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【インタビュー】『ルース・エドガー』ジュリアス・オナー監督に訊く語り手としての使命「複雑な問題をシンプルな教訓で伝えたくない」

ルース・エドガー
© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

「世界を滅ぼす怪物か?世界を変える天才か?」映画ルース・エドガーは、深刻な矛盾をはらむアメリカ社会で、この両極端に思える2つの言葉を同時に背負う黒人の高校生ルース・エドガーが内に抱える葛藤をリアルに描き出した作品だ。

アフリカ・エリトリア出身の高校生ルースは文武両道に秀でた17歳の高校生。幼少期に戦場へ駆り出されたトラウマを克服した彼は、自由の国アメリカで、さまざまなルーツを持つ生徒たちの誰からも慕われる、いわば希望を象徴するかのような存在に成長した。しかし、とある課題のレポートをきっかけに、ルースは同じアフリカ系の女性教師ウィルソンと対立。危険な過激思想に染まっているのでは、という疑惑をかけられ、順風満帆の日常が揺らぎはじめる。ルースの養父母である白人夫婦エイミーとピーターも疑念を抱くなか、ウィルソンの身に奇妙な事件が降りかかっていく。

THE RIVERでは、2020年6月5日の日本公開にあわせてジュリアス・オナー監督にSkypeインタビューを行った。4月下旬に行われたインタビューでは、新型コロナウイルスの影響により、監督、筆者それぞれがニューヨークと東京にある自宅から対談するという貴重な機会となったが、Tシャツ1枚をラフに着こなし、ややプライベートモードのオナー監督は、筆者の呼びかけに対して手を振りながら気さくに応じてくれた。本記事では、本作への熱のこもった想いから日本にまつわるエピソード、自宅待機中の過ごし方まで、ジュリアス・オナーという1人のフィルムメーカーの内側にじっくりと迫る。

ジュリアス・オナー監督

実体験に基づく物語「複雑な問題をシンプルな教訓で伝えたくない」

──本日はインタビューに応じて頂き、ありがとうございます。今は新型コロナウイルスの影響で、世界中が大変な状況を迎えていますが、ソーシャル・ディスタンスの間、いかがお過ごしでしたか?

私はいまニューヨークにいて、こっちでもかなり壊滅的な状況です。私自身も長らく人と交流していないですし、かなり寂しいですよ。街もひどい状況で、可能な限り乗り越えようとしています。

──映画業界への打撃が懸念されていますが、いかがお考えでしょうか?元の状態に戻ることを願いますか?

もちろんです。今は脚本作業に専念しているんですけど、日ごとにすぐ映画を撮りたいと思う気持ちが強まっているんです。けど、安全でいることが大切ですし、私たちが病気にかからないようにするのが第一です。他にもたくさん困難はあって、特にいま映画を作って誰が映画館に足を運ぶのか、ということもありますし。だから少し時間はかかるでしょうし、Netflix作品も多くなるでしょうね。

──状況が今よりも良くなるように祈りばかりですね。さて、『ルース・エドガー』の話に入りますが、劇中に登場するどのキャラクターも心の内に葛藤を抱えていて、それがとても丹念に描かれていたと思います。この物語が終わった後の展開がどうなっていくのかとても気になりました。本作は、J・C・リーの戯曲が原作ですが、この物語を映画化するにあたって惹かれたポイントはどういうところなのでしょう?

アイデンティティについての物語だったのでとても魅力的でした。アイデンティティを追求していく中で、階級や人種、ジェンダーなど、多くのことに触れました。けれど、最終的にこの物語は与えられた条件で自分を定義するために、完璧か完璧じゃないかとか、聖人か罪人か、聖人かモンスターかのような象徴だけじゃなく、誰が自由な人間になる権利を持っているのかということについての物語なんです。“君だったらこの状況でどう思うか?”とか、“この状況で君は何を信じるか?”というように、(観客の皆さんに)問いかける方法で展開していったので惹かれました。というのも、アイデンティティやこのような問題を伝えている多くの物語が、“人に優しくしなさい”とか、“性差別主義者や人種差別主義者になるな”とかいうシンプルな教訓を与えようとしています。こういうのは、アイデアとして互いに話したり誰かに言ったりすることは簡単なんです。

ただ、実際にその中で暮らすとなると、さらに複雑で大変なんです。この物語を伝えることで、私にとっても自分がまだ苦しんでいたり乗り越えようとしていたりすることを追求する方法になりましたし、願わくば他の人も自分のことのように関連付けてもらえたらなと思いました。だから、原作の演劇では物足りないと感じて、この物語を伝えようとしたんです。

ルース・エドガー
© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

──監督自身、ルースというキャラクターと何か個人的な繋がりを感じていたのでしょうか?

もちろんです。私はどう見ても黒人ですし、元々はアフリカのナイジェリア出身です。世界中を転々として成長しましたけど、アメリカに越してきたのはルースと同じ10歳のとき。なので、ルースが苦しんでいたことや、対処しようとしていたことと同じ様なのを抱えて生きていたんです。明らかに肌の色が同じであっても、同じような経験をしているとは限りません。アフリカ出身の黒人とアメリカ出身の黒人では全く違うような経験をすることになります。

例えば、ブラジルで生まれ育った日本人と北海道で生まれ育った日本人は当たり前なように違う経験をしますよね。ブラジル育ちの日本人がどこかに行った時に、周りの人はその人に日本人らしく行動して、話して、振る舞うように期待します。その日本人は、“私がこういう見かけだからって、これが私の経験している全てじゃないんだぞ”って思うじゃないですか。人は複雑で完璧じゃないんだ、ってことを多くの皆さんが理解し始めるようになって、自分のことのように考えてくれたらいいなと思っています。

けれど、そこが権力というものが重要な部分の1つになってくるんです。仮に一晩マリファナ(アメリカでは一部の州で合法)を吸ったとしましょう。ある視点で見れば、ただ楽しんでいる少年ですよね。けど違った方法で見たらその人は社会にとって危険な存在で、刑務所に入れたほうが良いと思いますよね。そういうことが、この作品が掘り下げていくことの1つで、内に抱えているものやどんな経験をしてきたのかということに関わらず、固定観念や先入観が誰かへの扱いに影響を与えてしまうということを追求するんです。

ルース・エドガー
© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

──(見せながら)これ日本のパンフレットなんですけど、見出しに「世界を変える天才か?それとも、世界を滅ぼす怪物か?」と書いてあります。実際に劇中を観ていくと、ルース・エドガーという1人の少年へのこの見出しのような考え方は、観る人の立場によって変わってくると思います。そういう風に、答えが1つとは限らないテーマを描いたのには何か特別な理由はあるんでしょうか?

それが私たちの住む世界じゃないですか。私たちが見てる映画やテレビ、本はエンターテイメント要素が大きくて、“善か悪か”とか、“善が悪に打ち勝つ”とか、簡単な答えやカテゴリーに押し込んでいるんです。そして私たちが人々を簡単な箱に押し込もうとする時、多くの危険があるんです。問題は、“誰が箱の中に入れることを決めるのか”ということ。私たちは、誰がその箱に入るのかを決めていく過程で、多くのひとを傷つけてしまうんです。“もしあなたがこう捉えるのならば、君はこの箱だね”とか、“そういう話し方をするならば、あの箱だね”というみたいに。だから作品ではルースがどの箱に入るのか分からないようにすることが重要で、それをあなた自身が決めなければいけないんです。そして、自分に“何故ルースをこの箱に入れたんだろう”と問わなければいけないんです。

ルース・エドガー
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“記憶”もテーマの1つ、歴史に向き合い受け入れることの重要性

──本作は、バージニア州アーリントンという街にある高校が舞台の物語ですが、扱われるテーマは非常に複雑なものに感じられました。監督からすれば、何を最も意識して作品を撮ったのでしょうか?

物語の状況と人物を出来るだけちゃんと中立的に扱うことですね。それがパフォーマンスやカメラの位置、どのような服を着せるか、どのように化粧をするか、どうやって映画が編集されるかなど、すべてに繋がっていくんです。物事は複雑なので、映画監督として全て“ここではこうあるべきだ”とか“ここはこういう感情なんだよ”とかを伝えるのではなく、本当にその状況を描けるように出来るだけ客観的にすること大切だったんです。私たちは自分の目と頭で世界を経験していて、自分たちで何を考え、感じるべきかを決めなきゃいけないんです。

こういうことが物語には必要で、あれこれ全てを(監督として)教えないようにして、観客の皆さんが何を考え、信じ、感じるのかを自分で決めることが出来るように、シンプルに確実に物語を伝えることを意識しました。

──本作は、ある種、“記憶”をテーマにした物語だと感じました。アメリカに来る前のルースにとっては少年兵としての暴力の記憶、作品全体として見ればアメリカにおける黒人の記憶などです。オナー監督にとって、“記憶”は何か特別な意味を持っていたりしますか?

100%そうですね。アメリカがずっと直面しているのは、こういうサイキックな記憶や傷、歴史なんです。エイミーたち両親がルースにしていることを見れば、彼らは過去の記憶や痛み、トラウマを帳消しにして、“さあルースは完璧な少年なんだから前へ進もう”という風にしてるんです。これこそ、アメリカが人種に関わる歴史に対してやろうとしてきたことなんです。400年の歴史を消して、バラク・オバマを大統領に選んで、何も無かったかのようにする。けど、これじゃ世界は進んでいかない。もし本当に変化を起こそうとするなら、隠したり無視したりするのではなく、歴史や過去に向き合い、一緒に生きて受け入れていかなきゃいけないんです。

ルース・エドガー
© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

──かなり抽象的な質問になってしまいますが、監督の考える“アメリカ”という国について教えて頂けますか?

アメリカは、国がいまも苦しんでいること全てのことに対する“可能性”の場所だと思います。抱えていることの辛さが同じでも、他の国々とは違う方法で挑戦し、気付けるような“可能性”というものがアメリカにはあるんです。私は10歳でナイジェリアからアメリカに来たので自分を移民だと捉えています。今もし若い年齢でナイジェリアを出てイギリスやドイツ、もしくは日本行っていたらと考えられるのも、アメリカが与えてくれているものなんです。

だから、私は今もアメリカをそういう可能性やそこに住む人間たちが自分を定義づける機会を与えてくれる場所だと信じているんです。けどそれはとっても難しいことで、もっと良くなりうるんです。アメリカは世界でも象徴的な存在でもあるので、アメリカがうまくやっていることというのは潜在的に、他の国々にも影響を与えていると思います。

ルース・エドガー
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──本作では、ナオミ・ワッツやティム・ロス、オクタヴィア・スペンサーなど豪華な役者が集結していますが、キャスティングについて教えて頂けますか?

あなたが言うように素晴らしい俳優たちです。本当に誰がキャスティングされるかという感じで、(キャスティングは)映画の中で素晴らしい仕事ですね。ナオミは『マルホランド・ドライブ』(2001)で見てから長いこと好きで、オクタヴィアなんてアカデミー賞を受賞するくらい天才的で素晴らしい女優です。出演者の多くがアカデミー賞を受賞したりノミネートされていたりするじゃないですか。私たちはただ脚本を渡して、ラッキーなことに彼らが好んでくれたんです。普段はなかなかこういうのは起きないんですけど、今回はこうなったんです。

ルース・エドガー
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語り手のミッション「私たちが住む世界についての疑問を投げかけたい」

──影響を受けた監督はいますか?

たくさんいますよ。ウォン・カーウァイやノルウェーで活躍するヨアキム・トリアー、みんな大好きなポン・ジュノ監督もそうですし。こういう映画監督たちが好きなのは、彼ら全員に共通して並外れた“声”と“視点”があって、こういう人たちにインスパイアされるんです。

──語り手としてのミッションや使命などはありますか?もしおありでしたら、そのモチベーションとは何でしょうか?

人々に関する物語を伝えたいです。私たちが住む世界についての疑問を投げかけたいんです。『ルース・エドガー』は、私にとって興味深いことがたくさんあって、アイデンティティや権力、特権などの問題を投げかけていました。そして願わくば、この映画がただの放課後に見るような番組やシンプルな教訓を説くものになっていなければ良いですね。

多くの映画が、こういう大きくて複雑な問題を非常にシンプルな教訓に砕こうとしていると私は感じていて、そういうことはしたくないんです。私は大きくて複雑なアイデアを伝えながらも、観客が自分自身に質問を投げかけられるようなやり方で届けたいんです。こういうものに私は駆り立てられますし、もっと『ルース・エドガー』のような映画を撮って、日本でも上映されたら良いなと思います。そして出来ればいつか私自身が日本に行けたら良いですね。実は前に東京に行ったことがあるんですよ。けど、もう一度戻って、日本の観客の皆さんに映画をシェアしたいですね。

──そういえば、北海道についてさっき話していましたね。前に行ったことがあるんですか?どのように知ったんですか?

もしかしたら1年間日本に住むことになっていたかもしれないんです。私が若かった頃、父が駐在大使で、実際は北朝鮮の平壌に駐在したんですけど。だから韓国の寄宿学校か北海道のインターナショナル・スクールの選択肢もあったんですけど、実際にはそうならなくて、アメリカに住んだんです。2018年の11月には東京にいましたし、そこでの2~3週間はかなり気に入っていて。なのでもう一度戻ってもっと多くの時間を過ごしたいですね。今はコロナの影響でアメリカからは受け入れてくれないでしょうけど、落ち着いたら行きたいですね。

映画『ルース・エドガー』は、2020年6月5日(金)より公開

Writer

SAWADA
SawadyYOSHINORI SAWADA

THE RIVER編集部。宇宙、アウトドア、ダンスと多趣味ですが、一番はやはり映画。 "Old is New"という言葉の表すような新鮮且つ謙虚な姿勢を心構えに物書きをしています。 宜しくお願い致します。

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