19歳のディカプリオ、ジェームズ・ディーン役に検討されるも顔が幼くて断念

『ヒート』(1995)などのマイケル・マン監督は同作以前に進めていたもので、実現には至らなかった幻の企画がある。それは、若くして逝去した名優ジェームズ・ディーンの自伝映画だ。かねてよりファンの間では広く知られている事実だが、このたびマン監督があらためて企画に言及したことで、再び注目を浴びている。
『エデンの東』(1955)をはじめ、『理由なき反抗』(1955)でおなじみの俳優であるジェームズ・ディーンは、『ジャイアンツ』(1956)の撮影終了から間もなくして自動車事故により逝去。24歳という若さでこの世を去ったディーンは、数少ない出演作ながらも、その圧倒的な演技力で世界中の観客を魅了し、その名を歴史に刻み込んだのである。
この伝説的俳優の自伝映画を1990年代に企画していたという監督のマイケル・マンは、当時まだ新進気鋭の俳優だったレオナルド・ディカプリオを、ディーン役の候補として考えていたそうだ。Deadlineのインタビューにてマン監督は、ディカプリオとともにスクリーンテストを行ったにもかかわらず、企画が前進しなかった経緯について以下のように言及している。
「ジェームズ・ディーンの企画は、とても変な感じでした。脚本は見事だったんです。ただ、“ジェームズ・ディーン役をいったい誰が演じられるんだ”と。やっと役を演じられる人を見つけたと思ったら、彼は若すぎました。それがレオだったんです。スクリーンテストをやったんですけど、これが実に素晴らしい出来で。当時、彼は19歳だったと記憶しています。あるアングルから見ると、彼は役を完全に自分のものにしていたんです。それはもう、お見事でした。レオがあるアングルに顔を向けると、ジェームズ・ディーンの幻影が見えたのです。別の方向になると、彼が若い子どもに見えてしまったんですよ。」
つまり、ディカプリオがディーン役を演じるには顔が幼く見えてしまったと、マン監督は当時考えたわけだ。2016年にディカプリオもまた、Deadlineの取材で本企画について言及していた。「18歳くらいだったと思うのですが、監督とスクリーンテストをやって、かなり上手くいったんです。『ジャイアンツ』の映像を観た後、あのカウボーイハットをかぶり、車の後ろに乗せられたんです」と当時の出来事を説明。マン監督が述べていた通り、ディカプリオはディーン役を演じるにはあまりにも当時童顔だったそうで、「監督は2〜3年待つことにしたんです」と付け加えている。しかし、ディカプリオいわく「それでも僕はかなり若く見えてしまった」のだそうだ。