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なぜ寝室にレディオヘッドのポスターが?『30年後の同窓会』はアメリカの「メビウス」を描く

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僕には物事の善悪が全部、完璧にひっくり返っちゃったように思える。どこかで誰かが、『自分達を脅かす魔物と戦争し続けなきゃいけない』って決めた時点から、ひっくり返っちゃったのかもしれない。

―トム・ヨーク SNOOZER誌37号(リトルモア刊)掲載のインタビューより

2003年、イギリスのロックバンド、レディオヘッドは通算6枚目のアルバム『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』をリリースした。当時、SNOOZER誌掲載のインタビューで、フロントマンのトム・ヨークは「ダーク・フォース」について語っている。『ねじまき鳥クロニクル』『アンダーグラウンド』といった村上春樹の著作に影響を受けたというトムは、普通の人々が無意識のうちに巨大な力の一部となり、信じられないほどの惨劇に加担してしまう現象をアルバムで表現した。シングル曲にもなった「There There」は最たる例だろう。美しい歌声で船乗りを惑わせ、船を座礁させようとする怪物をモチーフにした楽曲だ。この曲の最後は「僕たちは起こるのを待っている事故」というフレーズで締められる。

映画の記事でどうしていきなり、15年も前のアルバムについて語りだしたのかというと、リチャード・リンクレイター監督『30年後の同窓会』2017)のワンシーンに、『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』のポスターが登場してきたからだ。そして、おそらくは偶然とはいえ、映画の内容もまた、トム・ヨークが語ったような「ダーク・フォース」についての物語だった。

注意

この記事には、映画『30年後の同窓会』のネタバレが含まれています。

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リンクレイター作品に登場するボンクラなアメリカ人たち

2003年、中年男性サル(ブライアン・クランストン)の経営するバーに、ドク(スティーブ・カレル)が訪問してくるシーンから映画は始まる。彼らはベトナム戦争中、同じ部隊で戦った仲間だった。再会を喜び、酒を飲み交わす2人。翌日、ベトナム時代の悪友で現在は牧師になったミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)の教会に向かい、30年ぶりに戦友が集まった。しかし、ドクの真の目的は、イラク戦争で死んだ一人息子の遺体を引き取りにいくことだった。妻にも先立たれ、孤独になったドクは2人に同行してほしいと願う。かつて無鉄砲な若者だった3人は、こうして悲しみの旅路に着いた。

リチャード・リンクレイター監督は、これまで繰り返し「粗野で能天気なアメリカの若者」を描いてきた。何しろ、1991年の出世作からしてタイトルが『スラッカー』(怠け者)である。以降、『バッド・チューニング』(1993)、『スキャナー・ダークリー』(2006)、『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(2016)といった作品でも、ボンクラなアメリカ人たちが映画を盛り上げていた。そして、彼らはおそらくリンクレイターの分身でもある。テキサス出身で野球と映画が大好きな少年だったリンクレイターにとって、明るく気取らない男たちは、もっとも自分を同一化できる集団なのだろう。それは「リンクレイターが描く理想のアメリカ」と言い換えてもいい。

30年後の同窓会』の主要人物3人の中で、サルのキャラクターはもっとも「リンクレイター的」だ。口を開けばジョークか女の話ばかり。下品で短気だが、情にもろく仲間思いでもある。そして、3人の会話を聞いているとミューラーも昔はサル側の人間だったのだと分かる。(あるいは、もっとワルだったかも)ドクは2人の先輩に憧れる、弟分的な存在だったのだろう。彼らの関係性は『バッド・チューニング』や『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』などのリンクレイター流青春ドラマにおける、男性コミュニティそのままだ。違うのは、3人はとっくに中年を迎えており、人生の酸いも甘いもすでに知ってしまった点である。

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アメリカが同じ過ちを繰り返した30年間

サルはアルコール中毒寸前で、女好きではあるものの一度も結婚生活を経験していない。ミューラーは過去の自分を悔い改め、信仰に身を委ねた。生活スタイルこそ間逆だが、2人の人生からは、ベトナムで過ごした青春時代の傷跡が垣間見える。そして、ある理由から投獄され、出所後の人生でも悲劇に見舞われ続けているドクは3人の中でもっとも深い傷を負った人物だ。ともにつるみ、バカを繰り返していたときから30年―。かつての「ボンクラ」たちは、予想もしなかったほど、痛みに満ちた人生を歩んでいた。

そして、本作では3人の人生と、2003年のイラク戦争が重ねられる。そこに正義があると信じ、中東に赴いたドクの息子・ラリーはむごたらしい死を迎えた。追悼のため、一時帰国していたラリーの親友、ワシントンは言う。「死ぬのは僕のはずでした」。この言葉はあまりにも重い。ベトナム戦争でも、死んだのはサルやドクやミューラーだったかもしれない。そして、観客の誰かだったかもしれない。ベトナム戦争から30年、アメリカは同じ過ちを繰り返し続けていた。「正義」という言葉で国民を高揚させ、実際には単なる国益のためだけに若者を使い捨ての駒のように扱っていたのだ。サルたちも、ラリーやワシントンも同じ「ダーク・フォース」の犠牲者だった。

バーにいるとき、サルがふとつぶやく。「結局、どうしてベトナムと戦争していたかはいまだに分からない」。フセイン大統領が捕獲されたというニュースを眺めながら、ドクは言う。「彼も子供が死んだんだよ」。彼らの怒りややるせなさは、敵国に向けられているわけではない。だが、だからといってアメリカに向けられるわけもない。イラク戦争に踏み切った張本人、ブッシュ大統領のスピーチを聞きながら、3人は「ブッシュにも双子の娘がいたっけ」と思いを馳せる。敵にも見方にも寛容に見えるが、彼らにそんなつもりは毛頭ないだろう。ただ、彼らは分かりやすい敵を設け、攻撃することに疲れたのである。

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失われそうな愛すべきアメリカ―ラストの星条旗について

国を憎めず、かといって国に報いてももらえなかった男たちは、ラリーを悼むため、酒を飲み続けた。電車で移送されているラリーの棺のそばで、3人はワシントンとともに、バカ話に興じた。世代が違っても、海兵隊の絆は強い。いや、それ以上に「やるせなさ」を共有できる相手は他にいないのだ。もうこの世にいない、ラリーも含めて。そして、こうしたシーンはリンクレイター映画の定番である。リンクレイターが愛する、アメリカの日常だ。しかし、青春映画で若者たちがどんちゃん騒ぎをするのと、傷ついた中年たちが現代の若者と笑い合っているのとでは見え方が違ってくる。『30年後の同窓会』では、主人公たちがどこか必死でバカをやり続けているように映るのだ。今にも失われそうな彼らにとっての「アメリカ」を確かめるように。

ドクの家で、サルはドクと一緒にラリーの部屋で眠る。壁に貼られていたのは『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』のポスターだ。アルバムタイトルを根拠として、本作は「反ブッシュ政権」のメッセージが込められていると評されていた。しかし、冒頭に引用したインタビューでトム・ヨークはこうも語っている。

そう、このレコードの“シーフ(盗っ人)”っていう言葉は、もし言われてるようなこと(ブッシュが大統領の地位を盗んだ、という批判)だけだったらファッキン底が浅すぎる。それだけじゃないんだよ。僕にとっては、もっと大きいもの。シーフっていうのは、その存在……人にとり憑いて、いわゆる“悪”と呼ばれるものに変えてしまう存在のことなんだ。

 そして、そんな「ダーク・フォース」に人間は抵抗する術を持たない。一般市民だろうと、サルたちのような兵士だろうと、「権力者」と呼ばれているような存在だろうと。『30年後の同窓会』は、世界に対してあまりにも無力な人間の姿を観客につきつける。「理不尽さ」という名の暴力は、これから何度も我々を打ちのめし、絶望させるだろう。信じていたコミュニティですら平気で個人を裏切り、醜態をさらすだろう。アメリカが陥った負のメビウスを、本作はあくまで「普通の人々」の視点から描き出す。

それでも、ラストでわずかな救済が示されるのは見逃さずにおきたい。そして、さんざんアメリカに傷つけられた後でもなお、アメリカが傷を癒しもするのである。そう、「国を想う」とは、国の美しさだけでなく問題も同時に受け入れ、ときには悩み、それでも日常を守っていく強さだ。政府やイデオロギーを妄信するのではなく、身近な人々の幸せを願う心だ。リンクレイターとボンクラな若者たちは、長い時間をかけてその境地に辿り着いた。息子の葬式で、ドクは三角形に折りたたまれた星条旗を胸に抱く。海兵隊式の国旗降納だ。国家は戦場やホワイトハウスやテレビ画面にあるのではない。人の心の中にこそ宿り、捨てたくても捨てられない場所なのだ。

『30年後の同窓会』公式サイト:http://30years-dousoukai.jp/

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Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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