「解剖」の文字に惑わされるな…美しい死体がもたらす恐怖を描いた正統派ホラー『ジェーン・ドウの解剖』

マイナージャンルながら高評価を獲得したノルウェー産フェイクドキュメンタリー『トロール・ハンター』のアンドレ・オブレダル監督がまたしても面白い作品を放ってきた。エミール・ハーシュとブライアン・コックスの2人を主演に迎え、検死所を兼ねた一軒の遺体安置所という限定空間を舞台にしたホラー『ジェーン・ドウの解剖』。ジェーン・ドウとは、身元不明の女性を指す。『セブン』で認知された感のあるジョン・ドゥが身元不明の‟男性”なら、‟女性”はジェーンというわけだ。その‟ジェーン・ドウ”の解剖、である。タイトルがズバリ主題になっていて、ジェーン・ドウの意味が分かっていれば実に不穏なタイトル。原題も『The Autopsy of Jana Doe』で「身元不明女性遺体の検死」の意味だが、本編に入る前から実に上手い作りになっている。

ポスターデザインも、検死台に横たわり、白濁した目を見開き鼻から血を出したジェーン・ドウの遺体(‟演じて”いるのはオルウェン・ケリーという女優)のビジュアルというシンプルすぎるデザインで、タイトルとこのポスタービジュアルで本作がホラー映画以外の何物でもないことを明確に印象付けている。そこに来て「解剖」の文字はやはり映像表現的に「おぞましいもの」を連想させる。切り裂かれる皮膚、筋肉、脂肪。露わになる骨、臓器、そして大量の血…。どうしても、鑑賞前からジャンルとしてのスプラッターをイメージしてしまう。そういった描写が苦手な人ならば、それだけで敬遠してしまうはずだ。

不思議なくらいグロさがない

ところが、だ。本作が見事なのはホラー描写における「手段」にある。確かに解剖シーンはダイレクトに描写されるのでその名に偽りはない。ただし、不思議なくらい「グロさ」がないのだ。ダイレクトな描写ながらそれは淡々と描かれ、いかにもそれをクローズアップしてねちっこく見せるような真似はしない。もちろん「死体だから」生きた人間がバラバラにされるような不快感をそこまで感じないという理屈もある。それでも実に淡白な描写で、どんな凄いグロ描写が飛び出すのかと身構えていた身としては拍子抜けのような気分だった。しかし、オブレダル監督の手腕が発揮されるのはまさに‟そこ”からだったのだ。

そもそも、ジェーン・ドウはいったい何者なのか。オープニングで描かれる、凄惨な一家殺人事件の現場地下、しかも地中から発見された身元不明の女性死体。この死体がティルデン検死所に持ち込まれた時点で既に恐怖の下地が敷き詰められていたのである。ジェーン・ドウの解剖が進むにつれて、通常の死体の現象とは明らかに一致しない不可思議な点が、次々と明るみになっていく。‟ただの解剖ホラー”と思っていると、観客はあれよあれよという間にジェーン・ドウの死体の謎がもたらす、得体の知れない迷宮へと巻き込まれていくのだ。それと同時に、検死所を怪奇現象が襲い始める。実はここからが本作は半端なく恐ろしい。観客は既にジェーン・ドウの謎に絡み取られ、先がまったく読めない不安定な心理状況下に置かれている。そこに加えて怪奇現象が検死官親子を襲うのだが、それはもはや観客も同時に味わう恐怖でもあるのだ。しかも、その恐怖因子は突然現れるのではない。そこに至るまでに本編内に周到に種が散りばめられており、無意識下に押し留めていたそれらの種が「その時」が来るとむくりと顔をもたげ、立ち上がる。その時の、肌をぞわりと抜けていくような怖気は実に正統的なホラーの感触で、例えばそこには、どことなくジャパニーズ・ホラーにも通じるような感触、心地すらあるのだ。遺体の足に付けられた鈴や、建物内の曲がり角に設置された鏡、暗闇に包まれ一寸先も見えない通気口…とにかくすべての要素が観ている者に向かって狂気的なまでにがらりと姿を変えて(もちろんそれは目には見えないが)襲って来るのである。

久々に「もうそろそろ勘弁してくれ」と拝みたくなるホラー

やられた。参った。筆者はスプラッターに耐性があるし、ミステリも大好物だ。しかし‟油断していたホラー描写”ほど薄ら寒いものはない。Jホラーに慣れ幽霊モノやオカルトモノにも新鮮味を感じなくなっていた今だからこそ、すべての要素を取り込みながら、それでいて丁寧にまとめあげ、逃げ場がないほどに追い詰めて見せつけて行くオブレダル監督の鬼畜ぶり、手腕には唸らされた。いや正直を言えば唸ったというより「ひい」という悲鳴に近い。久しぶりにホラー映画を観ながら「もうそろそろ、もうそろそろ勘弁してくれ」と拝みたくなるような、体がヒリヒリとするような描写の連続だった。もちろん心の中では「こんなホラーが観たかった!」と喜んでいる‟ホラー好き”の性分があるのだけれど。
正直、ラストシーンには賛否両論あるだろう。しかし映画の楽しみは何もラストシーンにすべてが凝縮するわけではない。そこに至る過程を重視したっていい。なので筆者の場合、本作の率直な感想としては後者で「久々に良いモン観たわあ」とドキドキ胸を高鳴らせながら劇場を後にしたのである。

ミステリー要素も強い作品なので迂闊なことも書けないのが歯がゆいが、少なくとも「解剖とかグロはちょっと…」と気が引けてしまっているなら、敢えて言いたい。前述のように確かに解剖シーンはリアルだ。けれど、実は『ジェーン・ドウの解剖』というタイトルからは連想できない展開が待ち受ける作品で、きっと「怖いもの見たさ」と期待を裏切らないはずだ。単独長編映画では本作で2作目なのだから驚き、というより1作目の『トロール・ハンター』を監督した時点で「これはなかなか面白い監督が出てきたぞ」と思ったが前言撤回だ。「とんでもない監督が現れたぞ」と。アンドレ・オブレダル監督の次回作が楽しみである。

Eyecatch Image:https://youtu.be/1OaZ3BTKkqQ
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About the author

映画・映画音楽ライター。愛知県出身。

竜巻映画『ツイスター』で映画に覚醒。映画音楽に魅了されてからはサウンドトラックも買いあさり、映画と映画音楽漬けの日々を送る。

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