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【邦訳アメコミ推薦図書・マーベル編①】『ムーンナイト/光』『影』をアメコミ初心者が読むべき4つの理由

「背伸びしたい」初心者のみなさんに

マーベル・シネマティック・ユニバースやDCエクステンデッド・ユニバースに代表される「アメコミ映画」のファンになって、原作にあたるコミックに興味を持ったはいいけれど、アメコミの邦訳本ってたくさん出版されてるし、1冊の本としては結構いい値段するから失敗したくないし、ネットで検索してもみんな言ってることバラバラだし、「何から手を付ければいいかわからないなあ」という悩みをお持ちの読者の皆様こんにちは。そのためらい、逡巡、非常によく理解できます

アメコミ映画の隆盛にけん引されて、かつてない活況を見せる邦訳アメコミ出版事情。この機を逃さじと、各出版社が新規読者の獲得に腐心していて、映画の公開に足並みをそろえて『○○○○プレリュード』『○○○○シーズンワン』『○○○○オリジン』等と銘打たれたタイトルをリリースしています。こうした“紹介の一冊”を素直に手に取るのが、導入としてはおそらくベストなんでしょうが、初心者の心理ってやつは複雑です。趣味の世界ではどこも同じかもしれませんが、一部の層にとっては、いわゆる「初心者向け」商品って、買うのにちょっと抵抗感があるんですね。詳しく知りたいと思って原作に興味を持ったのに、「初心者向け」で満足できるのか、という背伸び心が邪魔をするのです。

それでありがちな失敗が、「どうせ買うなら」と、ページ数たっぷり、いかにも読み応えがありそうな、帯にも“最高傑作”などと書いてあるクロスオーバー大作に手を出してしまうパターンです。「ストーリーが途中から始まっている」「知らないキャラが山ほど出てきて、知らないキャラの話ばっかりしてる」ということになり、「結局よくわからない」「日本の漫画がいい」という感想を持ってしまう。せっかく身銭を切ってアメコミの世界を覗いてみたいと思ったその人にとっても、新規ファンを拡大して土壌を広げたい出版社側としても、非常にもったいない状況と言わざるを得ません。

そこで本稿では、一部とはいえ少なくないであろう「背伸びしたい」初心者の方向けに、そういった心理を慮った上で、お薦めの邦訳アメコミをご紹介しましょう。

今回ご紹介するタイトルは、小学館集英社プロダクション刊『ムーンナイト/光』『ムーンナイト/影』ブライアン・マイケル・ベンディス作/アレックス・マリーブ画)です。「おいおい、初心者向けにムーンナイトかよ!」というコアなファンからの盛大なツッコミが聞こえた気がしましたが、どうか落ち着いてください。ちゃんと順を追って、この2冊を初心者の方へおすすめする4つの理由をご説明いたします。

おすすめ理由①:キャラクターの面白さ

マーベル・DCを問わず、「アメコミヒーロー」は多くの場合、派手な色の奇抜なコスチュームを着ています。スーパーマンに始まり、キャプテン・アメリカ、ワンダーウーマン、グリーンランタン。実写化されて、すっかり市民権を得た感がありますが、彼らを心底「かっこいい」と思えるようになるには、意識的かつ好意的な解釈が必要です。

そこにくると、このムーンナイトは、白いケープにシルバーかモノトーンのスーツ。鋭い眼だけが覗く覆面、胸元にあしらわれた逆三日月と、数々のアニメや漫画、特撮ヒーローに親しむ我々日本人からしても「かっこいい」と素直に思いやすいデザインではないでしょうか。筆者の生息フィールドであるアメトイコレクターの間でも、ムーンナイトのフィギュアは「話はよく知らないが素敵」と人気があります。まず見かけから入りやすいヒーローだといえるでしょう。

ところが、このムーンナイト、かっこいい見かけに反してちょっとアレなヒーローでして、昼はお金持ちの映画プロデューサー、夜は扮装してクライムファイターをしてるってトコまではバットマンなどにも通じるオーソドックスな設定なんですが、心の病気にかかってるんですね。病名は統合失調症、そのせいでややこしいことにキャプテン・アメリカ、ウルヴァリン、スパイダーマンという“マーベル三枚看板”のリアルな幻覚が事あるごとに見えてしまうのです。ムーンナイト自身は、その3人の幻覚ととても仲良くしてまして、ヴィランと戦う前には4人で会議したり(実際は独り言です)、戦闘では幻覚3人のバトルスタイルを切り替えて使ったりするわけです。その様子はそこらのヴィランなんか目じゃないくらい不気味。

言い忘れましたが、ムーンナイトの能力はそんなに凄いものではなく、格闘が強いくらいで、普通の人間の延長上にいるヒーローです。そんな精神的にアカン感じの、戦力としてもいささか頼りないヒーローが今作で挑むヴィランが、これまたカウント・ネフェリアという、マーベルの悪役でも上から数えた方が早いくらいの実力者。ムーンナイトは果たしてこの強力な相手に勝てるのか、というか、そもそも何ができるのか、という変わった切り口のストーリーになっています。展開を予想しにくくて、逆に興味をひかれませんか?

おすすめ理由②:ストーリーが完結している

邦訳版アメコミが出版される際、邦訳ならではの事情として、まず第1巻がリリースされ、それが売れなければ続きの出版が難しくなるということがあります。活況とはいえ、まだまだニッチな市場ですから、エピソードの完結を待たずして刊行が途絶えてしまっている(ように見える)タイトルも多いわけです。ところが、この『ムーンナイト/光』および『影』は、この2冊で1エピソードが始まりから終わりまでちゃんと収録されています。また、マーベルヒーローの中では比較的マイナーキャラであるがゆえに、他のヒーローとの絡みが少ないため、エピソード自体の「独立性」が高く、関連作の知識がなくても読みやすいところなんかも、アメコミへの導入に向いていると考える理由です。

おすすめ理由③:日本人に馴染み深いヒーローである

戦前からの長い歴史を誇る、多士済々のアメコミヒーローの中には、ここ日本でまだ紹介されていないキャラクターは大勢存在します。しかし、意外にもムーンナイトはそうではありません。今を遡ること約40年前の1978年、マーベル・コミックスと東映は「3年間、東映はマーベルキャラクターを自由に使用できる」という契約を結びました。アメコミヒーローといえば、スーパーマンとバットマンという“DCの2トップ”しか輸入されていなかった当時、その後を追う形となったマーベルが、日本にキャラクターを浸透させるための戦略だったのです。

そうして製作されたのが特撮版「スパイダーマン」なのは有名な話ですが、実はその後の実写化候補として、このムーンナイトが挙げられていたのです。そのタイアップとして、小学館の児童誌「てれびくん」で、1979年8月号から1980年7月号までの1年間、桜田吾作による『月光騎士 ムーンナイト』というオリジナルコミックが連載されました。残念ながら実写化は実現しませんでしたが、日本人とムーンナイトは、あながち「知らない仲」ではないってわけです。

余談ですが日本の特撮ヒーローの元祖とも言える「月光仮面」も、白装束に三日月がトレードマークのヒーローでした。紀里谷和明監督が実写化したキャシャーンにも、どことなく通じるものがあります。ムーンナイトの姿を見て「どこかで見た気がする」ような親しみを感じたならば、きっとこうしたヒーローの存在が理由でしょう。それに日本と所縁があるって事は、それだけで応援する動機になるのではないでしょうか。

おすすめ理由④:アレックス・マリーブのアートワーク

インターネットでは、よく日本の漫画とアメコミを比べて優劣を論じる記事を見かけますが、そもそも文化として異なる部分が多すぎて、その論調は本来ナンセンスでしかありません。それでも、判りやすくするために、あえて比較っぽいことを言うのであれば、アメコミは日本の漫画と比べて、アートそのものを楽しむ比重が高いメディアだと筆者は考えます。全ページフルカラーの版面からは、いわば空気感のようなものを強く感じ取ることができ、ヒーローが暮らすアメリカ、もしくは舞台となっているその世界を旅しているような気になれるのが、アメコミの大きな魅力です。

話をムーンナイトに戻しますと、『光』『影』の2冊を手がけたアレックス・マリーブのアートワークは、前述した「空気感の演出」に非常に長け、またタッチそのものも、エッジの効いた大胆な省略法を用いる現代のアメコミアートの文脈を象徴するような、“判りやすくかっこいい画風”です。「アメコミらしさ」を味わうのに最適なアーティストの一人ですから、したがって『ムーンナイト/光』『影』の2冊は、そういった意味でも最適な本だといえます。

いかがでしょうか。個人的に思い入れたっぷりで長くなってしまいましたが、こうした4つの理由から、初心者の方にこそ『ムーンナイト/光』『影』をオススメするものであります。もしかしたら、ムーンナイトが邦訳されることなんて二度とないかもしれませんし、初心者の方に限らず、未読の方もぜひお手にとってみてくださいね。

Writer

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アクトンボーイ

1977年生まれ。スターウォーズと同い歳。集めまくったアメトイを死んだ時に一緒に燃やすと嫁に宣告され、1日でもいいから奴より長く生きたいと願う今日この頃。