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『クーリエ:最高機密の運び屋』監督に訊く、歴史のウラ解説【インタビュー】

クーリエ:最高機密の運び屋
© 2020 IRONBARK, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ベネディクト・カンバーバッチ主演、キューバ危機の裏で核戦争回避に奔走した2人の男の実話ドラマを描く『クーリエ:最高機密の運び屋』が、2021年9月23日より日本公開を迎えた。『アベンジャーズ』シリーズなどで絶大な人気を誇るカンバーバッチが、普通のセールスマンから極秘スパイに転じることになった男を演じている。

監督は、シアーシャ・ローナン主演のイギリス映画『追想』(2017)で知られるドミニク・クック。もともと演劇畑の出身で、「ホロウ・クラウン/嘆きの王冠(シーズン2)」(2016)などを手掛けている。カンバーバッチとは「リチャード三世」でも共にしており、『クーリエ』では初タッグ。THE RIVERではクック監督に単独インタビューを敢行。収録時(2021年9月)は「コロナ禍以降初めて手掛ける舞台のリハーサル期間中」と近況を伝えてくれたクック監督は、『クーリエ』にまつわる様々な裏話を聞かせてくれた。

クーリエ:最高機密の運び屋
『クーリエ:最高機密の運び屋』ドミニク・クック監督
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『クーリエ:最高機密の運び屋』ドミニク・クック監督 単独インタビュー

──本作『クーリエ:最高機密の運び屋』は、1960年代の東西冷戦下を舞台に、キューバ危機の裏でスパイとしてリクルートされることになった一般セールスマンの手に汗握るドラマが描かれます。歴史の裏を描く実話ものですが、手掛けることになった経緯はどういったものでしょう?

前作『追想』を終えた頃にエージェントから様々な脚本が送られてきて、その中でも今作の脚本がすごく心に残ったんです。こんな物語があったとは知らず、非常に心動かされました。スパイ映画といえば冷たい印象になりがちですが、これはエモーショナルな温かみがあるので珍しいなと。それに、友情の物語でもある。脚本を一度読んで、すぐにこの作品に飛びつきました。

──本作はスパイ・スリラーですが、ジェームズ・ボンド映画のような秘密の武器やガジェットは登場しない、非常にリアルなスパイ活動が描かれますね。

実話のスパイ映画でありながら、人間らしさがあるところが良いです。スパイ行為に伴う、個人としての代償やリスクが描かれる。それがどれだけ危険であるかがわかるからこそ、その裏にあった勇敢さの意義が深まるのだと思います。この映画の登場人物は、自分の家族や子どもの命を危険にさらしています。肉体的なものだけでなく、精神的なものも描かれるところが、他のスパイ映画との違いですね。

クーリエ:最高機密の運び屋
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──主演のベネディクト・カンバーバッチ(グレヴィル・ウィン役)とは本作以前にも一緒に舞台をやっていますよね。彼の起用は自然なことでしたか?

はい。すぐに決まりました。彼なら完璧だろうと思ったんです。この役へも適齢ですしね。彼の演技なら以前にも見ていますので、役の表面的なところも、内側の深いところも演じられるはずだとわかっていました。彼も即決してくれて、すべてがあっという間に決まっていきました。私が脚本を読んで、この話を彼に持ちかけて、たまたま彼のスケジュールも空いていて、そこからすぐに始動しました。なかなかないことですよ。

カンバーバッチは、今役者として良い時期にいると思います。深みも出て、経験もたくさん積まれました。ものづくりの真髄がわかっている状態です。これからも素晴らしい仕事を続けてくれると思います。

──カンバーバッチといえば、『ドクター・ストレンジ』といったスーパーヒーロー役でおなじみです。でも、真のヒーローは世界の危機を未然に防ぐものですよね。『クーリエ』は、歴史に葬られたヒーローの物語だと思います。

神話的なスーパーヒーロー物語というよりは救世主の物語ですが、そうですね。歴史上の事実としては、西側の人々はフルシチョフについて誤った判断をしていました。彼は残虐だったスターリンに続きましたが、彼のほうがソフトだったので、コントロールできるはずだと思っていた。でも実際は違ったんです。彼は、人々がまったく想像していなかった方向に進み始めた。非常に危険な状態に陥りました。この映画で描かれる2人は、結果的にこの問題を解決する中心人物になっていきます。

むかし母が、キューバ危機の時は本当に核戦争が始まるという感じだったと言っていました。当時は、広島長崎からまだ20年も経っていなかったんですよ。核爆弾が使われてから。17年しか経っていなかった。それが当時の人たちの頭の中にあったんです。しかも、(核戦争が開始される直前の)ギリギリの状況でした。当時は、本当に現実的な危機だったわけです。

──劇中で、ロシア人のオレグ・ペンコフスキーが、主人公のイギリス人、グレヴィル・ウィンの自宅を訪れる場面があります。そこでウィンの小さい息子が、「ロシアの人たちは僕たちが嫌いなの?」と無垢に尋ねるシーンがありますよね。何気ないセリフですが、この映画のテーマをよく現していると思います。

全くその通りです。たとえ別世界の、全く異なる文化の人同士でも繋がることができるということを伝えています。

グレヴィルとペンコフスキーも、実際にはかなり違った世界を生きる2人でした。ペンコフスキーは上位層の男で、軍事的英雄としてロシアでは非常に有名です。第二次世界大戦の重要人物として、同地では讃えられています。一方でグレヴィル・ウィンは何でもないセールスマンでした。しかし、2人はものの考え方が似ていて、事情は全く違うけれど、人生が妨げられていると感じていた。だから、映画で描かれているように、あっという間に深い仲になったんです。障壁を越えた関係にね。

『クーリエ:最高機密の運び屋』
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──オレグ・ペンコフスキーはロシアで有名ということですが、2人は欧米でも知られているのでしょうか?

全くと言っていいほど、知られていません。当時こそ、グレヴィル・ウィンが逮捕されて釈放されたというニュースはイギリスでも大々的に報じられて、しばらくは有名でした。その世代の人たちに聞けば誰でもその名を記憶していると思います。

しかしその後、シークレットサービスが彼の存在を隠しました。なぜなら、彼は喋りすぎた。明かしてはいけないことをたくさん明かしてしまったからです。彼も生きるためにお金が必要だったんですけど、口を閉ざされたのです。そうして、彼に関する情報はフェードアウトすることになりました。だから彼について知っている人はほとんどいないんです。

ペンコフスキーは、ロシアでは悪人として有名です。ソ連が彼のドキュメンタリーを製作して、彼は第二次世界大戦の英雄なんかではなく、ただの事務係だったという噂も流されて。実際には、13回も勲章を受け、キエフでは非常に重要な役割を果たし、2度負傷した戦争の英雄だったんですけれど。しかし、ソ連は彼の重要性を落としたがった。なぜなら彼は反逆者だからです。

今日(こんにち)もこの風潮は続いています。私たちが撮影でモスクワを訪れた時、現地の一部の人に「なぜあんな裏切り者の映画を撮るんだ」と尋ねられました。それで話を聞いてみると、私も知らなかった様々なストーリーがあった。今でも、ロシアでの彼の名は、若い世代の間でも反逆者として記憶されているようです。

クーリエ:最高機密の運び屋
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──グレヴィル・ウィンとオレグ・ペンコフスキーは秘密裏に密会を重ね、任務を通じて関係を深めていきます。まるで禁断の恋を描くロマンス映画のような雰囲気も感じられました。

あなたがおっしゃった事と、私が考えていたことは全く同じです。ある意味、プラトニックな恋愛関係ですね。最初に脚本を読んだ時、1940年代のデヴィッド・リーンの映画『逢びき』っぽいなと思いました。既婚者同士の男女の恋愛を描く古いイギリス映画で、秘密の関係だからこそ燃え上がる、という内容です。

今作でのグレヴィルとオレグの関係も燃え上がるようなところがあって、それはなぜかと言うと、誰も知らない秘密の関係だからです。確かにCIAとMI6は(2人の任務を)知っていますが、妻にも内緒にしていて、誰にも喋っちゃいけない関係。それによって友情が強められているし、互いに信頼しあっていないといけない。なので、もちろん性的なロマンスの関係ではありませんが、この深い繋がりには秘密のロマンスに通じるものがあると思います。恋愛映画で描かれるものと同じですね。

──立場を越えた友情の物語。分断が叫ばれる今こそ観たい映画です。

そうですね!全く違う立場の相手と繋がることを描く物語です。

クーリエ:最高機密の運び屋
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──史実を描くという点では時代劇でありつつ、友情と緊張が描かれたドラマでもありました。そうした要素が、見事にこの1作の中に落とし込まれていたと思います。大変だったことはありますか?

最も大変だったことは、1960年代初頭のアメリカ人とイギリス人の振る舞い方が、今の我々とはずいぶん違ったことです。1960年代初頭、特にUKの人々はすごく自制的で、自分の考えをあまり言葉にしなかったんですよ。中流階級以上の人は特にそうで、グレヴィル・ウィンの妻もとても自制的でした。これは『追想』でもそうだったんですが、自制的な人々、あまり多くを明らかにしない人々を取り扱わなくてはならない。しかし、その内面には、本当の、深い感情がある。ただ、それを表に出さないんです。今の若い世代からしたら、どういうことなのか想像しにくいと思います。現在では、思っていることはちゃんと表現しましょうということが奨励されていますよね。なので全くの別世界です。俳優陣はうまくやってくれましたが、登場人物の内面と外面の両方をきちんと描くためにはスキルを要しました。

クーリエ:最高機密の運び屋
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──この映画には、常に「緊張感」というものが存在しています。まるで「緊張感」がひとりの登場人物のように。しかし、もちろん「緊張感」は目に見えるものではありません。どのように表現されたのでしょうか。音楽、というのはひとつあると思いますが。

音楽と、編集。しかし、それこそ人の内面にあるものです。自分のやるべきことへの情熱と、恐怖との間で生じる、内なる葛藤。たしかに、本作における緊張感とは、役者と共に常に存在しなければならなかったものですね。それから編集も非常に重要でした。何をどこまで見せるべきか、何を見せないべきか。編集には長い時間を費やしました。

緊張感は、劇中ずっと漂っています。かなり危険な任務が描かれますからね。グレヴィルがソ連を訪れてすぐのシーンで、とある恐ろしいことが起きます。当時のロシアの冷酷なところを描きたかったんです。もし捕まったら、こんなことになるんだということを、観客に見せるためにですね。当時の社会構造が反逆者をどう扱っていたのか、特に今の若い世代の方々はご存じないでしょう。こうした様々な演出で緊張感を描いています。

──確かにそのシーンはショッキングで、とんでもなく恐ろしい事態が起こっていることに気付かされました。

そうでしょう?そのおかげで、キャラクターのことがもっと心配になったはずです。

──あなたの前作『追想』も大好きです。『追想』では、現在と過去を行き来しながら、最後にすべてが重なっていくエモーショナルなストーリテリングでしたね。今作でも、西側と東側、ふたつの視点からの物語を伝えつつ、終盤ではひとつの力強い視点にまとまっていく様が見事でした。

ありがとうございます。両作ともに1960年代が舞台になっています。私は1966年生まれですが、当時の世界の雰囲気は祖父母から聞かされていたので、よく知っています。父方の祖父が1890年代生まれなんですが、彼は第一次世界大戦に出兵していて。彼らから聞かされていた当時の世界が、現在のイギリスと地続きになっている。私は昔の世界について思いを巡らせることに興味があるんです。1960年代以前の世界はどんなだったのだろうか、ビートルズ登場前や、性の革命以前、フェミニズム以前の欧米はどんなだったのだろうか、とね。1960年代と現在とでは、まるで100年くらいの差があるのではないかというくらい、別世界なんです。『追想』でも『クーリエ』でも、その時代を描きたかったんです。

──その1960年代を描くにあたっては、衣装デザインが重要になったと思います。『追想』のときと同じく、キース・マッデン氏を再起用されていますね。

はい。『追想』からは、衣装や撮影監督など、同じ製作スタッフをたくさん引き連れてきています。一度のみならず、二度も仕事を共にできて素晴らしかった。一緒に成長する仲ですし、今作でははじめから強い絆と共に進行することができたんです。

──『追想』でシアーシャ・ローナンが着ていたターコイズブルーのドレスがすごく印象的でしたが、今作ではダークでヘヴィなスーツがたくさん登場します。

今作の衣装は暗く、ミュートしています。色使いもあえて抑えていますので、今作のカラーパレットはごくわずかとなりました。キース・マッデンは達人ですね。

『クーリエ:最高機密の運び屋』
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──最後に、日本の観客にメッセージをお願いいたします。ベネディクト・カンバーバッチの作品としても、楽しみにしているファンがたくさんいるはずです。

日本は大好きです。1回だけ行ったことがあります。また行きたいな。この映画が日本で公開されるということで、とても興奮しています。ベネディクトは本当に愛されていますよね。日本の皆さんの感想が楽しみです。


本作『クーリエ:最高機密の運び屋』では、ベネディクト・カンバーバッチが演じる主人公グレヴィル・ウィンに劇的な展開が訪れる。これに関する裏話も聞き出すことができたが、こちらはネタバレ記事ということで、後日あらためてお届けするとしよう。(追記ネタバレ部分の記事を公開しました。

映画『クーリエ:最高機密の運び屋』はTOHOシネマズ 日比谷 ほか全国公開中。

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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