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【インタビュー】『ピアッシング』新たな鬼才ニコラス・ペッシェ監督が企む「恋愛と暴力の美学」 ─ 小説から映画への冒険、次回作は『呪怨』リブート版

ピアッシング
©2018 BY PIERCING FILM. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

殺人願望を持つ男と、自殺願望を持つ女の、あまりにも長い一夜
日本を代表する作家・村上龍の同名小説を映画化したサイコスリラー、『ピアッシング』が2019年6月28日(金)より新宿シネマカリテほか全国の映画館で公開される。

恐ろしく、美しく、ロマンティックで、かつ緊迫感にあふれた男女の物語を見事に演出し、原作者の村上からも絶賛を受けたのは、1990年生まれの新鋭ニコラス・ペッシェ。このたびTHE RIVERは、この異形の作品を生んだ才能にインタビューする機会に恵まれた。

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ニコラス・ペッシェ監督 ©2018 BY PIERCING FILM. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

小説から映画へ、大胆な発想の転換

主人公の男リードは、自分のまだ幼い娘をアイスピックで刺したいという衝動に悩まされていた。現実に娘を刺さずにすむよう、リードはSM嬢をホテルに呼び出し、そこで殺害する計画を立てる。ところが、計画は思い通りにはいかなかった。ホテルに現れた女、ジャッキーはいきなり自分の身体を傷つけて倒れてしまう。リードはジャッキーを殺せるのか、ジャッキーはどこまで悟っているのか、真意はどこにあるのか……。

村上龍による原作小説を映画化した本作は、舞台を日本からアメリカに置き換えた以外にも大胆な翻案に挑んでいる。ストーリーの流れは忠実だが、小説が男女それぞれの一人称で、膨大なモノローグとセリフによって進行するのに対して、映画版はモノローグ(心の声)が採用されていないのだ。脚本を自ら執筆したニコラス監督は、モノローグを映画版にあえて導入しなかった意図を明らかにしている。

「原作にはモノローグがたくさん入っていますが、映画化に際してはあえてモノローグを入れないことで、観客が劇中の登場人物と同じような立場になって、何も知らないまま、色々な疑問を持ちながらストーリーを追いかけていくことになります。それがサスペンスをさらに高め、意外性のあるユーモアにつながっていくことを狙いました。」

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©2018 BY PIERCING FILM. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

モノローグをカットしたということは、男と女、その片方しか知らない事実は劇中で直接示されないということだ。原作では丹念に描き込まれたそれぞれの過去もカットされ、物語の舞台は、2人が出会った一夜のみに絞り込まれる。

登場人物の出会いによる“ゲーム性”を高めたいと考えたんです。心情を細かく描写することより、スクリーン上で起こる出来事の即時性を重視しました。2人が初めて出会う時、観客も初めて彼らと出会う。登場人物と観客が、一緒になって、2人の心の動きを感じとっていくことになるのです。分かりやすく説明するのではなく、見たままを感じてもらうことが重要だと思います。」

同じく観客の印象に残るのは、ビル群のミニチュアによって作り出された街の風景や、タクシーに乗る2人の顔に差す奇妙な光、そして仰々しい音楽だ。まさしく“映画ならではの表現”によって、監督は“これは映画である”との虚構性を強調している。

「この物語は寓話であり、神話や伝説のような側面をもつ作品にしたいと思いました。そこで、ファンタジー的な要素を重要視しています。2人のマインドゲームは、リアルな世界ではなく、ファンタジーの世界で起こっているのだという方向性です。この映画の世界はすべてファンタジーで、私たちは2人の間で起こる奇妙で歪んだゲームを見ている。だから虚構の世界での出来事なのだという要素を押し出して、リアルな世界から生まれた、空想的なリアリティを見せたいと思いました。」

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©2018 BY PIERCING FILM. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ラブストーリーとバイオレンス

ニコラス監督は、男女の一夜に焦点を絞り、ファンタジックな演出をもって、“まるで2人しか存在していないかのような”世界をスクリーンに映し出した。2人のスリリングな攻防戦は、やがて男女が互いの肉体と生死のみに強烈に惹きつけられていく、極めて純粋なラブストーリーとしての美しさも獲得する。

「とてもダークなラブストーリーですが、2人の登場人物が出会って恋に落ちるという恋愛的な要素を意識して作りました。どのようなジャンルの映画であれ――たとえホラーやサスペンスであっても――、登場人物の人間らしさや心のつながりを表現することが非常に大切だと考えています。」

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すさまじい緊張感の合間に、ふと心やすらぐ時間や、気持ちが通い合う(ように見える)瞬間が浮かび上がるのは、リード役のクリストファー・アボット、ジャッキー役のミア・ワシコウスカの演技によるところも大きい。ニコラス監督とクリストファー、ミアの3人は「みな同じように、初めから、この作品をラブストーリーだと考えていた」そう。監督は、俳優のスケジュールのために生まれた舞台裏のエピソードも教えてくれた。

「ミアがニューヨークに来たのは撮影が始まる2日前で、リハーサルの時間はありませんでした。クリスとミアが初めて会ったのは、2人がホテルで出会うシーンを撮影した日で。(撮影では)2人の俳優がお互いを知っていく過程と、登場人物がお互いを深く理解していく過程が同時進行していたんです。」

もっとも本作は、ラブストーリーであると同時に、激しい暴力表現をいとわないバイオレンス・スリラーだ。三池崇史監督を敬愛するというニコラス監督は、本作が『オーディション』(2000)から影響を受けていることも明かした。観ているだけで“痛い”表現から、美しさと上品さが失われていないのも納得である。

2人は暴力を怖がっているのではなく、むしろそこに魅力を感じ、暴力に取りつかれている。美しいと感じているので、暴力から逃げることもありません。そこで映画自体も、暴力から目を逸らさず、彼らの見方にしたがって、そういうシーンをなるべく表現することにしました。確かに暴力的な場面は多いですが、死に直結する、命を奪おうとするものではなく、一種の様式美として作品全体のスタイルにつながるものになっています。」

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©2018 BY PIERCING FILM. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

監督が代表例として挙げているのが、映画の序盤、リードの泊まるホテルに現れたジャッキーがシャワールームで自らを傷つけるシーンだ。「実際のケガの程度よりも、観る側の衝撃は大きいと思います。その状況を登場人物がどう受け取ったのかということを描きたかったんです」

緊張感と恐怖を美しさに転換しながら、人物の心理をあぶり出していくニコラス監督は、デビュー作となったモノクロのホラー映画『The Eyes of My Mother(原題)』(2016)がサンダンス映画祭にて5部門を受賞。ホラー/スリラーの未来を担う一人として注目が寄せられている。

「ホラー映画に魅力を感じるのは、物事のダークな面、ねじれた部分やキャラクターに惹かれるから。ホラー映画でしか描くことのできない題材や、人間の暗い面を分析することに関心があるんです。SFやアクションも大好きで、“ジャンル映画”と呼ばれるものにはすごく興味がありますよ。」

ちなみに監督の次回作は、日本発のホラー映画『呪怨』をリブートする『Grudge(原題)』。再び日本に縁ある作品に挑むわけだが、本作で『オーディション』に影響を受けたニコラス監督は、『Grudge』でも同じく三池崇史監督の『極道恐怖大劇場 牛頭 GOZU』(2003)にインスパイアされたとのこと(な、なんてマニアックな…)。もちろん、原作『呪怨』にもきちんとリスペクトを捧げているという。

「『Grudge』と『ピアッシング』ではスタイルが大きく異なります。日本の映画ファンには喜んでいただけるかと思いますが、『Grudge』ではハリウッド版のリブートではなく、日本版『呪怨』の新しいエピソードであるということを意識しました。オリジナルのテイストを大切にしています。」

あわせて読みたい

『ピアッシング』

男は、幼い娘をアイスピックで刺したいという衝動を抱えていた。その欲望を現実化せずにすむよう、彼はSM嬢をホテルに呼び出して殺害する計画を立てる。ところが、計画は思い通りにはいかなかった。ホテルに現れた女は、いきなり自分自身を傷つけて倒れてしまう。これはリアルな悪夢か、それともシュールな現実か。殺人衝動を持つ男と自殺願望を持つ女の、あまりにも長い一夜が始まる。

ピアッシング
©2018 BY PIERCING FILM. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

原作者・村上龍に絶賛された映画版を手がけたのは、1990年生まれ、米インディーズ界の新鋭ニコラス・ペッシェ。デビュー作で2016年ファンタスティック映画祭で5部門を受賞、次回作は日本のホラー映画『呪怨』のハリウッド・リブート版を手がける。出演は『ファースト・マン』(2018)のクリストファー・アボットと、『アリス・イン・ワンダーランド』シリーズのミア・ワシコウスカ。

映画『ピアッシング』は2019年6月28日(金)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー

『ピアッシング』公式サイト:http://piercing-movie.com/

本編冒頭、ぜひご覧ください

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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