待望作『Ms.マーベル:もうフツーじゃないの』ムスリム少女ヒーローの静かな問いかけ【邦訳アメコミ推薦図書】

2013年暮れ頃のことです。普段アメコミの話題などほとんど掲載しない全国紙のオンラインサイト等に「米マーベルコミックス、16歳のイスラム系米国人の女子高生が主人公の新シリーズをスタート」というニュースが掲載されました。2001年のアメリカ同時多発テロ以降、各方面で偏見に晒されることになってしまったアメリカ国内に住むイスラム教徒たち。2013年当時は反イスラム熱もやや落ち着いていましたが、それでもなお、コミック原作映画の大ヒットによってアメリカのエンターテインメント業界のメインストリームにいるマーベルが、アメリカ国内におけるマイノリティーであるところの「イスラム系米国人」を主人公にすることには、社会的なインパクトがあったわけです。こうして2014年に発表された『Ms.マーベル』は大きな反響を呼び、SF・ファンタジーの優れた作品に贈られるヒューゴー賞の最優秀グラフィックストーリー賞を受賞したり、この作品の編集者であるサナ・アマーナトがホワイトハウスに招待されたりと、「アメコミファン」の垣根を超えたエポックメイキングな作品として記憶に刻まれました。今回ご紹介するのは、この作品の待望の邦訳。ヴィレッジブックス刊、『Ms.マーベル:もうフツーじゃないの』です。

「普通」とはなにか

主人公のイスラム系米国人カマラ・カーンが暮らすのはニュージャージー州第二の都市ジャージーシティ。スパイダーマンがガッチリ守っているニューヨーク州ブルックリンはマンハッタン島を挟んで、アッパー湾の対岸に位置しています。普通の高校生がスーパーパワーを得て、ご近所トラブルを解決するというと、縄張りの近さが無くと先輩のスパイダーマンを彷彿とさせますが、この作品の中でカマラが対峙するのは、恐ろしいヴィランだけでなく、「イスラム教徒であること」と「アメリカの女子高生であること」とのアイデンティティーの相克です。
敬虔なイスラム教徒の両親に育てられながらも、米国文化、コミックを愛する、いわゆるフツーのオタク女子でもあるカマラ。彼女が普段の生活で感じている、イスラム教徒ゆえのやや窮屈な想い、疎外感や焦燥感は、確かに今までのヒーローコミックスでは描かれてこなかった要素です。

しかし、生まれたところや信仰が異なるだけで、カマラ自身は僕らと何も変わらない若者ですし、「自分のやりたいこと」と「自分をとりまく環境」との矛盾はいつの時代も、どんな世界にいても誰もが直面する問題で、読者である我々は非イスラム教徒である身であっても、難なくカマラに「共感」することができます。そしてこの「共感」こそ、編集のアマーナトや、ライターのG・ウィロー・ウィルソンが最も欲したものでしょう。カナダ人アーティストのエイドリアン・アルフォナが手がける柔らかいイラストタッチのアートは、作品内各所に登場する緻密なムスリムの描写を、珍しくも瑞々しく、魅力的に描くことに成功しており、読者の「共感」に大きな役割を果たしています。

はっきりした統計はないのですが米国内のムスリムの人口比率は、約1%と言われています。前段で語弊を恐れずマイノリティーと表記しましたが、アメリカ国内においてもムスリムへの理解は浸透しているといは言い難い状態です。奇しくも、アメリカでは今年(2017年)トランプ大統領が誕生し、一旦は終息しかかった反イスラムの風潮も再加熱しているようです。差別や偏見といった不寛容は、「無知」をその源とします。この作品の副題、「もうフツーじゃないの」の原題は「No nomal」です。直訳すると「普通ではない」。ではその「普通」とは何なのか。本書を手に取り、ポップなアートワーク、可愛らしいキャラクター、アメコミに不慣れな読者にもわかりやすい話運びといったキャッチ―な要素に隠された、制作者たちの静かな問いかけに、是非耳を傾けてみてください。

『Ms.マーベル:もうフツーじゃないの』
発売日:2017年9月29日(金)
定価:本体2,200円+税
ページ数:120ページ/判型:B5
ISBN:978-4-86491-348-5

ギャラリー

 

 

About the author

1977年生まれ。週刊少年ジャンプ脳のクリーチャー愛好家。玩具コレクター。エンドレスダイエッター。「意識低い系」の文章を信条としています。

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