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【ネタバレ】『サスペリア』ティルダ・スウィントン、一人三役の意味とは ─ 配役に隠された秘密、特殊メイクの裏側

サスペリア
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『君の名前で僕を呼んで』(2017)のルカ・グァダニーノ監督によるリメイク版『サスペリア』には、ダリオ・アルジェント監督の原作映画(1977)になかった要素が多数導入されている。その再構築ぶりは「リメイク」の域を超えており、最低限の設定を踏襲している以外は“ほとんど別物”といっていいほどだ。

そのひとつが、謎に包まれた舞踊団〈マルコス・ダンス・カンパニー〉とダンサーの失踪事件を追う心理療法士、ジョセフ・クレンペラーの存在である。第二次世界大戦のさなかに生き別れとなった妻アンケとの生活を思い起こしながら、クレンペラーは消えたダンサー、パトリシアの行方を探っていく。

クレンペラー役を演じるのは、1936年生まれ、ドイツ出身の精神分析医ルッツ・エバースドルフ。その正体は、マダム・ブラン役のティルダ・スウィントンである。ティルダは全身に特殊メイクを施して82歳の男性となったほか、本作でさらにもうひとつの役をこなしているのだ。
なぜ、彼女は『サスペリア』で一人三役を演じることになったのか? 本記事では監督やティルダ本人による解説から、舞台裏と配役の意図を読み解いていきたい。

この記事には、映画『サスペリア』のネタバレが含まれています。

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クレンペラー役ルッツ・エバースドルフ、実在しない

リメイク版『サスペリア』において、ティルダは舞踊団〈マルコス・ダンス・カンパニー〉の振付家マダム・ブラン役としてクレジットされている。一見するとプロフェッショナルの集う舞踊団だが、その内実は“ある巨大な構造”によって支えられた女性たちの集団。主たる構成員であるブランや寮母たちは、ある存在を維持すべく懸命に努めているのだ。そのカリスマ性と知性、厳しさによって舞踊団を率いていたブランは、突如現れた“アメリカ娘”の主人公スージー・バニヨン(ダコタ・ジョンソン)の実力に惹きつけられていく。

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ティルダの二役目にあたる心理療法士ジョセフ・クレンペラーは、ブランとは一見対極に位置する人物といっていい。かたや舞踊団の先頭に立つ者、かたや舞踊団の謎に迫ろうとする者である。性別すら異なるとあっては、もはや重なるところは皆無ではないか。
本作が撮影されていた2018年2月、クレンペラー役をティルダが演じていると報じられた際、グァダニーノ監督は「完全なるフェイクニュース」だと否定していた。ティルダの一人二役は、それほどまでに伏せておきたい情報だったのだ。

しかし2018年10月、ティルダとグァダニーノ監督はこの事実を公にすることとなった。米The New York Timesの取材に対して、ティルダはこのように回答している。

「“あなたがクレンペラー医師を演じているんですか?”と聞かれたら、私はいつも、“クレンペラー医師はルッツ・エバースドルフが演じています”と答えています。だけど不思議なことに、今までそのように考えた方は誰もいないんですよ。」

ここでティルダは、あえてこのように述べてもいる。「あなたがルッツ・エバースドルフなんですか?」と尋ねられれば、その答えは「完全にイエス」だというのだ。『サスペリア』の公式サイトや劇場パンフレットにはルッツ・エバースドルフのプロフィールが詳細に記されているが、もちろんこれらは本作のためだけに用意されたもの。なんて手の込んだことを……。

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特殊メイクの裏側、クレンペラーと妻アンケ

『サスペリア』の撮影中、ティルダは1日4時間におよぶ特殊メイクによって82歳の老人ルッツ・エバースドルフに変身し、クレンペラーを演じた。特殊メイクを担当したのは、同じくティルダが老婆に変身した『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)を手がけたマーク・クーリエ。いわく、「ティルダは男性的にも女性的にも見えますが、骨の構造は非常に女性的なんです」とのこと。それゆえティルダは首を太くし、男性らしい顎を作り、さらに性器を装着して撮影に臨んだ。

クレンペラー役を演じている最中、ティルダは撮影現場にて「ルッツ・エバースドルフ」の名で呼ばれることを求めたという。それゆえエキストラやスタッフの多くは、クレンペラーをティルダが演じていることを知らなかったそうだ。

では、どうして彼女は偽名を使用し、特殊メイクを使用してまで一人二役を演じることになったのか? こう問いかけられたティルダは、「なによりも楽しいからですよ。祖母がそうだったように、生きることと死ぬことは“退屈しない”がモットーなので」とうそぶく。

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しかしもちろん、そんなはずはない。リメイク版『サスペリア』ほど細部にまで意味と謎が込められた作品において、「楽しいから」というだけでティルダが一人二役を演じているわけがないのだ。たとえばグァダニーノ監督は、『サスペリア』を女性性についての映画だと捉えてきたことを明かしている。

「『サスペリア』の核には“女性であること(femininity)”という要素があります。すばらしい映画であるために、型にはまらないことを大切にしました。」

女性性、あるいは“女性であること”。こうしたテーマを劇中に一貫して浮かび上がらせるため、監督はクレンペラー役を女優に演じさせたのだろう。一方でティルダは、自身が演じたクレンペラーと女性たちの関係をこのように指摘してもいる。

「無意識を理解している精神分析医や精神科医は、あらゆる妄想に無意識の存在があることを知っていて、真実を伝えようと試みます。しかしクレンペラーは、失った妻(アンケ)の幻影に取りつかれてもいる。これは非常に重要なところで、彼も一人の女性に“操られている”んです。家族を亡くした孤独が日々重なるなかで、彼女はクレンペラーの生活のリズムを決定づけていますよね。」

主人公スージー・バニヨンは、自分こそがメーター・サスペリオルムであることを明かしたのち、舞踊団の支配者であるヘレナ・マルコスを支持した寮母たちを次々に血祭りにあげていく。その恐るべき力はクレンペラーにも伸ばされるが、彼女は決してクレンペラーの命を奪うことはしなかった。スージーはクレンペラーから、スージーやサラ、パトリシア、そしてアンケの記憶を消し去ってしまうのだ。

なぜスージーは、愛する妻の記憶をもクレンペラーから奪ったのだろう。その理由は、ティルダのコメントを参考にすると格段に理解しやすくなる。舞踊団と儀式の犠牲となったサラとパトリシアを静かに永遠の眠りに就かせたように、スージーはクレンペラーをある意味で解放したのである。

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三役目、ヘレナ・マルコスを演じる意味

しかしながらここまでの解説では、「クレンペラーを女優が演じる意味」そして「クレンペラーと女性たちの関係」までは理解できても、「なぜクレンペラーをティルダ・スウィントンが演じなければならなかったのか」という最大の疑問に答えを出すことはできない。そしてその答えは、ティルダの三役目にこそ隠されているのだ。

映画のクライマックス、スージーが最後の儀式に臨むと、そこには舞踊団が断固として維持しようとしてきたヘレナ・マルコスの姿がある。腫瘍のようなものに皮膚を覆われ、まさしく怪物そのもののように醜い見た目をしたヘレナ・マルコスこそが、本作でティルダが演じている三役目だ。彼女は生存のため、その魂の“器”となる新たな肉体を求めている(もっともリメイク版最大のサプライズは、メーター・サスペリオルムがヘレナ・マルコスではなくスージーだったという点にあるわけだが)。

振付家マダム・ブラン、心理療法士ジョセフ・クレンペラー、そして“魔女”ヘレナ・マルコス。これら3人の登場人物を、グァダニーノ監督は意図的にティルダに割り当てたという。むろん、これらの役柄はある一点ではっきりと結びつく。

「この映画は精神分析学に強く関係する作品です。ティルダだけが自我(ego)、超自我(superego)、そしてイド(ido)を演じられるというアイデアが気に入ったんですよ。」

イドとは人間のもつ本能的な欲望を指しており、これは「エス」ともいわれる。かたや超自我は外界から与えられた道徳やルールの無意識的な理解を指している。そして自我は、イドと超自我の双方に耳を傾けて行動する“調整役”だ。

グァダニーノ監督は、あえてどの役柄がどの側面を指しているかを明言していない。おそらく若い肉体を欲するヘレナ・マルコスがイド、自身の孤独を抑圧しながら舞踊団の暗部に迫るクレンペラーが超自我、舞踊団の暴走を抑えながらその筆頭者を務めるブランが自我だと思われるが、これはあくまで筆者の解釈である。ラストの儀式における三者の立ち位置から、マルコスとブランの間に挟まれたクレンペラーこそが自我であり、ブランは超自我なのだという見方もできるだろう。

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本作における一人三役について、ティルダは「みなさんを騙す気はありませんでした」と述べている。そもそも製作チームにとって、クレンペラーを演じている人物の正体は解明されないはずだったというのだ。それにしては一人三役の意味が深すぎるというものではあるが、ティルダはかつての望みをこのように語っている。

「この(クレンペラーの正体に関する)質問をまったくされないことが私の望みでした。もともと、ルッツ・エバースドルフは映画の編集作業中に死んでしまって、映画のクレジットに彼への追悼文を出すというアイデアがあったんです。」

映画『サスペリア』は2019年1月25日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国の映画館で公開中

『サスペリア』公式サイト:https://gaga.ne.jp/suspiria/

Sources: The New York Times, VF, Yahoo!

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。