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【インタビュー】『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』監督が語る「打ち明けられない秘密」の悲喜劇 ─「ポルノ映画ではありません」

ディック・ロングはなぜ死んだのか?
©2018 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

『スイス・アーミー・マン』(2016)で長編映画デビューを飾った、ダニエル・シャイナート監督による最新作『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』が8月7日(金)より公開となった。

本作で描かれるのは、ディック、ジーク、アールのバンド仲間。練習と称して集まり大騒ぎをしていたが、ある出来事が原因でディックが突然死んでしまう。警察の捜査が進む中、唯一真相を知っているジークとアールは彼の死因を直隠しにして、自分たちの痕跡を揉み消そうとする。誰もが知り合いの小さな田舎町で、徐々に明らかになる“衝撃の真相”とは……?

この度、THE RIVERはシャイナート監督に単独インタビューを実施。死や打ち明けられない秘密について描いた物語、個性的な登場人物の配役から音楽の選定基準、次回作などについて尋ねてみた。

実在の事件、タイムリーな題材を捉える

ディック・ロングはなぜ死んだのか?
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──『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』を手掛けることになった理由を教えてください。

僕の親友ビリー・チューが脚本を執筆したことです。2009年から2010年頃に脚本の前半部分を読ませてもらい、その時点で素晴らしいと思いました。親友ということもあって、長い間、書き直した脚本はそのつど読んでいましたよ。

──実際の事件にインスパイアされたとお聞きしましたが、事件そのものに触発されて脚本を執筆されたのでしょうか?

多少は影響を受けているでしょうね。その事件で男が死を遂げた理由だったり、彼について様々な冗談が言われていたことだったり。そんな悲惨な状況を目の当たりにして、ビリーは恐怖を感じたみたいです。そこで、脚本家として、「この事件を何が面白いのかを踏まえながら、人々の人間らしさも捉えた映画を作るとしたら……」と考えるようになったみたいですね。

──アラバマを舞台とした理由は何故でしょうか?

僕の出身地であり、ビリーが長年暮らした場所でもあるからです。全く知らない場所を舞台にしたくなかったというのも理由の一つですね。特に物議を醸す内容ということもあるので。勿論、自分の出身地を舞台にするのにも勇気が必要でしたよ。それでも、自分が良く知っている場所であれば、慎重かつ巧妙に物語を描くことが出来ると確信していましたからね。

──とてもタイムリーな題材の作品に感じました。これは偶然でしょうか?

偶然ではありません。人が自分自身を恥じること、コミュニティが誰かを庇ったり、暗い秘密を隠したりすること、そういう全てに僕たちは共感しました。僕とビリーは『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(光文社新書)という本がお気に入りで、そこにはインターネットが如何に人を辱めるのかが書かれているんです。誰かが何か変なことをやらかしたら、標的にされてしまうんですよ。まるで全世界が、「恥ずかしいツイートをした彼女の人生を滅茶苦茶にしよう」みたいになってしまう。

相手を許し、教え、学ぶことを手助けするのではなく、寧ろ人生を壊したいという欲望が出てくるのは凄く残酷なことですよね。インターネットは人々を辱める武器と化したんですよ。そういう意味で、この映画もかなりタイムリーな内容と言えるでしょう。

“死”と“打ち明けられない秘密”を描く物語

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──前作『スイス・アーミー・マン』と同じく、本作は“死”について描いている作品ですよね。この題材に拘りがあるのでしょうか?

僕は皆さんが普段、話したがらないようなタブーを題材にすることに興味があるんだと思います。屁や死なども普遍的なことなのに、誰もそこまで話したいとは思いませんよね。そんな側面が実に興味深くて惹かれるんですよ。

──『ファーゴ』(1996)と『ハングオーバー』シリーズを彷彿とさせられました。他に本作を作る上で参考にした作品はありますか?

映画・本・写真から沢山の影響を受けましたよ。同時に参考にしてはならない作品も用意していました。アラバマやアメリカ南部を舞台にしていても、全く好きになれない映画は沢山あります。その場所の本質を正確に捉えていない、捉えようともしていないので。例えば、『スリング・ブレイド』(1996)『メラニーは行く!』(2002)などですかね。

実際に僕が好きなのは、「ブレイキング・バッド」(2008-2013)『素晴らしき映画野郎たち』(1999)です。それと、『レポマン』(1984)も参考にしたカルト的名作の一つですね。本当に美しい作品で、背景にも皮肉が存分に散りばめられていて、見返す度に新たな発見があるんですよ。この映画でも同じように、意味深な要素を背景に入れたり、壁に貼り付けたり、ラジオで流したりしました。

──シャイナート監督が挙げた「ブレイキング・バッド」にも共通しますが、本作は打ち明けられない秘密”が主題なのではないかと感じました。実際のところ、観客に伝えたかったことは何なのでしょうか?

あなたの仰る通りだと思いますよ。最初に脚本を読んだ時は僕自身も動揺してしまい、内容が心に刺さりました。そこで、秘密を抱える時の感情を浮き彫りにしたいと考えるようになったんです。あまりにも物語が奇妙で普通ではないので、実際に秘密を抱えているかのような感情を観客にも与えることが出来たのではないでしょうか。

夫が妻を裏切るような映画を見ても、「それは辛い……」と簡単に登場人物の気持ちを察することが出来ますよね。ただ、僕たちは当事者の感情を捉えた上で、秘密によって影響を受けた友人や家族、地域、そして掘り下げたり、それをジョークにしたりしました。秘密を抱え続けるのも、秘密を打ち明けるのも、家族にとっては非常に受け入れ難いことですからね。

元々、私は人が隠し事をすること自体、変だと思う方なんですよ。でも、どんな家族にも秘密は存在しますよね。それを覆すことは社会にとって良くないことだと私は考えています。

ディック・ロングはなぜ死んだのか?
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──“打ち明けられない秘密”を描くにあたって、気を付けた点を教えてください。

僕はショッキングな映像が登場する映画は、そこまで好きではありません。そういう怖いもの見たさで、人に勧めるような映画にしたくありませんでした。ただ、心理的に追い詰められるような映画は大好きです。そんな要素だからこそ、僕は笑い飛ばすことが出来るんですよ。あの信じられない出来事を通じて、観る者を驚かせ、心に訴え掛ける映画に仕上げたかったんです。僕が好きな映画も実際にそういう傾向のものが多いので。今回のような映画の場合、如何にしてディックが死を遂げたのかを想像することで、恐怖を感じることが出来るのだと思います。

──ちなみに、シャイナート監督は本作と同様の状況に陥った場合、秘密にせず正直に自白しますか?

恐らく僕だったら病院の中まで友達を送り届けると思います。実は知り合いで、大学時代に、薬をやっていた女性が頭を打つという出来事に立ち会ったことがある人がいて。全員が酒を呑んでいて、薬もやっていたこともあって、かなり動揺してしまったみたいです。結局、救急車も呼べなかったらしく、それで女性は亡くなってしまいました。(周囲の人々は)多分、恥を背負って生きていくことが受け入れられなかったのでしょうね。

ただ、この映画で描かれる出来事については、本当にありえないことなので、実際のところ、自分がどんな行動を取るのかは想像もつきませんね(笑)。

個性に満ち溢れた登場人物たち

ディック・ロングはなぜ死んだのか?
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──実に魅力的な登場人物が数多く登場しますが、最も気に入っている登場人物を教えてください。

非常に難しいですね。ただ、主人公の親友アールは特に好きです。アンドレ(・ハイランド)がオーディションに来てくれて、本当に助かりました。一緒に仕事をしていて楽しい方ですし、常に新しいジョークを取り入れて登場人物に息を吹き込んでいました。それにアールに関しては、更に描きたい物語の構想が沢山あるんですよ。

──個人的には独特な婦警たちに心奪われました。彼女たちの設定や、キャスティングの行程について教えてください。

僕は南部出身の方々をこの映画に出演させるべきと常に思っていました。撮影地がそこまで遠くない場所から来て貰うためにも。それと、地元の方たちにも多く出演して欲しいと思っていて、現地で開催したオーディションに来たのが婦警役の方だったんです。

警官を敢えて正確に捉えず個性的に仕上げているのは、男性の警官達が事件の真相を突き止めるみたいな作品にはしたくなかったからです。婦警を描く上では、自分の母親や祖母、叔母などから着想を得ました。つまり、最初の脚本では女性ですらなかったんです。ただ、女性に書き直した時、物語に更なる磨きが掛かりましたよ。

──監督自身が、色々な意味で一番個性的なディック・ロング役を演じていますよね。これは誰の発想だったのでしょうか?

ビリーの発想ですね。とある理由から、当初はジャスティン・ティンバーレイクやチャニング・テイタムに演じて貰いたかったんですよ。ただ、結果的に叶わず、ビリーがディック・ロング役として僕を推薦しました。

出身地を舞台にした映画を撮ることに神経質になっていた部分もあったのですが、この役を自分が引き受けることになった時は興奮しましたね。「一番恥ずかしい役は僕が代わりに引き受ける。この場所を笑いものにすることもしない」みたいな覚悟を持って挑めるので。

アラバマを描く映画が作られると、どんな作品になるのかを心配する人たちは沢山います。ただ、この映画は決してアラバマを描いている訳ではなく、いわゆる一般的な田舎町を描いた物語なんですよ。

大胆な物語・作品名・登場人物

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──物語・作品名・登場人物は個性的で素敵ですが、同時に際どい内容でもありますよね。配給会社に受け入れて貰えないのではないかという懸念はありましたか?

もちろん、ありましたよ。この映画を製作できるとさえ思ってもいませんでしたからね。今でもポルノと勘違いされていないか心配していますよ。「この映画にヌードはありません。『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』[編注:ディックは英語で男子の性器を意味する]という題名ではありますが、決してポルノではありません」と周囲に説明しないといけなかった時もありました。「ヌードなしの愉快な犯罪映画」みたいに宣伝するべきですね(笑)。

──脚本の段階からディック・ロングという名前は決定していたのでしょうか?

脚本初稿の段階では存在していませんでした。ただ、警察が真相を突き止めるように、ビリーも最終的には導き出していましたよ。物語の鍵となる題名なので気に入っていますし、最終的にはディック・ロングという名前が大切になります。それと、いかにも男らしい名前ですよね。この映画は男らしさを笑ったり、笑わなかったりする作品ですから。

劇中曲の選定基準

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──個性的な劇中曲の選定基準について詳しく教えてください。

ビリーが脚本に書き込んでいた曲もありました。選定基準として重要だったのは、登場人物が、一般的にはそこまで好まれないようなバンドを好んでいるということでした。上手くいけば、観客が自分たちと大きく異なる登場人物を理解することが出来ると思ったので。

そして、ニッケルバックの楽曲は非常に重要だったので、予算面に関しては慎重に確認していましたよ。結果的にそれほどかかりませんでした(笑)。そこで、予算が余ったので、「クリードもステインドもP.O.Dも使える!」となりましたよ。結果的に個性溢れるバンドの楽曲が集まって、凄く興奮しましたよ。

──他にも使用したかった楽曲はありましたか?

3ドアーズ・ダウンには断られてしまいました。ただ、彼らはトランプのファンみたいなので、変わっちゃったのかなと思っています(笑)。あとは、リンプ・ビズキットも駄目でした。とはいえ、使いたかった楽曲は大体使用できたので、十分満足していますよ。

──ちなみに、本作にはピンク・フロイドに由来した“ピンク・フロイト”というバンドが登場しますが、この名前は誰の発想だったのでしょうか?

ビリーの考えですね。洒落でありつつ、結末の鍵となる名前にしたかったみたいですよ。

シャイナート監督の過去と未来

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──ダニエル・クワンと共に、通称ダニエルズとしてミュージックビデオを製作するところからキャリアを開始したと思いますが、映画製作にはどんな形で活かされていますか?

ミュージックビデオの製作は、私たちにとって映画学校に通っているみたいな感覚でしたよ。予算はそこまで多くなかったんですけど、最初は「5,000ドルも何に使えば良いのか」と戸惑いましたね。そこで、ダニエルと一緒に、監督・脚本家としてバンドの為に短編映画を作るようになりました。ただ、製作の数を重ねるまでは脚本家としての実感は全くありませんでしたよ。いずれにせよ、現在の製作方法を形にするのに非常に役立ったと言えるでしょう。今後も出来ればやり続けたいですね。

──そんな相方のダニエル・クワンと共に本作を製作しなかった理由は何故でしょうか?

僕はビリーが執筆した脚本を気に入り、自分の出身地を舞台にした作品を製作できることに興奮していました。ただ、相方はその時、次回作の脚本を執筆していて、それが上手く行っていたみたいだったので。それで僕はこの映画に専念することが出来ました。それと、彼はこの映画に深い思い入れがなかったようですからね。

──ダニエルズの次回作として、SFアドベンチャーコメディを製作していると聞きました。最後に何か情報を教えて頂けないでしょうか?

50歳ぐらいの中国人女性が税金を払えない、みたいな作品です。『マトリックス』みたいな感じでもありますけど。今までの作品のようにダーク・コメディですが、今回はカンフーアクションもありますよ(笑)。

ディック・ロングはなぜ死んだのか?
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映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』は8月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国ロードショー。

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Minami

THE RIVER編集部。「思わず誰かに話して足を運びたくなるような」「映像を見ているかのように読者が想像できるような」を基準に記事を執筆しています。映画のことばかり考えている“映画人間”です。どうぞ、宜しくお願い致します。