Menu
(0)

Search

あまりにも残念な映画化『秘密 THE TOP SECRET』ネタバレありレビュー

清水玲子の漫画を映画化した『秘密 THE TOP SECRET』。漫画を実写化する際にはある程度の変更がなされるのは当然とはいえ、本作はあまりにも納得できない部分が多かった。詳しく分析していきたい。

【注意】

この記事は、映画『秘密 THE TOP SECRET』のネタバレ内容を含んでいます。

https://youtu.be/IddUF8zpDVE

『秘密 THE TOP SECRET』あらすじ

脳の視覚情報を映像化するという技術が開発された近未来で、その情報を解析し事件解決に役立てる警察内特殊捜査機関『第九』。薪という天才刑事に率いられている第九はまだ正式部署として認められておらず、次の重要案件によって警察内で正式承認されることを狙っていた。第九に配属されたエリート刑事青木は、その重要案件である一家惨殺事件の死刑囚の脳を“見る”ことになるが、そこに映っていたのは、意外な真犯人だった。

数多の設定変更(改悪)

①サイコパス絹子

本作では、大きく2人の犯人が扱われている。連続少年殺人鬼の貝沼と、一家惨殺事件の真犯人である絹子だ。映像化にあたって、原作では関わりがないこの2人に接点がつくられ、それが本作のストーリー上のキーになっているのだが、この絹子の設定変更が致命的だ。

祖母と母と妹を惨殺し、その罪を父親に着せた絹子は、他にも多数の男性を連れ込みセックスした上で殺害している殺人鬼だ。父親の死刑が執行されたことを確認してから、記憶喪失を装って世に出てきた。父親の脳をスキャンした第九メンバーは、真犯人が絹子であることを知るが、正式な証拠として認められないスキャン映像だけでは逮捕することができない。そこで、父親を逮捕した刑事である眞鍋を巻き込み独自に捜査を進めることにする。

本作では、絹子は男を狂わせるサイコパスとして描かれている。絹子は、不特定多数の男性との情事を意図的に父親の見せつけ、ついに父親とも関係を持つに至る。それらの行動がバレたことで家族を惨殺するが、父親は決して絹子を裏切らないという確信があったので、父親に罪を着せて雲隠れした。

これに対して原作の絹子は、父親による性的虐待が元で男性嫌悪に陥ったという設定。男性に深い憎しみを持った絹子は、男性と次々と手にかけていく。父親はそんな絹子を罪悪感と歪んだ愛情に苛まれながら、ただ見つめることしかできない。絹子を殺人鬼にしてしまったのが自分だという罪悪感と、本当の絹子を知っているのは自分だけだという異常な愛情があったからこそ、父親は絹子の罪をかぶったということになっている。

実写化にあたって、この“父親による性的虐待”というポイントを消し去った意図が全く分からない。この改変により、絹子と父親との間にある愛憎の形も、絹子の闇も原作とは全く異なるものになってしまっている。

また、本作の冒頭には絞殺された若い女性の遺体が出てくるのだが、「中絶痕がある」という検視官のセリフと、そのセリフに応じて被害者を貶めるようなセリフが登場する。絹子の設定変更とも合わせて『女に恨みでもあるのか?』と思わざるを得ない。

②新人捜査官・青木

岡田将生演じる青木の設定にも大幅な変更がなされている。原作での青木は、父親を亡くしているものの、母親と姉と幸せな家族関係を築いてきた青年として描かれている(少し天然)。しかし本作では、一家を惨殺された上に、その事件により寝たきりになってしまった父親を介護する青年となっている(なお、この事件については詳細がよくわからまま放置される)。健康的でピュアな原作の青木とは違い、本作の青木は影があり、いつもなにかに苛立っている。

原作での青木と家族との関係はかなり重要で、人の脳を覗き込む第九の仕事に対する世間の偏見を代弁する存在として、母親と姉が登場する。警察官として頑張っている息子のことを誇りに思いつつも、第九への配属については露骨に嫌悪感を示す家族の様子に、青木は心を痛めることになるのだが、ここをバッサリ切り落としてしまっていることで、第九に対する世間一般の認識が映画では十分に描かれていない。

③暴力刑事・眞鍋

原作にはない要素として本作に登場するのが、大森南朋が演じる刑事・眞鍋だ。現場から高級品を平気で盗み、取り調べでは暴力や恫喝で自白を強要する強引な刑事で、とにかく常に怒鳴っている。原作では、脳内映像を事件とは関係がない部分まで細かく分析し、周辺状況も含めて時間をかけて調べるという捜査方法がとられているのだが、限られた時間内での映像化にあたり、そういった描写を省く意味で付け加えられたキャラクターなのかもしれない。しかし、正直あそこまで乱暴だと不快でしかない。

また、死刑囚の脳内映像を見てしまったせいで“とりこまれて”しまい、正気を失ってしまったという要素が死の瞬間に突然押し付けられている点も気になった。そこまでの段階で、眞鍋の脳裏で映像がフラッシュバックして苦しむシーンなど1秒も登場しなかったにも関わらずだ。

MRI捜査に関する描写の甘さ

本作の肝になっているのは、死者の脳をスキャンして映像化するMRI捜査だ。死者が生前に“見ていた”風景がそのまま映像化されるというところがポイントで、本人の視線の移動も如実に表れるし(誰かを目で追っているなど)、幻覚もそのまま表れる。“心”がそのまま表れてしまうといっても過言ではないため、プライバシーの侵害という問題が常につきまとい、世間から冷たい目で見られる要因となっている。なお、音声は復元されない。

原作ではただ映像化されたものをモニターで確認するのだが、実写化にあたっては『未来世紀ブラジル』に出てきたようなヘッドセット?を装着して確認していた(同時にモニターで他の捜査官も確認)。映画化にあたって画を派手にしたかったのかもしれないが、メカニズムが説明されないのでスッキリしない。映像化するには媒介者が必要ということなのか?謎だ。しかも、ヘッドセットをしている人間には音声も聞こえているようで、謎は深まるばかりだ。

さらに、決定的に疑問に思う描写が2点ほど。まずは、連続殺人鬼貝沼の脳内映像を見てしまったことで発狂した薪(生田斗真)の元同僚・鈴木(松坂桃李)の脳内映像を薪が見るシーン。人間の脳は、死の直前になると恐怖心を和らげるため、“最も幸せなシーン”(現実に起きた出来事とは限らない)を再生する……という説明とともに、ある風景が登場する。風車が並んでいる草原に薪と鈴木が並んで座り、第九の可能性や人生の希望について語り合っているのだが、不思議なことに、その映像に鈴木自身が映っている。鈴木の脳内映像にも関わらず、だ。

鈴木の視点なのだから、当然その視界に鈴木自身が映りこむはずはない(鏡を見ている場合を除いて)。しかし、薪に笑いかける松坂桃李の爽やかな笑顔や、草原に並んで座る2人の様子が展開される。

あれ?誰視点?

ほとんどの登場シーンにおいて、発狂したり血だらけだったり死体だったりと、ロクな外見で登場しない松坂桃李への気づかいなのだろうか?わけがわからない。死者の視覚情報を映像化という根本自体をも無視する強行に、開いた口が塞がらない。もちろん会話まで完全に再生される。もう無茶苦茶だ。

もう1点は、絹子によって殺された全盲の少年の飼い犬の脳内映像。原作では、犬の視界は赤っぽく色彩が乏しいとされ、本作でも「犬と人間の目は全く違う」といった説明があるのだが、実際に出てくる映像は人間が見るものと全く同じ。実写化でこそリアルに描ける数少ないポイントなのに、どうしてこんなことになってしまうのか……こだわりがないのだろうか?

お粗末な脚本

MR捜査や猟奇殺人などの特殊な要素を除いても、本作には緻密さを欠いた部分が多すぎる。序盤でMRI捜査について他国記者団に説明している会議のようなシーンで、「MRI捜査のメリットとデメリットを教えてください」という質問を受けているにも関わらず、薪がデメリットについて答えなかったり、自分から名乗っている青木に対し、監察医の三好(栗山千明)が名前すら言わずに高圧的に接したりと、普通のコミュニケーションとして成立していない会話が乱発する。

特に不自然なのが、機密に関する諸々だ。「死刑囚の脳内映像に別の犯人が映っていた」という超機密事項としか思えない内容を鉄板焼屋で大声で話したり、厳密なセキュリティ必須のはずの第九の中に眞鍋を連れてきてしまったりと、出だしから破天荒な展開が繰り返し登場する。その後も、「このことは私と副室長しか知らないわ」という内容を廊下で青木にペラペラと喋ってしまう三好など、素人ながら心配になってしまう危機管理能力の低さ。誰も疑問に思わないのか?

伏線の回収も中途半端だ。催眠術を使って他人を操ることができる貝沼と、絹子との接点を探る中で出てきたのは「学び舎」とかいう宗教団体施設だか矯正施設だった。絹子が宗教にはまっていたとか、精神を患っていたという説明一切なしでその接点を提示するのは、あまりに唐突ではないか?また、絹子によって殺された全盲の少年も唐突に登場する(原作ではきちんと2人の関係が描かれるが)。時間軸すらわからない。前述した通り、青木の家族の事件も放置されたまま。原作を読んでいなければ理解できない要素が多いことに加え、映像化の際に加えられた要素ですら回収できていないのはあまりにもお粗末すぎるのではないだろうか。

キャスティングの違和感以前の問題

原作ファンとしては、キャスティングの時点で違和感が拭えなかった。しかし実際に鑑賞してみると、キャスティング以前の問題だということがよく分かった。視覚情報から炙りだされる真実や、誰もが隠している本当の“心”に焦点を当て、緻密かつ繊細に描写している原作に比べ、雑としかいえない仕上がりの映画『秘密 THE TOP SECRET』。出演者たちの多くが熱演を見せているだけに、あまりにも残念だ。

 

Writer

アバター画像
umisodachi

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

Tags