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不朽の名作、感染。←その通りだ!(悪い意味で)映画『高慢と偏見とゾンビ』レビュー

高慢と偏見とゾンビ

これまで数度に渡り映像化されてきたジェーン・オースティンの小説「高慢と偏見」に、まさかのゾンビ要素が加わったセス・グレアム=スミスのミリオンセラー小説を映画化。
18世紀 繁栄を極めたかに見えたイギリスであるが、貿易の影響によって謎のウィルスが蔓延。
感染した者は皆ゾンビと化し、噛まれた者も感染するため 瞬く間に感染が広がっていく。
ゾンビから身を守るため ロンドンに大きな壁を築く人間達であったが、感染の勢いを止めることはできず 悪化の一途を辿っていた。
ゾンビとの生き残りを賭けた戦いの最中にありながらも、男女のすれ違う恋模様を 抑えきれない想いを描いた作品だ。

初めて予告を観た時、驚愕した。
こんなのアリかよ!B級の匂いがプンプンだ!早く観たい!
と、楽しみにしていた。


が、蓋を開けてみればスッカスカ
話の大筋は驚く程に原作通りであったが、肝心のゾンビ要素に魅力を感じられない。
そんな魅力のないゾンビ要素に時間を割くから、自ずと恋愛要素も薄っぺらくなってしまう。

恋もゾンビも半端な作品であった。

映画を問わず、今も昔も絶えず作り続けられているゾンビ作品
数多の作品の蓄積によって、ある程度の基盤が ゾンビのセオリーが確立されてはいないだろうか。

ゾンビはあらゆる可能性を 葛藤を生む。

自らが感染してしまうかもしれない危険性
感染を隠す者が身近にいることで生じる疑惑
信頼する仲間が 愛する者が感染した時の絶望
大事な人が感染した時に迫られる決断

想像しただけで胸が引き千切られそうな想いになるモノばかりだ。

これらの要素を含んだ秀逸なゾンビ作品が溢れる現代において、今作で描かれるゾンビ要素は酷くチープである。

ゾンビがもたらす恩恵を活かしきれていない
すべて捨てている。

主要人物達の圧倒的な強さは、噛まれる以外に感染方法がない今作においてはデメリットでしかない
スリルが サスペンスが生まれない
返り血を浴びることだとかに感染の危険は伴わないのだろうか。

只々ゾンビを圧倒していくだけのゾンビ無双であった。

伏線めいた描き方を何度もするくせに、ウィルスの発端 ゾンビの存在 その真意が何であるのかを描くことは一切ない。

そして、これから書くことは もしかしたら日本人特有の感じ方なのかもしれない。
サムライ ニンジャ カタナ等、誤った日本文化が大好きな外国人にとって 気にも留めないことなのかもしれない。

劇中において、中国や日本の武術がリスペクトされている。
そのスキルを持った者は、一騎当千の力を発揮し ゾンビを葬っていた。

だが、本来その力を発揮するためには「心技体」を極めている必要があるはずだ。

まるですべての真髄を会得したかのような戦いぶりの登場人物達であるが、皆心の強さが 真の心の強さが欠けていた。

技術的には 肉体的には伴っていたのかもしれないが、今作の肝である「高慢」と「偏見」を宿した者がそのすべてを会得していることなどありえない。

その破格の強さには 違和感しか感じられなかった。

そのズレた精神は、作品の構成にも影響していたのかもしれない。
描かれるラストシーンには反吐が出る。

物語終盤の出来事を 決断を 登場人物達の決死の覚悟を亡き者にしていた。
何のために描かれた終盤だったのだろうか。

不朽の名作、感染。

そのキャッチコピーはある意味正しい。
ゾンビのことではない
その浅い描き方に感染したことで、「高慢と偏見」はツマラナイ作品へと堕ちてしまった。

キュートでクールでセクシーな俳優陣のおかげで一応観ていられますが、胸に響くモノは皆無 。

本来の「高慢と偏見」要素に触れたいのであれば、ローレンス・オリヴィエ主演の「高慢と偏見」かキーラ・ナイトレイ主演の「プライドと偏見」を観た方がいい。

ゾンビ要素に触れたいのであれば、世の中にたくさんある素晴らしいゾンビ映画の数々を観た方がいい。

今作はどちらの観点においてもザンネンな仕上がりでした。

Writer

ミヤザキタケル
ミヤザキタケル

映画アドバイザー 元俳優 ライター 映画イベントMC。Instagramを中心に最新映画から懐かしの映画まで幅広く紹介。「ファイトクラブ」 「GO」「男はつらいよ」がバイブル。好きな監督はウディ・アレン。お仕事のご依頼はa.safety.pin.storm@gmail.comまでお願い致します。

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