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【インタビュー】『テッド・バンディ』監督「最も信頼される人が、最低の行為を働くこともある」 ─ 稀代の殺人鬼があぶり出す「悪の本質」とは

テッド・バンディ
©2018 Wicked Nevada,LLC

1970年代に30人以上の女性を惨殺し、“シリアルキラー”の語源となった連続殺人鬼テッド・バンディ。端正な容姿とIQ160の頭脳を併せ持つテッドは、巧みな弁舌とカリスマ性で司法とメディアを翻弄。刑務所には女性からのファンレターが連日寄せられた。脱獄を繰り返し、死刑判決を3度受けるも無罪を主張。世間の注目を集めた裁判には大勢の傍聴人が押し寄せ、史上初のテレビ中継をも行われた。バンディは法的能力を認められ、自らの弁護人として法廷にも立ったのである。

この稀代の殺人鬼に、2つの角度から迫ったフィルムメーカーがいる。ドキュメンタリー映画監督ジョー・バリンジャーだ。2019年、監督はバンディ本人への取材テープなどから事件と人物像に迫ったNetflixオリジナルのドキュメンタリー作品「殺人鬼との対談: テッド・バンディの場合」と、『ハイスクール・ミュージカル』『グレイテスト・ショーマン』のザック・エフロンを主演に迎えた劇映画『テッド・バンディ』を放ったのである。

『テッド・バンディ』が12月20日(金)に日本公開を迎えた今、THE RIVERはバリンジャー監督を直撃した。なぜテッド・バンディなのか、なぜザック・エフロンだったのか。そして何を描きたかったのか。監督にとって、実在の事件を扱う責任とはいかなるものか。作品と創作の真髄を垣間見られる貴重な言葉を、なるべく余すところなくお届けしたい。

テッド・バンディ

テッド・バンディと現代

──「殺人鬼との対談: テッド・バンディの場合」と『テッド・バンディ』、どちらも大変面白く、また興味深く拝見しました。最初に、2019年の今、テッド・バンディという人物を扱おうと決めた理由をお聞かせください。

もともとは2017年の1月に、『Ted Bundy : Conversations with a Killer』(ノンフィクション本)を書いたヒュー・エインズワースから連絡があったことがきっかけでした。「10年以上前に本を書いたんですが、ご存知ですか」と。僕は犯罪ノンフィクションの大ファンなので、もちろん知っていました。その時、彼から「本を書く時に使ったテープが見つかったのだけれど、このテープでドキュメンタリーを作れないか」という申し出があったんです。

最初は自信がなかったので、「テッド・バンディの作品はすでにたくさん作られていますから、やれるかどうか…」とお答えしました。「テープのサンプルを聴かせてください、感想をお伝えします」と言って。それで聴き始めたら、止まらなくなってしまった。すごく有意義、また魅力的で。その時に、ドキュメンタリーとして、バンディの物語を新たに描けると思ったんです。彼自身の言葉を借りて、自分の物語を語る殺人者の精神に焦点を合わせるのは良いアプローチだと。2019年1月には、彼の死刑執行から30周年を迎えるということもありました(※1)。そこで「作れると思います」とお話ししました。テープをNetflixに持って行き、「こういう作品に興味はありますか?」と聞いたら、幸いにも乗ってくれたんです。

それからもうひとつ、この物語を語るべきだと思った理由があります。僕には20歳と24歳の娘がいて――それぞれ良い大学に通っていて、賢い友人がたくさんいるんですが――電話で「テッド・バンディを知ってるか?」と聞いたら、2人とも知らなかった。だから「友達にも聞いてみて」と頼んだのですが、ほとんど誰もテッド・バンディを知らなかったんです。このことが切実な理由になりました。若い世代には、バンディから学べる教訓が非常に重要だと思います。つまり、これこれこういう見た目や振る舞いの人だからといって、無条件に信じられるわけでも、信じるべきでもないということです。

【※1】「殺人鬼との対談: テッド・バンディの場合」は2019年1月24日、バンディの死刑執行当日にNetflixにて配信開始となった。

──その当時から『テッド・バンディ』を作ることも計画されていたんですか?

僕が計画したことではなく、運とタイミングに恵まれました。そういう運命だったんですよ。最初は脚本のある映画を作ると思っていなかったので、ふたつの企画をほぼ同時にやることになって、自分でも驚きましたね。(ドキュメンタリーの)製作が始まって数ヶ月が経ってから、エージェントを相手に、これがいかに良いプロジェクトか、いかに説得力のある番組になるかということを喋りまくっていたら、彼が、『テッド・バンディ』という脚本がハリウッドのブラックリスト【※2】に載っていることを思い出してくれたんです。

それで実際に脚本を読んだら、これがすごく面白かった。特に気に入ったのは、バンディのガールフレンド【※3】の視点から物語が描かれることです。娘の世代がテッド・バンディを知らなかったことも思い出して、これこそ若い世代に届ける絶好の機会だと思いましたね。けれども(実現には)数年かかると思っていました。インディペンデント映画で、特にブラックリストの脚本なら、製作に数年かかることは簡単に想像できますから。

その時、ザック・エフロンが僕と同じエージェンシーに所属しているので、彼がバンディを演じてくれたら最高だと思っていました。そしたら(ザックは)脚本を読むのに数ヶ月かかってもおかしくないところを、頼んだ翌日に読んでくれて、しかも、やりたいと言ってくれたんです。それがカンヌ映画祭の1週間前だったので――カンヌ映画祭はただの映画祭ではなく、映画の権利を売り買いする場所ですから――脚本を読んでから出資を受けるまでは4~5週間の出来事でした。いきなり人気スターの出る映画のゴーサインをもらったわけですが、まだ当時はドキュメンタリーの方を仕上げているところでした。すべては偶然に、きわめて自然な形で決まっていったんですよ。

【※2】映画化が実現していない優れた脚本が登録される。
【※3】テッド・バンディの恋人だったエリザベス・クレプファー(愛称:リズ)。1988年にテッドに関する回顧録『The Phantom Prince: My Life with Ted Bundy(原題)』を出版している。『テッド・バンディ』ではリリー・コリンズが演じた。

テッド・バンディとザック・エフロン

──テッド・バンディ役にザック・エフロンを起用したのは、若い世代に訴求したいという理由も大きかったのでしょうか。

この映画では、裏切りの手口の本質を描きたいと思いました。そのためには、非常に感じのいい、誰もが希望と信頼を差し出したくなる、そんな人物が必要だったんです。ザックは若い世代だけでなく、あらゆる世代に人気がある、誰からも好かれる人物のひとり。非常に優れた俳優でありながら、その幅の広さを示すチャンスを与えられてこなかった人でもあります。

すごく感じが良くて、チャーミングなのはザック自身の性質です。僕はドキュメンタリー作家として、“本物”の要素を作品に取り入れたい。ザックの性質は、万人に愛される人物として、また特定の層からは“絶対に間違ったことをしない人”だと思われる人物として、作品のポテンシャルを高めてくれると思いました。つまり、みなさんが(バンディの)有罪を疑問に思ったり、バンディとリズの関係がうまくいくことを願ったり、やっぱり彼は犯人じゃないかも、いや犯人かもと思い直したりする、そんな緊張感を生んでくれるだろうと。そういう俳優は決して多くないですよ。昔ながらの発想なら、もっとダークで野暮な雰囲気の俳優を選ぶことになると思います。彼なら悪いこともしかねない、というような。実際に、最初はそういう人をキャスティングすべきだというプレッシャーもあった。だけど、それは自分たちがやりたいこととは逆でした。

テッド・バンディ
©2018 Wicked Nevada,LLC

──「殺人鬼との対談」と『テッド・バンディ』を観ていると、自分の親しい人にも恐ろしい一面があるのかもと思わされます。あるいは、私自身にもテッド・バンディに似たところがある、もしかしてテッド・バンディにも私に似たところがあったのではないかとも思いました。自分の感覚が疑わしくなる体験でした。

どんなふうにバンディに共感したんですか? 自分とバンディに通じるところがあると言われたのは初めてなんですよ。

──たとえばバンディは、自らの生育環境の中に、自分が犯罪を犯す原因はないと考えていますよね。自分はマトモである、正当である、一般の倫理観からそれほど逸れていないと考えるのは、実際のところ私も同じですし、多くの人が考えることじゃないかと思うんです。

面白いですね。今まで、バンディと考え方が同じだという話をされたことがなくて。だから、簡単にお答えできることではないんですが……バンディを3次元の人間として、共感しうる存在として描きたいとは思っていました。なぜなら、悪の本質はしばしば誤解されているから。私たちは、恐ろしい悪事を働くのは自分とは違う人間だと思いたがります。ですが真実はその逆で、邪悪な人間も私たちにそっくりなのです。時には、最も信頼される人が最低の行為を働くこともある。たとえば子どもに性的虐待を働く神父や、テッド・バンディがそうです。友人からは好かれていて、とてもそんなことができる人とは思われていない。これが悪の本質であり、厄介な現実です。彼らは人間性のかけらもない2次元のモンスターではありません。

恐ろしいことをするのは自分のような人間とは違うんだと思えば、彼らのことは簡単に見分けられる、回避できると思って安心するでしょう。けれど、実際の犯罪のドキュメンタリーを作ってきて、そうではないのだということがわかった。あなたがバンディとの間に共通点を見出してくれたことは、作品内の描写がきちんと効果的だったという証明かもしれません。それこそ、まさに僕がやりたかったことです。

テッド・バンディ
©2018 Wicked Nevada,LLC

──バンディという人間を作っていく上で、ザック・エフロンとはどんな話し合いをしましたか? バンディ本人に近づけるという方向性だったのか、それとも映画に登場する人物として扱ったのでしょうか。

見た目の面では、ザックには自由に演じてほしいと思いました。ビデオをたくさん見て、バンディを真似て、本人の身体性をそのまま演じるという落とし穴にはハマってほしくなかったんです。ザックとバンディは異様に似ているところがありますが、それ自体は決してキャスティングの理由ではありません。写真を見比べると、不気味なほど似ていて素晴らしいんですけどね。それでも、バンディの見た目を真似なければいけないとは思ってほしくなかった。なぜなら、多くの人は実際のバンディについて知りませんから。

一方で内面的には、僕の理解したバンディの考え方に忠実に演じてほしかった。バンディ本人は、ほとんどの場合、自分は真実を語っていると確信していたと思う。意識的に人を騙していたのではないでしょう。彼は邪悪な行為を自分の中で区別して、ふだんは封印していたのだと思います。ザックには、そのことを“基本”として伝えました。あくまでもバンディは真実を語っているのだと。「他人を騙す人物じゃないんだ、どんな状況でも君には真実を語ってほしい」と繰り返し言いましたね。君自身が真実を語っていると思えれば、きっと観客も、君が真実を語っているように思えるからって。

バンディがリズを騙していないということも重要でした。ふたりは本当に愛し合っているし、観客にもそう感じてほしい。だからふたりの愛情や、互いが互いを大切にしていることも感じられなければいけない。リズを騙していると思って演じれば、それは観客にもすぐ伝わってしまいます。恋人を騙す男だと思われれば、観客は彼が無罪かもしれないとは思わないし、無罪を主張する彼の言葉にもほだされたりはしませんよね。観客には、バンディがシリアルキラーであることをほとんど忘れて、彼を信じてもらいたいと思いました。だからこそ裏切られるかもしれませんが、リズの味わった心の動きを体験してほしい。真実が明かされた時、困惑し、嫌悪してほしいんです。

テッド・バンディ
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実在の人物、事件を描くということ

──監督はこれまで、ドキュメンタリー作家として不当な有罪判決や環境問題を取り扱ったり、メタルバンド「メタリカ」を撮られたりと、さまざまな出来事や事件、実在の人物を扱ってこられています。私自身は映画について書くことが多いのですが、記事でクリエイターやファンの方を傷つけてしまわないかと思うことも少なくありません。実在の人物を扱ううえで、当事者や周囲の方々を傷つけないために、どんなアプローチを心がけられていますか。

(少し沈黙して)とても大きく、重要な問題ですね。僕自身、常に考えていることです。ある意味、僕の仕事は偽善的なものだと思っているんです。なぜなら僕は、もしも自分の身に恐ろしいことが――たとえば愛する人が殺されるとか、そういう出来事が――降りかかったら、自分の人生を物語にすることをドキュメンタリー作家に許したりはしないでしょうから。自分がそういう人間だということは知っているんです。それなのに僕は、「あなたの物語を聞かせてください」と人々に頼み込む30年間を送ってきました。

ですから、僕の仕事はもともと偽善的なもの。その偽善性を認識しているからこそ、物語に取り組む時には、より大きな善がなくてはならないと考えます。社会正義の一側面を伝えたり、冤罪を受けた人々について描いたり、刑事司法の改革や社会的地位の回復を訴えたりする。『テッド・バンディ』も同じで、暴力を描いてシリアルキラーを美化するのではなく、悪の本質に関する社会正義のメッセージを伝えたい。また、実在の人物について語るわけですから、責任を持たなければいけません。作品を作るのは(取材対象が)快く語ってくれる時にだけにしています。

今回の映画を作ることが発表された時、リズご本人から連絡がありました。僕は把握していなかったんですが、彼女には一切連絡が行っていなくて、脚本家も最初に執筆した時には彼女に接触していなかったと。映画を作ることが決まってから、「私の話をやるんでしょう?」と連絡があったんです。そこで(リズ役の)リリー・コリンズと一緒にお伺いしました。そして、最初に「映画にしてほしくないとお思いでしたら、僕は作りません」とお伝えしたんです。製作のゴーサインは出ていましたが、そのつもりでした。

(過去には)本当に作品を作らなかったこともあります。実在の事件を描く映画で、被害者の方も最初は映画化を認めてくださっていたんですが、時間がかかったからでしょうね、お気持ちが変わられたんです。出資が得られて、いざ作ろうという時に「映画にはしないでほしい」というお話がありました。彼女に映画化を止める法的な権利はなかったので、作ろうと思えば作れたんですが、企画の中止を決めました。ですから、リズご本人が嫌がるようであれば、今回も作らなかったと思います。

こうお話しすれば、きっとご質問へのお答えになりますよね。“善”に対する鋭い感覚と、ストーリーテラーとしての責任を持つということです。実話犯罪モノを観る人には、また別の映画やテレビがあります。けれども当事者にとって、それは彼ら自身の人生です。きちんと敬意を持って取り扱わなくてはなりません。

テッド・バンディ
©2018 Wicked Nevada,LLC

『テッド・バンディ』作品情報

1969年、ワシントン州シアトル。テッド・バンディ(ザック・エフロン)とシングルマザーのリズ(リリー・コリンズ)は、あるバーで恋に落ちた。テッドとリズ、彼女の幼い娘モリーは幸せな生活を築いていくが、日常は突然に崩れ去る。車の信号無視で警官に止められたテッドが、後部座席にあった道具袋を疑われて逮捕されたのだ。テッドにかけられたのは、マレーで起きた誘拐未遂事件の容疑。犯人の車としてテッドの愛車と同じフォルクスワーゲンが目撃されていたほか、犯人の似顔絵はテッドによく似ていた。リズは混乱し、テッドはまったくの誤解だと説明するが、やがて事件の真相が明らかになっていく。

テッド・バンディ
©2018 Wicked Nevada,LLC

テッド・バンディ役で主演を務めたのは、爽やかなイメージを完全に脱却し、演技派俳優としての評価を一気に高めたザック・エフロン。テッドの恋人リズ役にリリー・コリンズ、判事役に名優ジョン・マルコヴィッチ、そのほかカヤ・スコデラリオやハーレイ・ジョエル・オスメントら豪華キャストが揃った。監督はドキュメンタリー作家のジョー・バリンジャー。記録映像やインタビューなどを通じてテッド・バンディに迫ったNetflixオリジナル作品「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」も手がけ、劇映画とドキュメンタリーの双方からテッド・バンディという人物を徹底的に掘り下げる試みに挑戦した。

映画『テッド・バンディ』は2019年12月20日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

こちらは米国版予告編

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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