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『ラ・ラ・ランド』には原型があった ─ デイミアン・チャゼル監督、学生時代のデビュー作がルーツに

https://www.youtube.com/watch?v=vL9oQvVgc1g スクリーンショット

映画『ラ・ラ・ランド』(2016)には、その原型ともいうべき一本があった。デイミアン・チャゼル監督が学生時代に手がけた長編映画デビュー作『Guy and Madeline on a Park Bench(原題)』(2009)だ。

この映画は、ハーバード大学で映画を学んでいたチャゼル監督が卒業制作として作り上げた一本である。全編16mmフィルム、モノクロで撮影されており、チャゼル監督は脚本・撮影・編集・作詞も兼任した。プロの俳優・スタッフではなく学生時代の仲間と製作した作品ながら、音楽を担当したのは『セッション』(2014)や『ラ・ラ・ランド』、『ファースト・マン』(2019年2月8日公開)でもタッグを組むジャスティン・ハーウィッツ。当時チャゼル監督が活動していたバンド「チェスター・フレンチ」でピアノ&パーカッションを担当していた人物である。

『ラ・ラ・ランド』の原型、恋人たちの物語

物語の舞台はマサチューセッツ州ボストン。まだ年若く将来有望なジャズ・トランペッターのガイと、特にあてもなく日々を送っていたマデリーンは恋人同士だが、すでに二人の関係から情熱は失われてしまっていた。ある日、ガイは地下鉄で出会った女性エレナと恋に落ち、それはガイとマデリーンの関係を終わらせることになる。

傷ついたマデリーンは家を引っ越し、新しい仕事を見つけ、ふたたび自分の人生を立て直そうとしていた。一方のガイは音楽に精を出すが、エレナとの関係がうまくいかないことに気づきはじめる。エレナはマデリーンとは違い、自分の音楽に関心がない。一方でエレナも、自分勝手なふるまいを続けるガイにフラストレーションを抱えていた。ガイはエレナの気を惹こうとするが、それは二人の溝をさらに深めることになっていく。やがてガイはマデリーンを思い出すようになるが、そのころマデリーンは、出かけた先のニューヨークでフランス人のポールと出会うのだった。

ガイは行方の知れないマデリーンを探し、ついには街角にてマデリーンと再会する。しかしその時には、すでにマデリーンはニューヨークに住むポールのもとへ住まいを移そうとしていた。引っ越しの準備が進むマデリーンの部屋で、ガイは再びトランペットを取り出す。急いでいるマデリーンを前に、ガイは「今でも曲を書いている、最近つくった曲があるんだ」と言って演奏を始めるのだった。そして演奏は終わり、二人は黙って視線を交わす。

デイミアン・チャゼルの初期衝動

『Guy and Madeline on a Park Bench』(以下『Guy and Madeline』)には、長編映画デビュー作とあって、チャゼル監督の創作に対する衝動が隠しきれずにあふれだしている。ジャズに執心する主人公の造形は、その後も『セッション』『ラ・ラ・ランド』へと引き継がれていくものだし、手持ちカメラ&同時録音によるドキュメンタリーのような撮影スタイル(シネマ・ヴェリテ)と、ハリウッド黄金期のミュージカル映画のような演出を両立させようとする野心が全編を貫いているのだ。過剰なまでにカメラが被写体に接近し、かと思いきや遮蔽物越しに人物を捉えるほど引いて見せるような撮り方は、かつてフランスで起こった映画運動、ヌーヴェルヴァーグの作品群をも思わせるだろう。

とにかくこの映画には、チャゼル監督が当時やりたかったことが存分に詰め込まれているわけである。したがって、そのすべてが成功しているとは言いがたい。ミュージカル映画なのでもちろん登場人物は歌い踊るのだが、なぜ歌い始めたのかがいまひとつ掴みづらい場面があったり、音楽への入り方も自然ではなかったりする。ガイやマデリーン、エレナの心理描写も十分とは言いがたい。それに出演者もプロの俳優ではないため、演技や歌、踊りのクオリティにも疑問符はつく。

しかしながら本作は、チャゼル監督が2009年に発表した作品であるということを忘れてはならない。監督は2007年に大学を卒業しているため、実際の製作時期はそのころだったのだろう。これは当時まだ22歳だった監督が、非常に限られた条件のなかで、自分の衝動に身を任せつつ、同時に理性的に組み上げていった作品なのである。
ちなみに余談だが、ガイ役のジェイソン・パルマーは当時からジャズ・トランペッターとして活動しており、現在も変わらず活躍中。ドラム経験の豊富なチャゼル監督も、マデリーンにドラムを教える人物の役で一瞬だけ顔を見せている。

以下の内容には、映画『ラ・ラ・ランド』のネタバレが含まれています。

そして『ラ・ラ・ランド』へ

『セッション』が製作される以前、『Guy and Madeline』がトライベッカ映画祭にて初めて上映された翌年の2010年に、チャゼル監督は『ラ・ラ・ランド』の脚本初稿を完成させていた。したがって、『ラ・ラ・ランド』が本作に近い内容となることは必然だっただろう。かつてチャゼル監督は、主人公の男性役に『セッション』のマイルズ・テラーを起用しようと考えていた。マイルズとの交渉は決裂しているが、もしこれが実現していたら、ライアン・ゴズリングが演じたセブよりも若い、さらに『Guy and Madeline』のガイに近い印象になっていたにちがいない。

ストーリーの共通点

さきほど「ジャズに執心する主人公の造形は、その後も『セッション』『ラ・ラ・ランド』へと引き継がれて」いると記したが、これ以外にも『Guy and Madeline』と『ラ・ラ・ランド』には数多くの共通点が存在する。自分の夢に精力を傾けることで男女関係を破綻へと追い込んでいくガイの姿はセブとミアの二人に重なるし、マデリーンがボストンからニューヨークへ、ミアがロサンゼルスからパリへと移ることで二人の関係が終わりを迎えるのも同じなのだ。

特に映画のラストシーンに至っては、どちらの作品でも、かつて恋人同士だった二人の男性のほうが曲を演奏し、女性のほうはそれをじっと聴いている。曲が終わると二人は視線を交わすが、そこに言葉はなく、すでに変わってしまった二人の関係があらわになる。ただし大きく異なるのは、『ラ・ラ・ランド』のセブとミアにはお互いに積み重ねてきたものがあり、叶えられた夢があるのに対して、『Guy and Madeline』では、もはや戻らない関係と時間だけが浮かび上がるという点だ。

ラ・ラ・ランド
La La Land © 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

ジャズ、ダンス、サウンドトラック

もちろん両作の共通点は、こうした物語上の要素だけにとどまらない。繰り返し記しているようにジャズの存在がどちらの映画でも重要となっているほか、『Guy and Madeline』にも『ラ・ラ・ランド』と同じくタップダンスが登場する。演出面ではガイ&エレナが地下鉄の車内で指を触れあうシーンと、映画館でセブ&ミアが手をつなぐシーンには共通点があるほか、ガイとセブ、さらに『セッション』のニーマンがそれぞれ演奏するシーンの編集手法もよく似ている。もっといえば、映画の冒頭で歌われる曲の歌詞が物語全体の展開を示唆する構造も――ミュージカルにおいては王道といえるが――まったく同じだ。

そして何よりも、『Guy and Madeline』が『ラ・ラ・ランド』の原型であることの証左は音楽にこそある。たとえば『Guy and Madeline』を象徴する一曲「Cincinnati」は、『ラ・ラ・ランド』のラストでミアがセブの店を訪れた際に店内で演奏されている(サウンドトラックにも同じ曲名で収録)。この曲の歌詞が、別れてしまった恋人に向けて「いつかまた会えるかも」と語りかけるものであることも重要だろう。

また『Guy and Madeline』でマデリーンが歌う「Boy in the Park」は、同じく『ラ・ラ・ランド』のラストでセブが料理をするシーンなどで使用されている。さらに同作のオープニングで流れる「Overture」のメロディも、セブとミアがジャズバーでセッションするシーンで「Summer Montage / Madeline」(曲名に注目)として聴くことができるのだ。チャゼル監督と作曲家のジャスティン・ハーウィッツは、『ラ・ラ・ランド』製作のなかで自らのデビュー作を強く意識し、あえて映画の中にその要素を盛り込んでいるのである。

夢と執念の作家、デイミアン・チャゼル

ここまで本記事では、チャゼル監督のデビュー作である『Guy and Madeline on a Park Bench』が、彼をアカデミー賞へと導いた代表作『ラ・ラ・ランド』の原型となっていることを解説してきた。

最後に少々触れるべきことがあるとすれば、それはデイミアン・チャゼルというフィルムメーカーが、夢≒執念に取りつかれた人間を描き続けているということだろう。『Guy and Madeline on a Park Bench』のガイ、『セッション』のニーマン&フレッチャー、『ラ・ラ・ランド』のセブ&ミア。脚本を担当したスリラー映画『グランドピアノ 狙われた黒鍵』(2013)や、いわゆる“悪魔祓いモノ”のホラー映画『ラスト・エクソシズム2 悪魔の寵愛』(2013)にすら、そうした共通点を見出すことはできる。さらに大きな特徴は、チャゼル監督が一貫して「夢≒執念に取りつかれることの幸と不幸」を扱っていることだ。そのポジティブな面のみを、あるいはネガティブな面のみを観客に見せつけるようなことは決してない。

チャゼル監督の最新作『ファースト・マン』は、そうしたフィルモグラフィにおけるひとつの到達点だといっていいだろう。なにしろ主人公は、人類史上はじめて月面に降り立った宇宙飛行士ニール・アームストロング。もはや“夢や執念に取りつかれる”といった次元ではなく、人々の欲望や時代の精神すらも背負いながら、彼は史上初めての挑戦に挑むのである。『Guy and Madeline on a Park Bench』を『ラ・ラ・ランド』へと見事にアップデートしたチャゼル監督は、同作での“相棒”ライアン・ゴズリングと、今度はどんな更新を見せてくれるのだろうか?

『ファースト・マン』
『ファースト・マン』©Universal Pictures

映画『ファースト・マン』は2019年2月8日(金)より全国ロードショー

『ファースト・マン』公式サイト:https://www.firstman.jp/

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。