『ブレードランナー』レイチェルは何処へ消えた?悲運の女優ショーン・ヤングの半生と現在【はじめてのブレードランナー3】

はじめにお断りしておきますが、この稿をしたためている時点では(2017年10月26日)、筆者は『ブレードランナー2049』をまだ鑑賞しておりません。映画情報サイトに寄稿する立場にありながら、スター・ウォーズと同じくブレードランナーにも特別な思い入れを持つあまり、公開の1ヵ月前からほぼ全ての事前情報をシャットアウト。ともすれば海外の性質の悪いファンが本編のネタバレをぶっこんでくる恐れもあるのでSNSのアカウントも閲覧を封印しております。故にブレードランナー続編『2049』の内容にチラッと触れるようなことがこの記事にあっても、決して筆者が意図したものではなく、あくまで前作『ブレードランナー』において重要な登場人物であったキャラクターを掘り下げるという趣旨でございますので、何卒ご理解と事前承諾のほどよろしくお願いいたします。

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さて、1982年公開、後にSF映画の金字塔とまで呼ばれるようになった『ブレードランナー』、この作品の登場人物の中で、デッカード(ハリソン・フォード)とロイ・バティー(ルトガー・ハウアー)の二人を除いて、最も観客の印象に残ったキャラクターと言えば、誰もが美しき女性レプリカント、レイチェルを挙げるのではないでしょうか。人間離れした圧倒的美貌と、ほとんど動かない表情、そして醸し出す憂いを含んだ物悲し気な雰囲気は、「人類の完璧な代替品」としてのレプリカントに有無を言わさない説得力を与え、作品世界のリアリティの構築に大きく貢献していました。

また彼女の存在そのものが、作品のテーマに直接結びついており、映画『ブレードランナー』の最重要キャラクターだったといっても決して過言ではありません。レイチェルを演じたのは、アメリカ人女優のショーン・ヤング。しかしこれほど有名な作品において、鮮烈な印象を残しながら、今日では彼女の名前を聞くことはほとんどありません。それは何故なのでしょうか。

ショーン・ヤングが表舞台から去った理由

ブレードランナー

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ショーン・ヤングは1959年11月、アメリカはケンタッキー州のルイスヴィルで生まれました。テレビの大物プロデューサーを親に持つ彼女は、ミシガンにあるインターラーケン・アート・アカデミーのハイスクールへ進学、ニューヨークへ居を移してからはバレエダンサーになるべくダンスや演劇を学びますが、途中でその道を諦めモデルとして活動、やがて女優への道を歩みはじめます。

その美貌であっという間に頭角を現した彼女は、20歳そこそこにしてジャームズ・アイヴォリーの『ジェーン・オースティン・イン・マンハッタン(1980)』(アリアドネ役)や、ビル・マーレイの主演コメディ映画『パラダイス・アーミー(1981)』(ルイス・クーパー役)等の話題作に立て続けに出演します。そして『ブレードランナー』のレイチェル役のオーディションへ参加するに至るわけですが、当時の有名女優がズラッと名を連ねた50人を超える候補者の中でも、やはり彼女の存在感は群を抜いていました。

ポール・M・サモン著の『メイキング・オブ・ブレードランナー』の中で監督のリドリー・スコットがインタビューでショーン・ヤングを「彼女は完ぺきだった。まるでレプリカントの容器から今でてきたようだった」と評しています。当初レイチェル役に監督が求めたイメージは『風の共に去りぬ』のヴィヴィアン・リーや、『ギルダ』のリタ・ヘイワースのような雰囲気を持つブルネットの女優だったそうです。現在から振り返ると、リタ・ヘイワースの妖艶なイメージはともかく、ヴィヴィアン・リー演じるスカーレットは確かにレイチェルを彷彿とさせなくもないですね。もとい、監督お墨付きのハマリ役を得たショーン・ヤングが『ブレードランナー』においてどのようなインパクトを残したか、言を重ねるまでもありません。

不遇のキャリア

やがて世界中を巻き込んだ巨大なカルト映画へと成長した『ブレードランナー』を経て、ショーン・ヤングの一流女優としてのキャリアも順風満帆かと思えました。1980年代は出演作も相次ぎデヴィッド・リンチ監督の『砂の惑星:デューン』(1984)やケヴィン・コスナー主演で濡れ場が話題となった『追いつめられて』(1987)などの質はともかくビッグバジェット作品に登場しています。しかし、その運命が暗い方へと傾くのは、80年代後半から90年代初頭。まずプライベートで、共演作(『THE BOOTS/引き裂かれた愛』(1988))が縁で交際していたIQ180の俳優ジェームズ・ウッズから、破局後につきまとったとしてストーカー行為を訴えられ、その奇行が世間の耳目を集めてしまいます。そしてなんといっても1989年、出演が決まっていた、後に大ヒットする超有名作品の乗馬トレーニング中に骨折、役を降りざるをえなくなってしまいます。THE RIVER読者の皆様には驚いて頂けると思うのですが、その作品とはティム・バートンの『バットマン』(1989)。ショーン・ヤングが演じるはずだった役はヴィッキー・ヴェイル、ヒロインでした。いまさら説明するまでもないですが、ティム・バートン版バットマンは、1989年のアメリカ年間興行収益ランキングで2位の『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』をはるかにぶっちぎって1位を獲得。現在へと続くアメコミ映画の潮流のまさに原点といっていい作品です。代わりに役を得る形となったキム・ベイシンガーの現在まで続く華やかなフィルモグラフィーを鑑みれば、ショーン・ヤングの無念たるや凄まじいものがあったでしょう。

さらに悪いことは重なるもので、『バットマン』公開の翌年の1990年に公開された主演作『死の接吻』での演技で、ラジー賞のワースト主演女優賞と助演女優賞をダブル受賞してしまいます。日頃のあまり芳しくない行状と、そしてこの受賞がほぼ決定打となり(主演作も大コケ)、ショーン・ヤングは「イロモノ」女優としてのレッテルが定着、出演依頼がくる作品の質も量も徐々に低下していき、やがてスクリーンで姿を見れなくなってしまいました。

現在の活躍

ショーン・ヤングの「奇行」として3つ有名なエピソードがあります。1つは前段の元恋人へのストーカー行為。2つめは『バットマン リターンズ』への出演を直訴すべく撮影中のティム・バートン監督のもとへ手作りのキャットスーツを着て現れたこと。3つ目は2012年、アカデミー賞のアフターパーティーへ入場しようとして、警備員に招待状を持っていないとして遮られ、その警備員を平手打ちして逮捕されてしまったこと。

普通に聞くとお騒がせ女優の笑い話。どれも身から出た錆と片付けてしまえばそれまでですが、「こんなはずじゃなかったのに」という彼女の心の叫びが聞こえるような気がして、『ブレードランナー』を愛する身としてとても切なく寂しい気持ちになります。歴史にタラレバはありませんが、「もし、彼女が『バットマン』に無事出演していたら?」その未来を観てみたかった気がしませんか?

2017年現在、ショーン・ヤングはテキサス州オースティンに在住。「オースティンフィルムツアー」というオースティン発の映画ロケ地めぐりツアーのベンチャービジネスを立ち上げ、元気に暮らしているそうです。紆余曲折あったようですが、彼女の映画に対する愛情はいまだ健在なのでは、といったところで拙稿を締めくくらせて頂きたいと思います。

特集:はじめてのブレードランナー

About the author

1977年生まれ。スターウォーズと同い歳。集めまくったアメトイを死んだ時に一緒に燃やすと嫁に宣告され、1日でもいいから奴より長く生きたい不惑。

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