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映画における『演技』の必要性 ─ 素人を起用して成功した映画たち…イーストウッド最新作によせて

クリント・イーストウッド監督が、2015年に国際特急列車で大規模テロを阻止した米軍人ら3人を題材に描く新作『The 15:17 To Paris(原題)』で、本人たちを本人役でキャスティングしたとの驚きの報が入ってきました。

2015年8月21日、アムステルダム発パリ行きの国際特急列車タリスの車内で、銃を発砲したイスラム過激派の男を取り押さえ、大惨事へと発展するのを防いだ友人3人が、作家ジェフ・E・スターンとともに執筆した『The 15:17 to Paris: The True Story of a Terrorist, a Train, and Three American Heroes』を原作とする同作。まだプリプロダクション段階とのことなので、変更となる可能性はありますが実に大胆な選択と言えます。

同作に限らず演技の素人がれっきとした商業作品に出演したという例は多くはありませんが存在します。
今回は演技の素人が出演して成功を収めた作品を取り上げようと思います。

演技力の重要度

著者プロフィールにも記載していますが、私はインディー映画の制作に何度が関わっています。
地方の映画祭で受賞した経歴もありますが、インディーズの映画祭は年々レベルが上がっており、そこまでたどり着くにはプロダクション上の試行錯誤がありました。特に重要視したのは実のところ演技以外の部分です。

プロの映画評論家の評論でもアマチュアの映画ブログでも、映画に関する評論を読むとそれらは高確率で「演技」と「脚本」への言及にほぼすべてが費やされています。演技も脚本も確かに重要です。インディーズ映画でもオーディションの告知を出すと多くの応募があり、その中にはかなり立派なキャリアをお持ちの方も少数ではありますがいらっしゃいます。
実際、私が制作に携わった作品でも、誰もが名前を知っている劇団に所属していた方や某有名監督の初期作品にかなり重要な役どころで出演されていた方が出てくださったことがあります。
このようなことを書くのは実に口幅ったいのですが彼らは「脚本が気に入って」タダに近いようなギャラで出演してくれました。

彼らの演技力は確かに立派なものでした。その場にいると、周りの温度が急激に変化するような強烈な存在感を放っていました。しかし、残念ながら彼らの演技力が画面に定着することはありませんでした。これは完全に撮る側の問題です。
映画やドラマは観客の前に届く前にカメラとマイクを経由し、編集室を経てから提供されます。
ほんの10分で終わるシーンに丸一日が費やされ、場合によっては数か月に及ぶ後処理を経ています。
それ故に、どんなに素材が良くても台無しになる可能性があります。

初期のころ、型落ちのDVカムを監督自身(私ではありません。念のため)が回し、酷い時は監督が撮影しながら録音もしていました。
もはや出来は推して知るべしです。その後、技術の壁を認識した我々はプロのカメラマンを雇い、プロの録音マンを雇いました。
初期の頃とプロのカメラマンを雇ってデジタルシネマカメラで撮影し、プロの録音マンに音の管理をしてもらっている現在。
なぜかキャストには初期のころから恵まれてきたので出演者のグレードは大差ありませんが、今の方が格段に出来がいいと自信をもって断言できます。

また、監督の腕も向上しました。先日、昨年の撮影し終わった作品の仮編集が終わったので尺調整の為、監督と一緒に仮編集した作品を見ていました。尺調整なので「空舞台が長い」「効果音が足りない」「一度風景に逃げたほうがいいのでは」という話はしましたが、その時に感じたのは「上手くなったな」でした。
監督の見せ方が上手くなると明らかに役者の見栄えも良くなります。たとえ俳優の演技力が残念だったとしても「見せ方」次第で誤魔化しがききます。それどころか、むやみに技量のある人が出てしまうと題材によっては台無しになってしまう場合もあります。
それが「演出」であり「技術」であり、究極的にはそれを実現するプラン、つまり「企画そのもの」です。

事件自体を主人公に

あえて「演技力」のある「俳優」を使わない見せ方で成功する企画。
その好例の一つが「事件自体を主役にする」方法です。

事件自体が主役であるためこういった作品は登場人物一人一人に深く突っ込みません。
そのため、スター俳優が出てくると逆にスター俳優の存在感が邪魔をしてしまいます。

アメリカのテレビシリーズ『ロー&オーダー』(1990-2010)は「事件自体が主役」をコンセプトとして成功した作品です。
同作は20年にもわたって継続しましたが、その間に数えるのが億劫になるほど出演者が変遷しています。
それでも番組が成り立ったのは「事件自体が主役」という番組の方向性あってのものではないでしょうか。
同作でサム・ウォーターストン演じるジャック・マッコイは16シーズンにわたって登場した看板キャラクターの一人ですが、彼の私生活は最初から最後まで見ても殆どわかりません。離婚歴があって娘がいるという断片的な情報ぐらいです。

ポール・グリーングラス監督の『ユナイテッド93』(2006)は事件自体が主役を究極的に推進した傑作です。
同作品は2001年に起きたユナイテッド航空93便テロ事件をハイジャックされた航空機の内部、対応する管制塔、軍隊の3つの視点から描いています。
俳優も出ていますが、同作では大胆にも管制官や軍の関係者を当日に現場で勤務していた本人が演じています。
私が特に印象に残ったのは航空管制官のべン・スライニー氏ですが、彼は俳優ではなく事件当日に勤務していた航空管制官本人です。

この映画は匿名性にこだわったことが最大効果を発揮しています。知っている顔の俳優が一人もいないため、誰に対しても注意をひかれません。その代わりにその場で起きている事件そのものに注意が向きます。グリーングラスは極端に細かいカット割りをする監督ですが、場所も画もめまぐるしく変化するので誰か一人に注視するような状況が発生しません。ただただ注意が向くのはその時、その場の「状況」です。

事件自体を主人公とした映画ではスティーブン・ソダーバーグ『コンテイジョン』(2011)も挙げられますが、これはキャスティングの方向性が真逆です。アカデミー賞候補(監督賞)になった『ユナイテッド93』に対し『コンテイジョン』はそれほど評判になりませんでしたが、両者の差はキャスティングの差ではないかと思います。『コンテイジョン』は強力なウィルスのアウトブレイクを描いた作品で、非常に多くの人物が登場します。それでいて上映時間は105分と非常にコンパクトにまとまっています。
スター俳優を揃えたものの一人一人に明確な見せ場があるわけではなく、逆にスター俳優の存在感が邪魔をしている印象がありました。

尚、グリーングラスは『キャプテン・フィリップス』(2013)でソマリア移民で当時ほぼ素人だったバーカッド・アブディを起用し、これも多大な成果をあげています。

実体験からにじみ出るリアリティ

見出しの通り、俳優の演技力ではなく実体験の持つリアリティを前面に押し出していく手法です。

フェルナンド・メイレレス監督の『シティ・オブ・ゴッド』(2002)はファヴェーラ(リオデジャネイロのスラム)で暮らす少年たちに切り込んだドラマです。メイレレスは本作を制作するにあたり、実際に現地のスラム街で素人を募集してオーディション、演技訓練を施し、一部の役柄を除き主要キャスト含めてすべて素人(200人)によるアドリブ主体の演技を撮影を敢行しました。メイレレスは手持ち主体にラフっぽさを強調した演出をしていますが、これが少年たちの醸し出す生々しさをより強調し、効果的な映像を作り出しています。

実体験からにじみ出る生々しさは時に演技経験を超えます。
『キリング・フィールド』(1984)に出演したハイン・S・ニョールは当時まったくの素人でした。
同作はクメール・ルージュ支配下にあったカンボジアを舞台にしていますが、ハイン・S・ニョールは実際にクメール・ルージュの元で強制労働を経験しています。私は鑑賞当時、彼が演技経験ゼロの素人であることを知らず、てっきりカンボジア本国では有名な俳優なのかと思ったほどのリアリティでした。
これもまた実体験があればこそなせる業なのでしょう。
『ラウンド・ミッドナイト』(1986)はパリを舞台に老境に差し掛かったジャズ・ミュージシャンと彼をサポートする青年の友情を描いた作品です。主演のデクスター・ゴードンは1950年代のハード・バップ時代に活躍した一流プレイヤーですが、彼もまた演技未経験でこれが映画初出演でした。ですが実体験からくる佇まいには強烈な説得力がありました。
ハイン・S・ニョールは『キリング・フィールド』でアカデミー賞の助演男優賞を受賞。デクスター・ゴードンは『ラウンド・ミッドナイト』でアカデミー初演男優賞の候補になっています。
賞とは全く無縁ですが、映画に出ると高確率で犯罪者の役をやっているダニー・トレホ(40代でデビューするまで長い刑務所暮らしを経験)もある意味この括りに入るのかもしれません。

演技力が求められるもの

以上のように、演技力はいい作品を作る必須条件ではありません。場合によってはスター俳優の存在感は作品の邪魔をすることもあります。

とはいえ、演技力を持ったスター俳優の存在は無価値なのかというと、それは違います。
例えば同じプロダクション、同じ技術者、同じ脚本、同じ監督でリンカーン大統領の役をダニエル・デイ=ルイスが演じた場合と技量もキャリアもない無名俳優が演じ場合、どちらが説得力があるでしょうか。いうまでもなく前者です。スター俳優は普通の人が決して持ち合わせない強烈な存在感を持っています。よってスター俳優でなければ説得力を発揮しない役柄も存在します。

御大イーストウッドは映画を知り尽くした神のような存在です。自身がもともとスター俳優であるため、どういう時に「スター俳優」が必要かも理解しているはずです。素人を起用して彼はどのように題材を料理するのでしょうか。大変に楽しみです。

Writer

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ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)

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