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なぜ『マイティ・ソー バトルロイヤル』監督は『モアナと伝説の海』を離脱したのか ― 本人が当時を振り返る

タイカ・ワイティティ
Photo by Gage Skidmore https://www.flickr.com/photos/gageskidmore/36201776766/

映画『マイティ・ソー バトルロイヤル』を手がけたタイカ・ワイティティ監督は、ニュージーランドを拠点にインディペンデント映画を数々発表してきた鬼才である。日本で観られるのは『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(2014)と『ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル』(2016)のみだが、それ以前にも自身のユーモアセンスとドラマ性を詰め込んだ作品を多数製作しているのだ。

実はワイティティにとって、『マイティ・ソー バトルロイヤル』は初めての大作映画ではない。ディズニーによるアニメーション映画『モアナと伝説の海』(2016)で脚本の初稿を執筆し、そこでプロジェクトを離脱しているのである。
しかし完成した映画に、彼が執筆した内容はほとんど残っていない。なにしろその脚本ではモアナに6人の兄弟がおり、物語はその家族関係に焦点が当たっていたというのだ。彼自身、本編に生かされたのは「屋外・海・昼間」という場面設定だけだと冗談を口にするほどである。

『マイティ・ソー バトルロイヤル』で高く評価されている現在、英ガーディアン紙にてワイティティが当時の様子を振り返っている。どのようなモチベーションで『モアナと伝説の海』に参加していたのか、そしてなぜプロジェクトを離脱するに至ったのか……。

タイカ・ワイティティ
Photo by Gage Skidmore ( https://www.flickr.com/photos/gageskidmore/36201776766/ )

マオリ族のハーフとして、一人の映画監督として

ワイティティが『モアナと伝説の海』に参加していたのは2012年のこと。登場人物のひとり、マウイのモデルとされるニュージーランドの先住民マオリ族のハーフである彼は、完成した映画を観て「ほっとした」という。

「太平洋の文化をはずかしめるものになっていなくて、安心しました。すごく心配していたし、とても緊張していたんです。“ウソだろ、こういう映画に関わってるのかよ?”って時々自問していたんですよ。」

この言葉からは、製作途中の『モアナと伝説の海』がワイティティ監督の思いに沿わないものだったことがうかがえる。それもそのはず、ワイティティ自身はニュージーランドの先住民文化を作品に直接反映することが多く、それが彼の映画をユニークなものにしている部分すらあるのだ。むろん、そこにはステレオタイプな描写を徹底して避けようという強い意志がある。『モアナと伝説の海』に参加した際のモチベーションも、作家としての意欲よりもそちらの側面が強かったようだ。

「(描写に対して)鈍かったり、浅かったりするものを作らずにすむように、太平洋や(実際の)コミュニティから来た人間の参加が期待されているんだと思いました。脚本の時点でできることや、ひどい映画にしないために手伝えることがあるならと挑戦したんです。」

ところがワイティティは、脚本の初稿を執筆した時点でプロジェクトを離脱することを決めている。

「することがなくて、つまら……」

インタビュアーは「つまらなくなった」という言葉を彼が飲み込んだと記している。その言葉をすべて口にする代わりに、本人は次の言葉を続けたというのだ。

「ずっとこういうことをするなら、自分自身の作品をまた作りたいという思いに落ち着いたんです。代わりにヴァンパイアの映画を作りたいって。単純に、ここ(アメリカ)に住んでいたくなかったし、オフィスで働きたくなかったし、ほかの誰かの映画を書きたくなかったんですよ。」

こうなると、「つまらなくなった」という言葉をそのまま受け止めていいかどうかは難しいところであろう。すなわちワイティティは、作家としての欲求とは別のモチベーションで『モアナと伝説の海』に参加し、その結果、むしろ自分自身の欲求を呼び覚まされることになったのだ。そののち、彼はニュージーランドにて『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』の製作に着手している。
なお、『モアナと伝説の海』のプロデューサーであるオスナット・シューラー氏は、のちにワイティティの脚本について「太平洋諸島のユーモアの精神を映画にもたらしてくれた」語っている

現在、ワイティティは完成した『モアナと伝説の海』を「良かった」といい、その描写やユーモアを肯定的に捉えているようだ。

「敬意を払わなきゃいけない、というのが危ないところなんですよ。太平洋諸島の人たちやポリネシア人ほど、敬意のないユーモアを使う人たちはいませんからね(笑)。ですが、アメリカで別の文化を描いた映画を作り、過去にマイノリティの描写を批判されている以上、彼らは少しでも安心なものを作らなくてはなりませんから。」

ところで『マイティ・ソー バトルロイヤル』が無事に公開された現在、2017年いっぱいまでワイティティはロサンゼルスにオフィスを構えて活動しているという。こうした動きは初めての挑戦だというが、それもそのはず、いまや彼には複数のプロジェクトが待機しているのだ。実写版『AKIRA』の契約交渉も報じられているあたり、もしや今後はハリウッドの大作映画へと軸足を移していくのだろうか……?

「(『マイティ・ソー バトルロイヤル』の後は)インディペンデント映画に戻ります。うまくいけば、それから戻ってきて別のスタジオ映画をやると思いますね。僕は二つの世界に住んでいたいんです。」

映画『マイティ・ソー バトルロイヤル』は2017年11月3日より全国の映画館にて公開中。

Source: https://www.theguardian.com/film/2017/mar/21/taika-waititi-on-shaking-up-thor-and-being-a-hollywood-outsider
https://www.moviefone.com/2017/02/22/disney-moana-politics-taika-waititi/
Eyecatch Image: Photo by Gage Skidmore ( https://www.flickr.com/photos/gageskidmore/36201776766/ )

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。