の25%程度は岩石であると言われているので、もしその残骸がタイタン地表に隕石として落下したら、アベンジャーズはおろかサノスともども消し飛んでいなければおかしい威力になったはずだ。6500万年前、恐竜絶滅の原因となったと言われている小惑星衝突。この時地球に落下したチクシュルーブ衝突体の大きさは直径がたった150kmであったと言われている。その威力は広島型原子爆弾の約10億倍、レアを落下させていれば、この比ではないオーバーキルが発生したことは想像に難くない。

一方のヒペリオンだが、0.6g/cm^3と密度が著しく低い特徴を持つ。その為、その組成のほとんどがスッカスカの氷だと言われている。ほとんどが氷である上、ストーンのパワーで粉々に砕かれ、残骸の殆どはタイタンの大気圏で燃え尽きたとしたら、地表に降り注ぐのは塵に毛が生えたようなものばかりのはずだ。何しろタイム・ストーンのありかを聞き出さなけばならないので、サノスは敵を全滅させることはできない。ヒペリオンならば適度に調節された破壊力で、敵の戦意を削ぐのにちょうどいい威力になったと考えられる。

さらにこれは余談だが(この稿すべてが余談かも)、ヒペリオンは英語の発音では「ハイペリオン」と読む。そう、実はこの星は、知る人ぞ知るマーベルにおけるDCスーパーマンのオマージュヒーロー、ハイペリオンと全く同じ名前なのだ。製作側の遊び心で、サノスにマーベルヒーローの中でも随一の実力を持つヒーローと同じ名前の星を破壊させた、なんてことは考えすぎだろうか。

ヒペリオン破壊に必要なエネルギー

このように様々な点から、サノスが「月落とし」に使ったのは土星の衛星のひとつ、「ヒペリオン」ではないかと推測するわけだが、それではあの天体がヒペリオンだと仮定して、映画のように粉々に吹っ飛ばすにはどれほどのエネルギーが必要となるのだろうか。

株式会社『空想科学研究所』主任研究員の柳田理科雄氏によると、天体を粉微塵に破壊するエネルギーは、その天体の質量と重力に比例し、エネルギー(J)=0.6×6.67×天体の質量(kg)×天体の重力÷(天体の半径(m)×1000億) という数式で求められるという。そしてこの数式によると、例えば地球を木っ端微塵にするために必要なエネルギーは1.9×10の32乗Jという数値になる。いまいちピンとこないだろうが、これは原子爆弾にして300京発分、先ほど取り上げたチクシュルーブ隕石衝突の5億回分に匹敵する。

何とも凄まじく膨大なエネルギーだが、これは地球の話。ヒペリオンではどうか、この天体の質量は地球の約100万分の1、重力は500分の1程度であるからして、あれやこれやと計算してみるとざっと原子爆弾にして約60億発分、恐竜絶滅隕石10,000回分以上のエネルギーが必要、という試算になる。

なぜサノスはこの技を使ってこなかったのか

いかがだろうか?私の適当な計算が1桁や2桁違っていたところでどうというこはない(予防線)圧倒的なパワーが「月落とし」の場面、サノスによって運用されたことがお判り頂けるだろう。恐るべしインフィニティ・ストーン。この与太話の結末に至って、私の胸に去来するのは『インフィニティ・ウォー』劇中のサノスの戦闘時の姿だ。なぜ彼は、このような圧倒的としか言いようがないほど桁違いのパワーを映画冒頭より有しながら、それをヒーロー達に直接ぶつけるという手段を一度も使わなかったのだろうか。こんな武器を持っていて、しかも遠隔で使用できるのであれば、わざわざ殴ったり殴られたりする必要などどこにもないはずだ。このことが証左するのは「サノスは誰のことも、好んで殺したくはないのかもしれない」という驚くべき、しかしまことしやかな推論だ。

サノス── 憎むべき強大なヴィランとはいえ、その戦士としての矜持や、目的遂行のための強烈な意志に畏敬の念すら抱かざるを得ない、そんな検証結果となった。

参考文献:柳田理科雄(2017)『スター・ウォーズ 空想科学読本 』講談社KK文庫
マーク・スメラック(2017)『マーベル 宇宙の歩き方』光岡 三ツ子訳、講談社

Writer

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アクトンボーイ

1977年生まれ。スターウォーズと同い歳。集めまくったアメトイを死んだ時に一緒に燃やすと嫁に宣告され、1日でもいいから奴より長く生きたいと願う今日この頃。