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【インタビュー】『ストックホルム・ケース』のイーサン・ホーク新境地 ─ 素早く完成の強盗映画、監督が解説

ストックホルム・ケース
(C)2018 Bankdrama Film Ltd. & Chimney Group. All rights reserved. 

『ストックホルム症候群』という言葉をご存知だろうか。誘拐や監禁事件において、被害者が犯人との間に心理的なつながりを築く心理現象のことだ。

この現象の語源となったのが、ストックホルムで実際にあった銀行強盗事件。強盗が人質を取って銀行に立てこもったのだが、その5日の間で人質が犯人に好意を抱き、犯人をかばうなど協力的な行動を取るようになったという。

この奇妙な実話を、イーサン・ホーク主演で映画化した『ストックホルム・ケース』が、2020年11月6日より日本で劇場公開となる。監督は、『ブルーに生まれついて』(2015)でイーサンと共に伝説的ジャズ・ミュージシャンのチェット・ベイカーの半生を綴ったロバート・バドロー。今作ではイーサンに、ハイテンションでクレイジーな強盗犯を演じさせた。共演には『キングスマン』シリーズなどでおなじみのマーク・ストロングに、『ミレニアム』シリーズのノオミ・ラパスを迎えている。

ストックホルム・ケース
© 2018 Bankdrama Film Ltd. & Chimney Group. All rights reserved.

監督は雑誌「ニューヨーカー」の記事を読んでこの事件に惹かれ、一気に映画化したという。ボブ・ディランの名曲と共に、クライム映画ならではのスリルの中にも、お茶目なイーサンのダークユーモアも加えて仕上げた一作。THE RIVERでは、カナダはトロントにいる監督とビデオ通話をつなぎ、一対一の単独インタビューを行った。

ストックホルム・ケース
ロバート・バドロー監督。(C)2018 Bankdrama Film Ltd. & Chimney Group. All rights reserved.

イーサン・ホークの新たな一面が観られる

──映画『ストックホルム・ケース』が、2020年11月6日よりついに日本で劇場公開になります。製作からは2年くらい経つと思いますが、改めて本作を振り返っていかがですか?

いつも映画を撮り終えると、振り返ってどうだったかを考えるんですよ。私がこのストーリーに惹かれたのは、奇妙でダーク、コミックっぽさもあるところ。振り返ってみても、この実話はなんてクレイジーだったのかと驚かされんます。この映画を通じて、ストックホルム症候群や登場人物について、より深く学ぶことができました。

──主演のイーサン・ホークは『ブルーに生まれついて』からの再タッグですね。『ブルーに生まれついて』の繊細さとは全く違う演技を見せてくれています。イーサンは監督のファースト・チョイスだったんですか?

はい。まずイーサンに、映画の原案になったニューヨーカーの記事を見せたんです。この役をオファーしたのはイーサンだけでした。ありがいことに、彼もすぐに快諾してくれました。

──オファーを受けたイーサンは、はじめどんな反応でしたか?

興奮していたと思います。こんなカラフルなキャラクター、イーサンはこれまであまり演じたことがないですから。今作はコメディでもありますが、シリアスなドラマでもある。彼にとってちょっと新しい役だと思います。

イーサンは役者歴も長いですが、彼はいつも新しいチャレンジを求めている。それに『ブルーに生まれついて』で良い関係も築けたから、新しいチャレンジに今作はもってこいでした。

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──今作でイーサンが演じた強盗ラースは、クレイジーでファニーですが、繊細さもある弱い男でした。彼の二面性が見どころですよね。

今作はアイデンティティに対する映画です。彼はコスチュームを着て、ウィッグをかぶって、クレイジーな恰好をする。イーサンにとっても、こういうアイデンティティを演じるのは面白いことだったと思います。やっぱり彼は人を共感させる力を持つ役者。観客は彼のことが好きになってしまいますよね。この役ではダークな面もある。それは彼にとっても挑戦的だったと思います。

──ちなみにラースは、実際の史実にどれくらい忠実なんですか?

実際の彼はスイス人で、アメリカ文化に傾向していました。スティーブ・マックイーンの『ゲッタウェイ』(1972)に夢中で。イーサンはそのアメリカ傾向ぷりを少し誇張しています。

──1960〜1970年代のファッションがとても印象的です。

イーサンの場合、彼のキャラクターは60年代後期を振り返るようなファッションです。衣装は『イージー・ライダー』(1969)のピーター・フォンダとデニス・ホッパーを混ぜた感じ。ジャック・ニコルソンもですね。『イージー・ライダー』のキャラクターたちから拝借して混ぜています。

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イーサン・ホークとマーク・ストロングの共演

──グンナー役のマーク・ストロングはいかがですか?

マーク・ストロングのグンナーは、スイスのロックンロール・ギャングという感じ。マークにロックンロールなウィッグを被せたり、デニムジャケットやハットを着せるのは楽しかったです。彼のキャラクターは強くて、やろうと思えば彼の単独映画も出来るくらい。撮影が始まってみると、彼のキャラクターでミニシリーズが作れちゃうかもと思いました。それくら魅力的なキャラクターです。

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──イーサンとマークの共演はいかがでしたか?

イーサンはエンタメ・コメディな演技と、ドラマチックな演技をミックスしてくれています。ノオミ・ラパスが演じるビアンカとの関係も見どころです。マークは強くて物静かな男。イーサンのアニキみたいなキャラクターです。とにかくマークの存在感がすごい。特に何もしなくてもストロングです。

──現場でのイーサンとマークはどんな様子でしたか?

素晴らしかったです。マークの役はそこまで大きくないにせよ、素晴らしいアンサンブルを奏でています。マークはイーサンのエネルギーをよく分かっていて、イーサンを引き立たせるよう楽しく演じてくれました。

──この映画は物語の大部分が、銀行内という限られた土地で進行していきます。撮影は難しかったのではないでしょうか?

はい。挑戦的でしたが、面白かったです。たとえロケーションが限られていても、視覚的に魅力を持たせ、全体のペースも保ちたかった。そのためにはクリエイティブにならなくちゃいけないし、観客の注意を引き続けられる、視覚的にもバラエティに富んだキャストが必要になってきます。

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──今作は基本的にはクライム映画ですが、コメディ要素も大きいですよね。こういった配合は、ニューヨーカーの記事を最初に読んだときから考えていたのですか?

もともとの話がダークなコミックのようで、コメディ要素は始めからあったと思います。だから特に加えることはしていません。というか、実際にはコメディ要素を少しトーンダウンさせたくらいなんですよ。史実がクレイジーすぎて、逆にこれはできないと思って。もちろん純粋なコメディというわけではありません。人の命もかかった話ですからね。なので、 (シリアスとコメディの)奇妙なミックスという感じで、そこに惹かれたんです。

──製作にあたっては膨大なリサーチをしたとお聞きしました。ストックホルムで警察の報告書、アーカイブを調査し、警察博物館を訪れて、写真、文書、警察の筆記録も入手したのだとか。大量の資料に囲まれて、圧倒されませんでしたか?

ちょっと圧倒されました。でも、ストーリーをシンプル化して要約したいと思って。史実のディテールのいくつかも取り入れましたが、それよりも別のところやキャラクターに心惹かれたんです。ドキュメンタリーや、全10話のミニシリーズにすることも出来たでしょう。ただ、私が求めたのはもう少しライトなやり方だったので、題材のスピリットは保ちながら、全てに忠実になりすぎないように考えました。

──今作で参考にした強盗映画はありますか?

一番影響を受けて、自分的なガイドになったのは、『狼たちの午後』(1975)ですね。アル・パチーノが主演の作品で、悲しくて。『ストックホルム・ケース』とはトーンこそ違うものの、似た部分があります。

──監督の好きな映画は『レイジング・ブル』(1980)だそうですね。『ストックホルム・ケース』も『ブルーに生まれついて』も実話ものですが、なぜ実話に惹かれるんでしょう?

うーん、良い質問ですね。自分は創造されたものより、実在するものに惹かれるんだと思います。歴史や、歴史上の人物が、どう現在に結びつくかという考えが好きで。私も伝記もの以外のコンセプトを展開しようとはいつもしているんですが、やっぱり伝記ものに惹かれます。それに役者のこともあって。私は素晴らしい役者と仕事がしたいと思っていますが、伝記ものは素晴らしい役者も惹きつけるものなのです。

──もう次回作は決まっているんですか?

次回作は『Delia’s Gone(原題)』というもので、次はオリジナル・コンセプトです。だから今までとは少し違うかも。『Delia’s Gone』っていうのはジョニー・キャッシュやボブ・ディランの曲のタイトルです。その曲が題材というわけではないですよ。でもキャラクターは古いフォークソングのスピリットを受け継いでいます。

※このインタビュー後日、『Delia’s Gone(原題)』には、MCU版『スパイダーマン』でメイおばさんを演じるマリサ・トメイ、『ビール・ストリートの恋人たち』(2018)のステファン・ジェームス、『リチャード・ジュエル』(2019)のポール・ウォルター・ハウザーが出演することがわかった。有罪判決を受けた自閉症の男がケアホームを脱走し、姉デリアの真実を求めて暴力とあがないの旅に出る物語になるという。

『ストックホルム・ケース』は素早く完成した

──“ライターズ・ブロック”(物書きのスランプ、煮詰まった状態)になったらどうしていますか?

いつもダラダラして別のことをやります。ただ座って、ぼーっとスクリーンを眺めることも。でも、何も思い浮かばない時は散歩をしたり、違うことをやったりします。そうするとパッとアイデアが浮かんだりする。最近はあまり時間を無駄にしないほうがいいと学びました。あまり自分を追い込まないようにしています。

──今作を書くのは難しかったですか?

いや、『ストックホルム・ケース』はこれまでで一番早く、一番ラクに仕上がった脚本なんですよ。もともと魅力たっぷりの記事があったし、イーサンの主演もすぐに決まりましたから。あらゆることが早い段階で揃ったんです。脚本の主要なところは、3〜4ヶ月で書き上がりました。でも今回は特別早かった方ですよ。普段はもっとキツいし、もっと遅い。

──普段はどれくらいかかるものなんですか?

だいたいの企画は2〜3年とか、5年とか。それが普通ですよ。『ストックホルム・ケース』は企画を始めてから撮影終了まで、7〜8ヶ月でした。早かった。いつもこれくらいだったらいいんですけどね。

──『ブルーに生まれついて』の時は?

『ブルーに生まれついて』に取り掛かった時は、その当時はまだフルタイムでやってなかったけど、それでも6年かな。

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コロナ禍と映画業界

──新型コロナウイルスの影響で、様々な映画が劇場公開を断念して配信に切り替えたり、公開を来年、再来年へ延期したりしています。映画業界は不安定な状況が続いています。

とても恐ろしいです。配信まわりの事情が変わってきていて、劇場関係者は厳しくなってきている。コロナ禍もさらに酷くなってきているように思います。独立系の小劇場はこれからもっと絞られていくのでしょう。スタジオはテーマパークのような巨大シリーズものをやりたがる。しかし、伝統的に語られてきたインデペンデント映画向けの物語は、今やテレビのリミテッドシリーズ行になっています。インデペンデント映画が劇場でかかる余裕がどんどん限られていっているんです。コロナ禍でそれはさらに加速する。悲しいことですが、進化も必要です。じゃないと、何もできなくなってしまう。

──監督もオンライン配信に向けた作品作りを考えることはありますか?

それは私次第じゃないんです。私は劇場向けを想定して映画を作る。でも最終的にAppleやAmazon、Netflixといった配信事業者が映画を買うこともあるでしょう。そうなると、配信映画になるというわけです。

個人的には劇場公開になってもらうのが良いです。なぜなら、劇場でかかる方が、パブリシティ的なインパクトがあると思うから。まぁ、そういう考えももう古くなってきているのかもしれません。

でも、今になって特に考えるんですが、物語によってはストリーミングで語るのが最適ということもあるでしょう。映画次第かな。映画館が合う映画もあると思いますし。TVドラマも今は素晴らしいですね。すごく良いドラマがたくさんある。

まぁ、時代も変わっています。私達もある程度変化して、適応しなければ。そこを心配することはありません。良い映画を作ることさえできれば、どんなスクリーンにも適応してくれるだろうから。

──ちなみに最近ストリーミングでなにか観ました?

『マリッジ・ストーリー』(2019)なんかは去年のお気に入りです。あれは私にとっては映画館で観るべき映画ですね。良い映画はたくさんありますが、残念ながらそういう映画はまだまだマイノリティ映画。AmazonやNetflixはそういう高予算の作家主義映画をあまり作りません。でも、そういう映画が私は好きです。なぜなら劇場映画だと思うから。

──このパンデミックや自粛生活で、クリエイターとして何か変化はありましたか?

今の所はバーチャル会議が増えたくらいかな。私はライターだから自宅でひとり仕事をすることには慣れているんです。外に出て大勢の人と合うのは2、3年に一度です。コロナ禍での映画撮影のあり方は変わっていくでしょう。でも、私にとって大きな変化はさほど起こっていません。

──コロナ禍がなければ、この映画のプレミアで日本に来られればよかったですよね。

本当にそうですよね。以前、東京国際映画祭で日本に行ったときは素晴らしい時間を過ごしました。『ブルーに生まれついて』の時で、2016年の秋だったかな。あれが初めての日本。大好きです。だから是非とも日本に行きたいものですが、今はあいにく旅行できません。

東京では街を散歩して楽しみました。田舎の方にも小旅行しましたね。上海には行ったことがあったので、2度目のアジア体験でした。

初めての日本では民度の高さに驚かされました。技術も発達している。それに日本の観客は音楽や映画に対して、別次元の敬意を抱いているように思います。『ブルーに生まれついて』はチェット・ベイカーの物語でしたが、日本の観客はジャズを愛していますよね。ヨーロッパの人々並にジャズ好きだと感じました。アメリカではそうもいかないんです。日本人の芸術に対する称賛ぶりは、アメリカ人よりもずっと素晴らしい。

──ありがとうございました。最後に、日本の観客にメッセージをお願いします。

みなさんに映画を楽しんでいただいて、新しい発見をしてもらえると嬉しいです。『ストックホルム・ケース』に出てくるキャラクターや事件は、今の時代にも重要なことだと思います。でも一番は、ただただ楽しんでいただきたいです。

ストックホルム・ケース
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『ストックホルム・ケース』は2020年11月6日(金)、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿、UPLINK 吉祥寺ほか公開。

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THE RIVER編集部THE RIVER

THE RIVER編集部スタッフが選りすぐりの情報をお届けします。お問い合わせは info@theriver.jp まで。

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