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就活に翻弄される大学生を通し、SNS世代のリアルを描く『何者』

早稲田大学在学中から活躍している人気若手作家の朝井リョウ。『桐島、部活やめるってよ』が神木隆之介主演で映画化されたことは記憶に新しいですが、『桐島』と並ぶ彼の代表作『何者』の映画化作品が10月15日から公開中です。今回は大学生の就職活動を描きます。しかしながら、主題はそこにはありません。本作の目線は”SNS”に向けられています。

誰でも”自分”を表現できる時代

いまや誰もがスマートフォン片手に自分を表現できる時代になりました。すこし前からブログやmixiといったツールは流行っていましたが、ここ数年でツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどSNSの存在感は増しています。特にスマートフォンの普及はSNSの拡大に大きく寄与しています。いまの小中学生が初めてネットに触れる媒体はパソコンでも、ガラケーでもなく、スマートフォンです。誰でもお手軽に自分を不特定多数の人々にダイレクトに発信できるようなりました。『何者』では劇やバンドが登場しますが、これらはある意味旧式でアナログな自己表現方法かもしれません。


 

発信者のあなたは”何者”なのか

簡単に自己表現を他者に届かせることができるようになった現代。10年前には想像もできなかったほど便利になったと言えるけど、ここにはひとつ大きな問題があります。「発信者は”何者”なのか」という問題です。

SNSでは素性を隠すことができます。ということは何者にもなれるというわけです。SNSでなら有名人のフリができます。先日、ツイッターで深田恭子の偽アカウントが嘘の結婚報告をしてまあまあの人数がそれに騙されていましたが、そういうおかしな事がたくさん起こりうるわけです。少々極端な例はおいておくにしても、たとえば”裏アカ”を作ってそこに友人の悪口や愚痴を吐き出すようなことをしている人は大勢いるでしょう。またLINEでは複数人との会話を同時進行することができます。一方で友人と仲良く会話して、また一方では別の友人とその人の悪口を言うこともできるわけです。SNSによって自分を大きく見せることもできれば、よりクローズドな環境で自分を使い分けることもできます。こうなってくるといよいよ自分は”何者”なのかさっぱりわからなくなってくるでしょう。

 

傍観者であることの全能感

ここまでは一般論に近い話を展開してきましたが、最後にもうすこし『何者』本編の内容に踏み込んでみましょう。

最も印象に残ったのは、主人公の拓人を中心とした4人の就活生たち(この場合、瑞月は彼らから少し距離を置いた傍観者です)が”上から目線”であることです。全員が心の中でマンションの一室に集まる他の4人をバカにしています。自分は他者とは異なる才能の持ち主で、社会から抜きん出た存在であると信じており、その全能感に酔いしれています。”何者”かであるという確信を持っています。

主人公の拓人はというと、劇やバンドで自己表現しようとする人間を「痛々しい」と切り捨て、常に冷静な評価を下す傍観者の立場を貫こうとします。プライドが高いのは他のメンバーと共通していますが、そもそも”何者”かであろうとすらしないのが彼の本質なのかもしれません。

 

結局のところ、拓人を含めた5人の確信は理不尽な社会の現実に晒され、揺らいでいくのです。でもこういう動揺ってなにも映画の登場人物に限った話ではなく、多くの人に当てはまるものではないかと思います。特にSNSに馴染んだ人には耳の痛い話でしょう。私もツイッターでこの作品を語ることにすこし抵抗を覚えてしまいました。なぜなら『何者』に登場する大学生と自分が見事に重なるからです。『聲の形』『怒り』に続いてグサグサ心を刺してくる映画でした。オススメです!

Writer

トガワ イッペー
トガワ イッペー

和洋様々なジャンルの映画を鑑賞しています。とくにMCUやDCEUなどアメコミ映画が大好き。ライター名は「ウルトラQ」のキャラクターからとりました。「ウルトラQ」は万城目君だけじゃないんです。

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