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【特集】『ラ・ラ・ランド』奇跡のオープニングはいかに撮影されたか ─ 全カットの可能性もあった?リハはiPhone、本番では実際に道路を封鎖

日本時間2017年2月27日、第89回アカデミー賞受賞結果が発表となった。史上最多タイ14部門ノミネートで下馬評を集めていた『ラ・ラ・ランド』は、主演女優賞や監督賞はじめ6部門の受賞となったが、作品賞は誤発表の後に『ムーンライト』に譲る結果となった。

胸躍るミュージカル・ナンバーに、誰もが共感しやすい切ない恋模様に揺れるライアン・ゴズリングとエマ・ストーンの息づく演技、そして感涙必至の『ラスト8分間』など、『ラ・ラ・ランド』の魅力は多岐にわたる。中でも、海外メディアが”Insane”(=正気ではない、狂気の)と評するほどに観客を惹きつけたのが、オープニングにおける大渋滞の最中のミュージカル・シークエンスだろう。

現実と地続きにある夢のような世界を圧倒的彩度で描く『ラ・ラ・ランド』は、LA名物ハイウェイの大渋滞という圧倒的現実で幕を開ける。身動きの取れないハイウェイのど真ん中。そこに閉じ込められた人々の多くは、仕事か日用品の買い出しに向かう途中かもしれない。退屈であくびが出るようなルーチン的風景は、1人の女性がとある男性との別れを懐古する歌い出しで始まる”Another Day of Sun”を持って一転。「新しい日の始まり」を歌う”現実”賛美歌の群舞ともに、『ラ・ラ・ランド』がミュージカル映画であることを高らかに宣言するのである。

このオープニングは、人によっては「いきなり歌い出すのが苦手」と抵抗感を誘ってしまうミュージカルの典型を、振りに振り切った完ぺきな形で見せることにより、観客の血液に知らぬ内にミュージカル抗体物質を注入している。その”完ぺきな形”を象っているものは、登場するパフォーマーらの拍手喝采モノの歌とダンスはもちろんのこと、ド頭のショットからミュージカル・パート終了後のミアの車内までのショットまで一切途切れない長回し、重力から解放されたかのように縦横無尽に飛行しながら、デイミアン・チャゼル監督の前作『セッション』でも印象的だった、180度グリグリに首を振るカメラワークといった並外れの撮影技法も挙げられる。そして中でも、ロサンゼルスのハイウェイのダイナミックな景色が、ダンス・パフォーマンスに有無を言わさぬほどの迫力をもたらしていた。息が詰まるような大・々・大渋滞。その車間、あるいは車上を、ルール無用といったように跳ね、駆け抜け、飛び抜けるパフォーマンスは、まさに現実の1レイヤー上のパレットに魔法の絵の具でマジックアワーのグラデーションを描ききる『ラ・ラ・ランド』の開始宣言として、この上なくふさわしい。

では、このオープニング・シーンは、一体どのように生み出され、どのように撮影されたのか。調べると、デイミアン・チャゼル監督は、このオープニング・シーンについて、あやうく「ごっそりカット」される可能性があったことを明かしてくれている。また、撮影には実際にハイウェイを二日間封鎖して挑んでいたこと、そのリハーサルにはiPhoneのカメラを用いていたこともわかった。ひとつずつ解説していこう。

“Another Day of Sun”構想

オープニングでは、渋滞にスタックした車内が次々と映し出され、1台ごとの車内に全く異なる音楽が流れている様子が描かれる。海外メディアPOPSUGERでデイミアン・チャゼル監督は、このアイデアを「ずっとやりたかった」と語っており、街の賑やかさを音楽で表現している意図があると言う。ロサンゼルスという車社会だからこそ、”街の賑やかさ”を表現し、「現実的な街の音の中から幻想的なミュージカル・ナンバーへ昇華させる」には、カー・ステレオを使うのが最適だと考えたようだ。

最も、この構想はLAに暮らす監督の日常にヒントがあったという。劇中同様、監督自身もいつもLAの渋滞に巻き込まれており、ここで踊りだしたら…と空想していたと語っている。

ラ・ラ・ランド
© 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

初はごっそりカットの予定もあった

またデイミアン・チャゼル監督は、海外メディアCINEMABLENDに対し、もしかしたらあのオープニングは劇中に存在しなかった可能性が大いにあったことを明かした。

本編では、まず大渋滞の光景が映し出され、次に”Another Day of Sun”の群舞をたっぷり見せたあと、ミアとセバスチャンの車内に移っていく。CINEMABLENDで監督が語った所によれば、この一連の流れは当初、曲の前に一度ミアとセバスチャンを登場させる構成になっていたという。それから曲を初め、再度主人公のふたりのもとにカメラを戻す、という流れだったようだ。そして、実際にこの構成で撮影し、編集まで行っていたという。

「2010年までは、そういう脚本だったんです。こういうことはよくあるんです。
そして、違うんじゃないかなと。色んな意味で違うんじゃないかと。なんだか、2つの序曲を変に背中合わせにしたような感じでした。なぜなら、渋滞シーンの曲が序曲として機能していたからです。”なぜ、キャラクターをこんな風に紹介してるの?”と感じました。(この違和感は)後になって実感できたものですが、執筆や撮影の段階ではわかりませんでした。結果として、編集の初期段階では渋滞シーンはあんまり良くなかったんです。なんというか、”何だこれ”っていう感じで。おそらく、映画のオープニングっぽくなかったし、目的もなかったからだと思います。」

それから監督らは、オープニングシーンそのものをカットし、「あのオープニングは初めから無かったもの」として数ヶ月冷ましたそうだ。そしてある時、シーンを戻してみると、「あぁ、わかった、こうすればうまくいくぞ」と気付いたのだと言う。

あのシーンなしでは、結局映画が機能しないと気付いたんです。なぜなら、”これはミュージカル映画だ”と宣言する必要がありましたから。あのシーンが無くなると、他のミュージカル・ナンバーが突然全く違ったように、ニセモノっぽくなってしまったんです。
“ミュージカルらしさ”をマックスのポテンシャルで宣言することによって、他の要素を自然に感じさせる必要がありました。だからあのシーンをやっぱり戻して、馴染むように調整したんです。曲が始まる前の要素をバッサリカットしてみたら、急に馴染んでくれたんです。

監督は、「面白いことに、あのシーンはもしかしたら劇中に無かったかもしれないんですよ」と明かしている。

iPhoneを使ったリハーサル

後述するようにオープニングシーンは、実際にロサンゼルスの105/110フリーウェイ・インターチェンジをジャックしての撮影を敢行している。失敗が許されない撮影に向け事前リハーサルに挑むが、その際に利用した撮影機材は、なんと監督のiPhoneだ。こちらが、iPhoneで撮影したリハ映像と実際の劇中映像を比較したもの。

道路をジャックしての本番撮影へ

本番撮影の数週間前、リハーサルのために半日間フリーウェイを封鎖し、貸し切り利用することができた。湾岸警察署はレインボーブリッジを封鎖できなかったが、『ラ・ラ・ランド』はやってのけた。しかし、膨大な交通量を持つフリーウェイを本当に封鎖できるかどうかについては、不安もあったようだ。同作のプロデューサー、マーク・プラットは、こうコメントしている。

「最初にデイミアン・チャゼルの脚本を読んだ時は、フリーウェイを封鎖するなんて不可能と思いましたね。」

iPhoneで撮影したリハ映像がうまくいったので、自信を持って最終リハの撮影に挑んだデイミアン・チャゼル監督だったが、その日は散々だったという。

クレーン・カメラはiPhoneみたいに動かせないんですよ…。振り付けも違って見えて、道路の傾斜もいろいろ課題になって。全てがトリッキーでした。一度戻って、グループを再編し、調整する必要がありました。」

そして、2日間フリーウェイを封鎖しての本番撮影に挑んだ。最終リハの時点で、監督はLAの日差しへの苦労を語っている。日差しが照りつける車体の表面温度は半端ではない。劇中では、ボンネット上に寝そべったり、車体の上で身体をスピンさせるパフォーマンスがあるが、演者たちも相当に辛かったに違いない。

「LAの8月の週末はものすごく暑くて。でも、撮りたいものが撮れました。準備に費やした数ヶ月と最終リハがなければ、とても不可能だったと思います。」

プロデューサーのマーク・プラットは、オープニングの本番撮影を無事終えたときの喜びを述懐する。

「撮影を終えた時、みんなクタクタに疲れていたのですが、誰も帰ろうとしませんでした。だから道路にいた150人に、モニターでフッテージ映像を見せたんです。拍手喝采、涙涙でした。」

紆余曲折を経て、最高のパフォーマンスで完成した『ラ・ラ・ランド』狂気のオープニング・シーン。度重なる調整と、実際の道路の封鎖、天気や演者一人ひとりのコンディション、すべてが完ぺきに重なってようやく紡ぎ出された”Another Day of Sun”は、ほとんど奇跡と言えよう。わずか4分ほどだが、このオープニングシーンだけでも鑑賞料金に匹敵するほどの比類なき完成度を誇っている。

最も恐るべきは、こういった舞台裏の苦労を一切感じさせないほど、オープニングシーンが爽快感と喜びに満ちていることだろう。

『ラ・ラ・ランド』ロケ地探訪記

Source:cinemablend,popsugar,Variety,slate,usatoday

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。