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【考察】なぜ私は泣けなかったのか。『君の名は。』いまさらレビュー

興収120億を突破し、空前の大ヒットを驀進中の『君の名は。』を観たのは、封切直後のことだった。

しかし、私はこれまで『君の名は。』の感想やレビューをどこにも書かなかった。ずっと考えていた。なぜ、私はこの作品に心を動かされなかったのかを。

いや、とても面白かったし、終始よくできたストーリーだと熱中して観ていたので、「心を動かされなかった」という表現は厳密にいうと正しくない。311という経験を経てこその展開には心が震えた。しかし、エンドロールが終わり、隣で鑑賞していた夫が号泣しているのを見て、私は初めて気づいたのだ。「これは、泣ける映画だったのか」と。

私は愕然として、今日までずっと『君の名は。』について考えていた。なぜ、私は涙を流せなかったのか。「ウルっとはきたけれど涙を流すほどではなかった」というレベルではない。どこが泣くポイントだったのかすら見当がつかなかったのだ。どちらかというと頻繁に映画で泣くタイプだと自負しているのに。もちろん、泣くことがすべてではないのだが、泣きのポイントすら分からなかったというのは初めての経験だったし、深く追求してみたくなった。そして、あれこれと考えていくうちに、いくつかポイントが見えてきた。

【注意】

この記事は、映画『君の名は。』のネタバレ内容を含みます。

瀧の描写と三葉の描写の非対称性

一番の理由はこれだ。冒頭から比較的詳細に描かれていく三葉に対して、瀧のキャラクターや周辺状況がよく分からなった。

なぜ母親がいないのか?部活には入っていなさそうだが、友人たちは高校からの友人なのか?ハードにバイトに励んでいるようだが、そこそこ値が張りそうなカフェを頻繁に訪れるのはどうしてなのか?カフェが好きなのか?先輩への恋心を日記にしたためている男子高校生というのは普通なのか?高校ではどういったポジションの生徒なのか?

こういった疑問を抱いたまま進行していくので、単純に瀧に恋をする三葉の気持ちに共感できなかった(見落としていた描写があった可能性は否定できないが)。このことは鑑賞中から意識していて、瀧の情報が開示されないことにフラストレーションを感じた。特に、家庭環境については気になるポイントだった。三葉は母親と死別していて、父親とは別居している。三葉の複雑な状況については、かなり詳しく説明されていたのにも関わらず、瀧については最低限以下の情報しか与えられないことが不思議だった。

加えていうと、三葉については、本人の時と瀧と入れ替わった時とで、無理なく同じ人格に見えたのだが、瀧については、三葉になった瞬間に行動的で強気なキャラクターに変化するような印象を受けた。これは単純に、”リアル三葉探し”の展開に至るまでの間、瀧が瀧自身であった描写が少なかったことが原因だともいえるのだが、瀧本人はもっと控えめで内向的な人物のようなイメージが拭えなかった。

このように、三葉と瀧で描写の比重に差があったことが、ずっと引っかかっていた。瀧について知りたい情報が与えられないので、瀧というキャラクターに思い入れることができず、三葉が瀧に恋してしまったことにピンとこなかったのが、まず第一に共感まで至らなかったポイントだと思われる。

不完全燃焼な三葉と父親との関係

次に、鑑賞している際に大いに肩透かしを食らったポイントがあった。多くの人が同じだと思うのだが、彗星の衝突について、三葉が父親を説得するシーンが描かれなかったことだ。

三葉の父親は、かなり異質な存在として描かれている。婿養子として神社にやってきて、二女をもうけたが次女出産時に妻は死去。かねてより折り合いが悪かった姑と決裂して別居中(おそらく籍は抜いていない?)。そして議員になり、いまは首長の座についている。私は、父親が家を出た経緯が語られたときに、ふと疑問を持った。あれほど狭いコミュニティで、氏神様と思しき重要な神社に婿に入ったにも関わらず、妻が亡くなったら子供を置いて家を出るような人間が、住民の信頼を得られるものだろうか?本当の事情はどうあれ、周囲に与える印象は決して良くはないのではないか?

だからこそ、きっとこの先に、この父親の人格(住民の信頼を得るに足る)が垣間見えるシーンがやってくることを予想した。少なくとも、三葉と対峙して邂逅するシーンが出てくるのは間違いないと思った。”運命の相手との入れ替わり”が繰り返されてきたことも示唆されていたので、父親が忘れている入れ替わりの記憶を呼び覚まして説得するものだとばかり思っていたし(三葉の両親も過去に入れ替わりを経験していたと考えるのが自然なので)、なんならそこがクライマックスなのかな、くらいの心づもりでいたので拍子抜けしてしまった。

このモヤモヤがエンディングまで解消されなかったことが、第二のポイントだ。

「相手だけが自分を理解している」という要素の欠如

そして、今回はじめて分かった自分の共感ポイントとして、「相手だけが自分のことを理解している」という要素がかなり重要なのだと知った。孤独だったり、疎外されていたり、「本当の自分を出せない」と感じているキャラクターが他者と関わることで、理解してもらえたり受け入れてもらえたりする、という構造がないと共感しにくいようなのだ。前述したように瀧の状況はよくわからないが、とりあえず友人関係などの社会活動はそつなくこなしていそうだ。三葉も、嫌味を言ってくるクラスメートはいるものの、仲の良い友達はいるし、楽しく暮らしていそうだ。父親との関係はこじれているし、巫女という立場の居心地の悪さは感じているが、孤独というほど苦しんでいる様子はない。

いわゆる”リア充”同士が”特に理由もなく”惹かれあうという展開にしか思えず、感情移入するポイントが見つけられなかった。一緒になってドキドキすることができなかったのだ。必然的に、終盤で2人がお互いを探しまくるシーンにも、気持ちを入れることができなかった。

時間軸のずれが判明してから上がったテンション

では、一体この映画のどこに感心したのかというと、2人の時間軸がずれていたことが判明して以降の、彗星衝突回避までの展開にだ。特に、三途の川を思わせる小さな水流をこえて、黄泉の国を思わせるご神体に辿り着く場面は秀逸だった。「死後の世界のものを口にしてはいけない」「死後の世界での記憶は失われる」といった、いわゆる神話に描かれる死後の世界によくあるモチーフを取り入れ、「口噛み酒を飲む」という、直接的かつ肉体的な切り札が登場したとき、かなりテンションが上がった。

それまで、ささやかで爽やかなロマンチシズムに溢れていた世界に、「口噛み酒を飲む」という生々しい行為が投入された瞬間、突如として宇宙的な広がりを見せた映像にも興奮した。生命の神秘や宇宙の真理といった壮大なイメージと、巫女の家系に伝わる不思議なメッセージとが融合し、作品のスケールが一気に大きくなったと同時に、ストーリーのスピード感も一気に上がった。

「男女の入れ替わり」という、下世話にしようと思えばいくらでもできる題材を選びつつ、爽やかに徹していた前半を観て、てっきり生々しさを回避しているとばかり思っていたところに、ある意味キスシーンやセックスシーンよりも生々しいようにも感じる「口噛み酒を飲む」というアクションをぶち込んできたことにはハッとしたし、見事に予想を裏切られた。口噛み酒が重要なアイテムだということは把握していたが、まさか飲むとは思わなかったのだ。と、いうわけでここは私にとって最も印象的なシーンとなったが、いかんせん「泣ける」種類のシーンではなかった。

ストーリーの波に乗らずに映画を観ている自分に気づいた

こうして振帰ってみると、どうやら私はストーリーの波に乗らずに映画を観るタイプだということが分かってきた。全体の構造を把握しようとしたり、伏線の回収を予測したり、メタファーを探したり。『君の名は。』の世界に没入していなかったのだ。

第一の泣けなかった原因

「瀧と三葉はお互いにとって”運命の人”である」という絶対的な設定を、そのまま受け入れることもできたはずだ。運命とはそういうものなのだから。その一番大きい波に乗れなかった。

第二の泣けなかった原因

瀧と三葉との交わりが、三葉の過去を救う(コミュニティの人々も救う)という大きな流れの中に、父親の存在をガッツリと組み込むことを”勝手に”期待してしまった。

第三の泣けなかった原因

主人公に孤独を求めてしまった。無自覚だったものの、恋愛には孤独や寂しさが絶対に必要であるという自分の中での勝手な定義が、主人公に対する共感を阻害してしまった。繰り返しになるが、”運命の人”という点を無条件に受け入れるべきだった。

第四の泣けなかった原因

「黄泉の国へ救出に行く→口噛み酒→映像の飛躍」という展開に過剰に興奮してしまい、2人の恋愛モードに気持ちを戻せなかった。

これらの要因により、私は泣くことができなかったのだが、”運命によって引かれ合う2人”という前提を無条件に受け入れられていれば、おそらく私は泣くことができたのではないか。そして、ストーリーと、2人の感情の波にうまく乗ることができれば、ある種の快感と没入感を味わうことができたはずだ。きっと、RADWIMPSの音楽もその快感に大きく作用するのだろう。

私が気になってしまったあれこれについても、練りに練られた『君の名は。』のストーリーに思い切り没入させるために、ノイズになりそうな細かい設定を敢えて無視したのではないか?とすら思える。ここまで緻密にストーリーを構成しておきながら、説明不足な部分や矛盾する部分に無自覚だったとは信じがたいからだ。

あれこれ考える前に、まず『君の名は。』の世界に飛び込めばよかった。目に映る世界と一体化して、その快感に酔いしれてみたかった。2回目を観るときは、思いっきり波に乗って、音楽にも耳を澄ませて、最後まで振り落とされないように楽しみたい。私にできるかは分からないが。

Writer

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umisodachi

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

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