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ただのSFラブストーリーじゃない、『her 世界でひとつの彼女』が教えてくれること

スカーレット・ヨハンソンが人工知能の声を演じたことで話題になった『her 世界でひとつの彼女』。

“人間が人工知能に恋をする”というあらすじからは、ありがちなSFファンタジー、ラブストーリーといった印象を受けかねませんが、この作品は私たちに様々なことを考えさせてくれます。今回はこの『her 世界でひとつの彼女』から学びとれることを、劇中の台詞と一緒に改めて考えていきたいと思います。

孤独とは?

「リアルな感情と向き合えないなんて、あなたおかしいわ。」

ルーニー・マーラ演じるセオドアの元妻、キャサリンが言い放ったこの一言。「人工知能を好きなんてあなたやばいわよ。本当に孤独なのね」といった意味合いが含まれていますね。

確かにサマンサという人工知能を契約するまでは、セオドアは“孤独”を感じていたはずです。人づきあいをなるべく避け、仕事が終われば家でゲームをし、顔も分からない相手とテレフォンセックス。物理的にも1人ぼっちですし、誰ともちゃんと向き合うことをしません。観ている私たちにもセオドアの深い“孤独”は感じられます。

ではサマンサを手にいれてから、私たちはセオドアが“孤独”だと感じたでしょうか? 最初は寂しさゆえに人工知能と契約を結んだのかもしれませんが、またサマンサは肉体を持たず実体のない人工知能かもしれませんが、彼は寂しそうではなくなりましたよね。でも物理的に、セオドアの周りに一気に人間が増えたわけではありません。

“孤独”とは、決して肉体的・物理的にひとりぼっちな状況から感じられるものではなく、集団の中にいても、誰とも深く関わらず 向き合っていない時に感じるものなのではないでしょうか。

サマンサを得て、人工知能の彼女と向き合うことによってセオドアの心は癒されていきます。実体があるものに囲まれながら、そのものときちんと向き合えないことと、実体がなくともそのものと自分との関係を築くことができること……後者が“孤独”だとは思いませんよね。この映画は“孤独”の定義をも私たちに問いかけていると思います。

大人の恋とは?

「一生分の感情を使い果たした気分だ。今の感情は、以前の感情の劣化版のようなものだ。」

印象的なセオドアの台詞です。「以前の感情の劣化版」とは寂しく悲しみが感じられる言葉ですが、共感した方も多いのではないでしょうか。

http://www.huffingtonpost.com/2013/12/04/new-her-trailer_n_4383776.html
http://www.huffingtonpost.com/2013/12/04/new-her-trailer_n_4383776.html

大人になっていくにつれて、時間が経つのは早く感じられていきますよね。子供の頃は「やっと夏がきた」、「やっとクリスマスがきた」という感じだったのに、いつのまにか「もう冬?もう年越し?」……そんな感覚になっているような気がします。

これは“子供の頃より新しいものに出会うことが少なくなったから”だとか“昨年までと同じようなことを繰り返しているから”じゃないか、とも言われていますね。私も20歳を越えてから、「1年早っ!」と思うことが多くなりました。

確かに大人になるにつれて、新しい感情を経験するというのは少ないかもしれません。楽しい、嬉しい、悲しい、切ない、むかつく、憤る、嫉妬……それでもこの『her』のジャケットには、こんな言葉が書いてあります。

「声だけのきみと出会って、世界が輝いた。」

そして、こっちは名作青春映画『あの頃ペニー・レインと』のジャケットに記されている言葉です。

「きみがいるから、すべてがキラキラまぶしい15歳。」

かたや結婚や離婚を経験した大人の恋愛物語、かたや淡い初恋を描いた少年の物語ですが、どちらにも使われている“まぶしい・輝く”という表現。恋は人生で何度も繰り返すものでしょうし、きっと“切ない”、“楽しい”、といった感情は言葉にすると同じものでしょう。それでも恋に落ちることとは、何年生きていても新しく、言葉に言い表せない気持ちを心に植え付けるものなのではないでしょうか。

“きみがいるから、毎日が輝く”胸がときめく素敵な表現ですよね。恋をすること、好きな人がいることの普遍的な美しさを『her』は描いていると思います。

愛とは?

言葉を交わしあい、お互いに触れることができなくとも気持ちを深めていくセオドアとサマンサですが、やがてすれ違いはじめます。心にもない言葉をサマンサにかけてしまったり、やきもちを妬いたり……サマンサは人工知能ですが、ふたりが言い争うシーンなどは普通の人間同士のカップルとあまり変わりありません。

セオドアの恋愛がうまくいかなくなってしまう原因は、一言でいってしまうと“自己中心的”なところ。周りの人々や物事は自分中心にまわっていると考えているところがあります。

人形を愛していたり、アニメのキャラクターを好きでいれば、きっとすれ違いが起こることはないでしょう。自分の気持ちに合わせて、相手が何を思っているのか、相手がどんな性格なのかを想像し、つくりあげてしまうことができるのですから。

自分が変わればその偶像も変わりますし、同じように変化しますから、気持ちのすれ違いなんてことは起こりません。サマンサも人工知能ですが、彼女は偶像とはまた違います。

サマンサは物語の中盤から人工知能として急成長を遂げ始めます。それが理由でサマンサがセオドアに冷たくなったり、適当にあしらうようになったわけではないのですが、セオドアはサマンサが自分を置いてどんどん手の届かないところに行ってしまうと感じたわけですね。彼女の成長に耐えられなくなり、許容できなくなり、思ってもないような傷つける言葉を口にしてしまうんです。

この『her』で描かれている“愛情”とは、“相手の全てを受け入れること”でしょう。変わっていく彼女も、人工知能である彼女も、肉体を持っていない彼女も。自分が心の底から相手を想っていることを認め、相手が自分だけのものではないことも認め、受け入れられること。変化しようとする、成長しようとする相手を、自分の都合で止めようとしないこと。

「私にどうしろっていうのよ!いったいなぜなの?」

ふたりの関係を混乱させるようなセオドアの言葉に対するサマンサの台詞です。彼の気持ちから生まれる要求ばかりされたら、このように思うのも当然のことです。

“変化”というものは止められないものです。恋人として付き合っていく上でお互いの成長や歩みの速度が違う、という壁には誰しもがぶつかることでしょう。このセオドアとサマンサのように。それでもありのままの相手を包み込むことができた時に、“いてくれるだけでいい”という気持ちが生まれることが“愛情”なのではないでしょうか。

『her』は、私たち観客もセオドアと一緒に“愛”について真摯に考えることのできる作品だと思います。

http://www.indiewire.com/2013/12/los-angeles-film-critics-go-for-her-james-franco-jared-leto-lupita-nyongo-and-more-full-list-of-winners-194715/
http://www.indiewire.com/2013/12/los-angeles-film-critics-go-for-her-james-franco-jared-leto-lupita-nyongo-and-more-full-list-of-winners-194715/

近未来の話でありながらどこかリアルで、あたたかみのある映像と美しい詩的な言葉で彩られたラブストーリー『her 世界でひとつの彼女』。

恋愛の苦しさ、素晴らしさについて 人と人との関わりについて優しく語りかけてくれる作品です。「恋にうまくいっていない」「好きってなにか分からない」「誰と話していいか分からない」……そんな気持ちに駆られてしまった時に、ぜひ観返してみてはいかがでしょうか?

Writer

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Moeka Kotaki

フリーライター(1995生まれ/マグル)

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