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【考察】『NOPE/ノープ』ジョーダン・ピールが放つ「最悪の奇跡」の謎を推理する

NOPE/ノープ
©2021 UNIVERSAL STUDIOS

「“最悪の奇跡”って、言い表せるか?」

『ゲット・アウト』(2017)『アス』(2019)の鬼才、ジョーダン・ピール監督による最新作NOPE/ノープが2022年8月26日(金)に日本公開となる。謎に包まれた本作のキーワードは「最悪の奇跡」。『ゲット・アウト』でアカデミー賞脚本賞に輝き、“現代のヒッチコック”とさえ称されるピールは、3年ぶりの新作に何を仕掛けたのか。

本作は7月22日(金)に全米3785館で公開されるや、週末3日間で興行収入4436万ドルを記録し、ランキングの初登場No.1を獲得。オリジナル脚本作品としてはクエンティン・タランティーノ監督『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)以来の好記録、すなわちコロナ禍では最高の成績を叩き出している。

現在、日本国内で公開されている『NOPE/ノープ』の映像は、2種類の予告編とIMAX撮影をフィーチャーした特別映像のみ。そこで今回は、主に予告編映像に見え隠れする情報の断片と、キャスト&スタッフによる複数の証言から、当代きってのミステリー・メーカーによる謎の核心を推理してみたい。

ハリウッド唯一の黒人経営牧場

まず予告編からわかることは、物語の主な舞台が牧場であること、主人公が牧場主の家に生まれた兄妹であることだ。兄の名前は“OJ”ことオーティス・ジュニア、妹の名前はエメラルド。それぞれ『ゲット・アウト』の主演を務めたダニエル・カルーヤと『ハスラーズ』(2019)のキキ・パーマーが演じている。

OJとエメラルドが育ったのは、「ヘイウッド牧場(Haywood’s Hollywood Horses)」というハリウッド唯一の黒人経営牧場。エメラルドいわく「映画が生まれた頃から続く調教の歴史がウリ」で、予告編にも合成用のグリーンバックを背に立つOJとエメラルド、一頭の馬の様子が収められている。

NOPE/ノープ
©2021 UNIVERSAL STUDIOS

OJとエメラルドの家族に悲劇が起きたのは、エメラルドが牧場を離れていたある日のこと。空から小さな物体が大量に降り注ぎ、牧場で馬に乗っていた父親に直撃したらしい。父親は落馬し、そのまま息を引き取るのだ。目撃者のOJは、父の死に陰謀めいたものを感じ取ったらしい。兄の話を聞いたエメラルドは、「父さんは何かに殺されたと?」と口にする。

ひとつめの謎は、父の乗っていた白い馬に突き刺さったカギのようなものだ。このカギが空から降ってきたのなら、同時に地面に落ちてきた大量の物体は、すべて同じカギなのだろうか。このカギで開く扉があるのなら、その中には何が隠されているのか?

NOPE/ノープ
©2021 UNIVERSAL STUDIOS

“何か”を撮影せよ

OJは父の死の直後、ある巨大な“何か”を発見していた。空に浮かぶ雲の中にあるというその“何か”は、OJいわく「速すぎて見えない」。しかしOJとエメラルドは、父親の死が、この“何か”に関係していると考えるのだった。そこでふたりは、誰も疑いようのない決定的瞬間を押さえることを決意する。エメラルドが言うところの「誰もが信じる“バズり動画”」を撮影しよう、と。

ふたりは牧場の敷地内にいくつものカメラを設置し、頼れる助っ人を招集する。ひとりは目的も知らされずに呼び出されたらしい若い男。もうひとりは、エメラルドをして「あなたしか撮れない」と言わしめた、いかにもクセのありそうな中年の男だ。

牧場に到着した男は、空を見上げるや、さっそく「あの雲、少しも動かないぞ」と告げる。若い男が「あの雲の中に何かが?」と尋ねると、兄妹はそれを認めた。かくして一同はその“何か”を撮影する作戦に打って出るようだが……。

NOPE/ノープ
©2021 UNIVERSAL STUDIOS

映像を見るほどにふくらむ謎

ふたつの予告編には、どうやっても説明できない、物語上の役割を予想できない要素が無数に含まれている。たとえば、牧場に設置されている大量のチューブマンは“何か”の出現前からそこにあったのか。家の上空に現れたものは、雲の中にいる“何か”と同じなのか。空から降り注ぐ、血のように赤い液体は何なのか。

また牧場の外を捉えた場面では、古いテレビ番組のセットと思しき場所に、子供服を着た謎の生き物の姿が見える(手足を見るかぎり人間ではなさそうだ)。広場のような空間では、集まった人々の中に、ベールで顔を覆った恐ろしい形相の女性がいる。薄暗い場所では、明らかに人間ではない手が画面の右側から伸びている。馬に乗るOJの背後では、謎の人影が砂塵とともに巻き上げられる。もしも人間ではない何者かが迫っているのだとしたら、彼らは複数人存在しているのではないだろうか。

映像の最後には、OJを追う巨大な飛行物体の姿も確認できる。しかし、その物体の“あまりにもそれっぽい”形状は、むしろこれが本当に存在するのかを疑いたくなるほど。予告編に映し出されているものを、観ているこちらはすべてそのまま信じてしまっていいのか? 思わずそう考えてしまうのは、どうやら本作が“映画”を大きなテーマとしているからだ。

NOPE/ノープ
©2021 UNIVERSAL STUDIOS

『NOPE/ノープ』にひそむ“映画”の存在

OJとエメラルドらがカメラを武器に挑む作戦の顛末や、物語に埋め込まれた無数の要素は、予告編の細部に目をこらすほど、その謎を深めていく。しかし予告編の随所には、“映画”そのものを思わせる要素をたくさん見つけることができるだろう。

ひとつ目の予告編の冒頭でエメラルドが紹介するのは、その言葉通り「歴史上 初の“映画”」。これは写真家エドワード・マイブリッジによる『動く馬(The Horse in Motion)』という実在の作品で、騎手を乗せて走る馬を撮影した連続写真だ。OJとエメラルドは、この史上初の映画に携わった黒人騎手の子孫という設定になっている。

『ゲット・アウト』で人種差別を、『アス』で格差社会を描き出したピールは、この設定の中から社会的なテーマをあぶり出そうとしているはずだ。とあるインタビューで、ピールは「この騎手が黒人だったことは忘れられ、歴史から消えてしまった。ある意味、この映画はその事実に対するリアクションなのです」と述べている。

この点で言えば、ふたつめの予告編で、OJが「デカくて、狂暴で、人目を引こうとしてる」と話すとき、その背後に見える映画のポスターにも注目したい。この作品は、黒人俳優シドニー・ポワチエの初監督映画『ブラック・ライダー』(1972)で、ピールいわく「僕が知る限り、黒人のカウボーイがハリウッドで最初に描かれた例」。馬を駆るOJの姿も含め、“黒人騎手”が大きな意味を持つことは間違いないだろう。

NOPE/ノープ
©2021 UNIVERSAL STUDIOS

ふたたび「映画」というキーワードに戻るなら、撮影スタジオのシーンで、『NOPE/ノープ』の撮影に使われているパナビジョン社のカメラが見えるのも気になるところ。現実と同じ会社のカメラをわざわざ登場させているあたり、作品に何らかの形でメタ的な構造が採用されていることを邪推したくもなるというものだ(IMAX特別映像には、本編と同じパナビジョン社のロゴが映り込んでいる)。

ところでエメラルドがバイクに乗り、急ブレーキをかけて車体を滑らせるカットは、まぎれもなく大友克洋監督『AKIRA』(1988)のオマージュ。以前から『AKIRA』の大ファンを自認するピールは、なんと『ゲット・アウト』の直後に実写映画版の監督オファーを受けていた。オリジナル作品を手がけるためにピールは就任を断ったが、それほどの思い入れである、このオマージュにも大きな意味が隠されているのかもしれない。なにしろ、わざわざ予告編のクライマックスに使っているほどだから。

“雲”をつかむような映画

果たして『NOPE/ノープ』の核心はどこにあるのだろうか。本当に重要なのは、OJやエメラルドたちの撮影作戦か、“映画”か、はたまた“黒人騎手”の存在か。それを見極められるだけの“決定的な何か”が、予告編のどこかに映り込んではいないのか……。映像を何度も見返しているうち、もしかするとこの行為は、OJとエメラルドが雲の中の“何か”を撮ろうとすることにも近いのでは、と気がついた。

エメラルド役のキキ・パーマーは、本作の脚本を読んだ印象を「最初は表面だけしか見えていなかった」と振り返っている。出演者たちもピールと話し合いながら全貌を理解したというから、予告編を中心に考えるだけでは、本当に必要情報が足りないのだろう。それでもすでに多くの謎が見受けられる以上、本作は『ゲット・アウト』や『アス』以上に謎の解きがいがある映画に違いない。

NOPE/ノープ
©2021 UNIVERSAL STUDIOS

ひとつヒントになりうるのは、ピールが『NOPE/ノープ』の脚本を2020年に入ったのち、コロナ禍のさなかに執筆したことだ。ハリウッドの映画会社や映画館が業務を停止する中、ピールは「映画の将来が心配になった。劇場文化を促進できるスペクタクルを創りたいと思った」という。本作は「自分史上最大のアドベンチャー」映画であり、「子どものころ夢中になったような怖さや奇跡を生み出したかった」のだと。OJ役のダニエル・カルーヤいわく「今回はアクション映画。自分をブルース・ウィリスだと思って演じた」。しかし、ジョーダン・ピールが本当に“ただのスペクタクル映画”を撮るだろうか?

ちなみに、本作が『ゲット・アウト』や『アス』とはひと味違うことは別のコメントからもうかがえる。前2作は“黒人が味わう恐怖”を描く映画だったが、ピール本人は「黒人の恐怖を描く第一人者だと思われるのは複雑。3作目を作るなら“黒人の喜び”を描きたかった」と語っているのだ。

予告編や証言に散りばめられた謎は、いかにして繋がり、その全体像をあらわにするのか。そもそも「最悪の奇跡」とはいったい何を意味するのか。考えれば考えるほど核心が逃げていく、『NOPE/ノープ』とはまさしく“雲”をつかむような映画だ。それだけに映画を観たあとは、謎の全貌を絶対に口外しないように……。

映画『NOPE/ノープ』は2022年8月26日(金)全国ロードショー

参考: ESSENCE, UPROXX, AP News, The Hollywood Reporter

Writer

稲垣 貴俊
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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