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【解説】エルズバーグからスノーデンへ ─『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』時を超えた告発の歴史を読み解く

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
©Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

現代を代表する巨匠、スティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017)が2018年3月30日より日本でも公開されました。

同作はベトナム戦争に於ける機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」をワシントン・ポスト紙の記者たちが掲載に踏み切るまでを描いたシリアスな社会派ドラマです。

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
©Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

デビュー作の『激突!』(1971)以来、スピルバーグといえばスペクタクルなエンターティナーというイメージがありましたが、40代になった『カラー・パープル』(1985)あたりから内省的なドラマでも手腕を発揮するようになりました。
『シンドラーのリスト』(1993)を境にエンターテイメントだけでなくシリアスなドラマも撮れる監督という評価を確たるものとしたスピルバーグですが、本作もまたその系譜に連なるものです。そして、スピルバーグの更なる進化も感じられるものでした。

思うにスピルバーグは『リンカーン』(2012)で新しい境地を開拓したのかもしれません。
『リンカーン』は議会のシーンが多くを占め、その性質上、室内のシーンが大半を占める会話劇でした。
『ペンタゴン・ペーパーズ』も話の性質上、室内の会話が大半を占めるのですが、全く退屈させられません。カメラはダイナミックに動き、編集は歯切れよく、「会話だらけの話をよくぞここまで魅せるものだ」と感心しきりでした。

このような芸当が出来るの監督は他にもいると思うのですが、『ソーシャルネットワーク』(2010)で会話だらけのドラマを2時間魅せ切ったデヴィッド・フィンチャーとスピルバーグは双璧なのではないかと思います。

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
©Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

以上のように映画としてのレビューを記載しました、ここからが本記事の主題となります。

本作は1970年代を舞台としています。本作は事実に基づく映画であり、細部の脚色はともかく事実に基づく過去の話である以上、社会派ドラマであると同時に歴史ものとしても捉えることが出来ます。
ですが、私はこの映画は「今日にも連なるアメリカにおける告発の歴史」の一端としても捉えることが出来ると思います。

以下、映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』をより楽しむための補足としてお読みいただければ思います。

民主主義国家、アメリカにおける告発

全体主義的で組織への忠誠心が強い日本では考えにくいことですが、アメリカでは古くから内部告発は行われてきました。
内部告発奨励法の最初のものは、1863年の「虚偽請求取締法」(False Claims Act)です。
これはリンカーン政権下で成立したもので、南北戦争時に多発した汚職を取り締まるものでした。告発者は損害賠償金額の50%を受け取ることができると定められていたとのことなので、文字通り告発が「奨励」されていたことになります。

政府筋だけでなく内部告発は民間でも行われ、比較的近年で話題になったものと言えば1990年代に大手タバコメーカーB&W社のデータ改ざんを当時同社の研究開発担当副社長だったジェフリー・ワイガンドが告発した事件があります。この事件はマイケル・マン監督によって『インサイダー』(1999)というタイトルで映画され、監督賞など7部門でアカデミー賞候補になりました。

このように、昔から現代に至るまでアメリカでは内部告発が行われてきました。
「前線の兵士を危険に晒す」という批判を受けたウィキリークスの「コラテラル・マーダー」のように賛否相半ばするものもありますが、アメリカでは内部告発は賛成者と反対者の間でバランスを取り、理想の民主主義を実現する有効なツールと考えられています。

そういった風潮のあるアメリカにおいて20世紀における内部告発の重要な例がペンタゴン・ペーパーズの公開です。ベトナム戦争の分析を行った同文書で最大の注目を集めたのは「ベトナム戦争開戦のきっかけとなったトンキン湾事件が、米国の捏造であったことがはっきりと記述されていた」ことにあります。

詳解すると紙幅が足りなくなるため、結果のみを記しますが、実際のところこのトンキン湾事件は北ベトナム艦隊の誤爆で、ベトナム戦争はこの誤爆事件を米軍側が利用して、アメリカの意思で始まった戦争であることが明らかになったのです。
同文書の公開によりベトナム戦争は一気に終結へと向かいます。
また、同文書をリークしたダニエル・エルズバーグは英雄視されるようになります。

エルズバーグがリークした同文書ですが、当然ながら「リークされた文書の公開」という一点に限っても様々な同行がありました。映画ではエルズバーグの勇気ある行動に応えたメディアの動向に絞って描かれていましたが、戦ったのはメディアだけではありませんでした。その一人が当時上院議員だったマイク・グラベルです。

マイク・グラベル。credit:Gage Skidmore

エルズバーグは盗み出したペンタゴン・ペーパーズを公開するためにメディア、そして国会議員にも働きかけていました。彼に協力を請われた国会議員は「リスクが高すぎる」と拒否しましたが、その中に一人だけ彼に協力することを決意した人物がいました。
それがマイク・グラベルです。

グラベルは同文書を公開する方法として「フィリバスター」という手法を選択しました。
上院規則19条において「いかなる上院議員も、他の議員の討論を、その議員の同意無しには中断させることができない」という条文があり、原則的に国会において議員の発言時間は無制限となっています。このフィリバスターは長時間にわたり討論を続けることで議事進行を意図的に遅延させる行為で、現代でも用いられている手法です。
フィリバスターが行われるのはワシントンに限らず、地方議会でも行われます。
近年であれば、2013年にテキサス州上院議会でウェンディ・デイヴィス上院議員が中絶規制法案の投票を阻止するためにフィリバスターを敢行し話題になりました。

グラベルは自分が委員長を務める上院建設土地利用委員会でペンタゴン・ペーパーズの全文朗読を敢行しました。
フィリバスターは一度始めると中断や休憩はおろか、座ることすら許されません。テキサス州のデイヴィス上院議員は13時間に及ぶフィリバスターを敢行するためにランニングシューズを履いて尿道カテーテルまで装着していたことが明かされています。

グラベル上院議員の目論見は成功しました。
彼のページ数7,000に及ぶ「朗読」は議事録に記録され、グラベルはまんまとペンタゴン・ペーパースの公開に成功しています。

そして現代 21世紀の告発者、スノーデン

この記事を執筆している現在、2018年の3月末です。
恐らく、お読みいただいている多くの方にとってエドワード・スノーデンの内部告発はまだ記憶に新しいと思います。
2013年、NSA、CIAの元局員、エドワード・スノーデンが「アメリカ国民の通話が不当に盗聴されている」ことを告発し、世間を震撼させました。

スノーデン
『スノーデン』より。©2016 SACHA, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

1970年代のエルズバーグの告発と2010年代のスノーデンの告発はともに体制側の人間による内部告発という大まかな点で一致しています。また、ペンタゴン・ペーパーズと同じくこの事件も映画化されています。(オリヴァー・ストーン監督『スノーデン』(2016))
ですが、これらの2つの告発に生じた差異は時代の違いを感じさせるものでもあります。

まず、スノーデンは熟慮の末に告発先にアメリカのメディアを選択しませんでした。
これを単純にスノーデンの思想と結論づけるのは簡単ですが、そうとも言い切れない点があります。

スノーデンは情報公開の協力者としてフリージャナーリストのグレン・グリーンウォルドとドキュメンタリー作家のローラ・ポイトラスを選択しました。そして最終的に彼の情報を元にした暴露記事は英国の老舗紙、ガーディアンに掲載されます。
過激な論調であるガーディアンは米政府から好ましく思われておらず、ワシントンの政府関係者主催パーティでは、ガーディアンの記者の席はトイレの横にしか用意されないそうです。アメリカの新聞よりもより事実を包み隠さず書いてくれるという期待がスノーデンにあったのでしょう。

休暇を使って香港に飛んだスノーデンはグリーンウォルドとポイトラスに接触し、その後、彼の暴露した内容は世界中に衝撃を与えたことはもはやここに記すまでもないことでしょう。なお、グリーンウォルドはアメリカ人ですが、在住はブラジル。前述の通り、スノーデンと直接接触したのは香港で、最初に掲載されたのはイギリスのガーディアン紙です。エルズバーグがアメリカ国内に潜伏して国内のメディアに暴露をしたのと比べると、40年という時間の間にどれほど世界が狭くなったのかを感じさせられます。

もう一点。これもまた1970年代との時代的差異を感じずにはいられない点です。

香港で大々的な暴露、あるは反逆ともいえる決断を断行したスノーデンですが、彼はそのままロシアに渡り現在もロシアのどこかに滞在していると言われています。
ペンタゴン・ペーパーズをリークしたエルズバーグはスパイ防止法違反に問われ起訴されたものの公訴棄却の判決を受けました。
同じく、告発に協力したワシントン・ポストの記者たちも「報道の自由」を最高裁で認められ全面的な勝利を収めています。

スノーデンが裁判ではなく、逃亡を選択した理由は他にもいくつかあるとは思うのですが「時代の違い」が大きな要因にあるのではないかと思います。
その理由は最高裁判所の判事です。

意外に思われれるかもしれませんが、アメリカの最高裁判事は任期というものがなく、大統領ですら更迭することが出来ません。
死去するか引退しない限り再度任命されることがないのです。そのため、最高裁の判事は任期8年の大統領よりも長く影響力を持ちます。
そして、最高裁の判事を任命するのはその時の大統領です。
つまり、言い方は悪いですが「その時の政権にとって都合の良い思想の持主」が任命されます。

1970年代はリベラルな時代でした。
1953年に当時のアイゼンハワー大統領によって最高裁判事に任命されたアール・ウォーレンは元々保守寄りの思想の持ち主でした。
事実、ウォーレンはカリフォルニア州の地方検事だった戦時中、日系人の強制収容を支持しています。
アイゼンハワーは保守的な裁定を期待してウォーレンを任命しましたが、その目論見に反し、彼は過去の所業を反省していました。
ウォーレンの就任以降、白人と黒人の人種隔離を違憲とする「ブラウン判決」(1954)をはじめ、アメリカ最高裁はリベラルな方向へと向かっていきます。
ウォーレンは1969年に辞任しますが、判事の地位にあった期間、彼は他の最高裁判事を教育し続け、1970年代のアメリカは人権先進国へと歩みを進めます。例として、1973年には人工中絶を女性の権利として合憲と認めています。エルズバーグとポストの記者たちが勝利したのはそういう時代でした。しかし、リベラルの時代は終わってしまいます。
保守的なキリスト福音派の働きにより、1981年にロナルド・レーガンが大統領が就任します。以降、最高裁も保守の方向に徐々にシフトしてしまいます。

現在のアメリカ最高裁はその保守の流れを汲んでいます。
ロシアのどこかに潜伏しているスノーデンは「正当な裁判をアメリカで受けること」を最終目標としているそうですが、彼自身も現在のアメリカでは自身に不利な判決が下る可能性が高いと考えているのではないでしょうか。

映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は「報道の自由の勝利」で大団円とはせず、ウォータゲート事件が発生するその日の描写で終わるという不穏なエンディングになっていました。

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
©Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は1970年代を舞台としていますが、そのラストは一筋縄ではいかない現代の情勢を物語っているように私は感じました。

『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』公式サイト:http://pentagonpapers-movie.jp/

参考文献:
THE ZERO ONE ハッカーの系譜⑤エドワード・スノーデン
Democracy Now! ペンタゴン・ペーパーズ(ベトナム機密文書)を世に出した3人の男たち 2:マイク・グラベル
町山智浩 (2016)「さらば白人国家アメリカ」,講談社

Writer

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ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)

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