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『スパイダーマン:ホームカミング』も影響 ─ 青春映画の金字塔『ブレックファスト・クラブ』のススメ

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『ピッチ・パーフェクト』(2012)と『テッド2』(2015)と『パワーレンジャー』(2017)。近年公開されたこの3作には共通点があります。それは作中に『ブレックファスト・クラブ』(1985)のオマージュやサンプリングが盛り込まれている点です。2017年8月11日公開の『スパイダーマン:ホームカミング』でも『ブレックファスト・クラブ』を主とする80年代青春映画へのリスペクトにあふれていることが一部先行レビューで指摘されています。

『ブレックファスト・クラブ』は1985年の公開以来、青春映画の金字塔として神格化され、多くのティーンの共感を呼んできました。数えきれないほどの映画やドラマに影響を与え、もはやアメリカの青春そのものを再定義してしまったと評価する人もいます。誰もが認める不朽の名作なのです。

そこで最近名前をよく耳にする『ブレックファスト・クラブ』について、この機会に振り返ってみようというのが本記事の狙いです。なぜこの映画が「青春映画の金字塔」と呼ばれるようになったのかを、作品の背景や内容の素晴らしさに触れつつ、考えてみたいと思います。

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©THE RIVER

『ブレックファスト・クラブ』とは

『ブレックファスト・クラブ』は、それぞれの理由で休日の懲罰登校に集められた5人の生徒たちが、なにげなく始めた会話をキッカケに、自らの悩みやアイデンティティと向きあっていく青春群像劇です。登場人物は裕福な家庭の生まれで学校の人気者クレア、レスリング部に所属するアスリートのアンドリュー、数学部や物理部に所属するガリ勉タイプのブライアン、カリスマ的な風格すら漂う不良のジョン、独特の世界観を持つ不思議ちゃんのアリソンの5人と、彼らを見張る意地悪教師のヴァーノン先生です。全編を通してほぼ全ての場面が図書館で展開され、5人の生徒による何気ない会話や先生へのいたずらをみっちり1時間半描きます。見た目はシンプルですが、各キャラクターの内面や関係性は非常に複雑で、それらが徐々に変化していくストーリーは見ごたえがあります。

監督・脚本は80年代学園映画の神様ジョン・ヒューズ。彼は『プリティ・イン・ピンク』(1986)や『フェリスはある朝突然に』(1980)などティーンムービー史に残る大傑作を立て続けに発表したのち、『ホーム・アローン』(1990)や『34丁目の奇跡』(1947)などファミリー向け映画の脚本・製作という職人的なポジションに徹します。近年は地元のシカゴに戻り、ハリウッドからは距離を置いていたのですが、残念ながら2009年にジョギング中の発作で亡くなってしまいました。いまなお彼の功績は色あせることなく、現代まで映画界に多大な影響を及ぼしています。

俳優陣もヤングアダルト映画のスターが勢ぞろい。ジョン・ヒューズ組常連のモリー・リングウォルドやアンソニー・マイケル・ホールをはじめ、アリー・シーディ、エミリオ・セステベス、ジャド・ネルソンが名を連ねています。ブラット・パックとしてもてはやされた彼らのキャリアは残念なことにこの映画の頃が頂点でしたが、モリー・リングウォルドは2012年に短編小説を発表して批評家から絶賛されるなど、新たな才能を発揮しています(もともと歌手もやっていた多彩な人なんですけどね)。同世代の俳優にはロバート・ダウニー・Jrやトム・クルーズがいます。

高校生たちの青春を縛る「スクールカースト」

『ブレックファスト・クラブ』はそれ以前の青春映画が目を向けなかった学内の問題=スクールカーストに本格的に切り込み、たくさんのティーンの共感を呼ぶことに成功した最初の作品だと言われています。一体そのことの何が重要なのか、まずはその背景から考えてみましょう。

スクールカーストとは学内における階級格差のことです。日本でも何となく野球部やサッカー部が偉くて、数学部は端っこに追いやられている(ステレオタイプな)イメージがあると思います。アメリカでも同様のヒエラルキーがあるのです。ヒエラルキーは上から順にジョックス(体育会系)、プリンセス(実家が金持ち)、バッドボーイ(不良)、ブレイン(ガリ勉)、フローター(不思議ちゃん)と並びます。こうした所属コミュニティによる序列は学校生活のすみずみまで浸透し、呪いのように子供たちを縛ります。コミュニティごとの分断が激しいので、たとえばジョックスとブレインが仲良く一緒にお昼ご飯を食べるということもありません。だから『スパイダーマン』でブレインのピーター・パーカーとプリンセスのメリー・ジェーンは階級差を飛び越えた大恋愛をしているわけです。「学校は社会の縮図」とはよく言いますが、スクールカーストほど人間の無邪気で残酷な面を映す現象もないでしょう。

ちなみに、ホームカミングパーティー(年に一度学校のOBGを招いてダンスなどを行う文化祭のようなイベント。最後にキングとプリンセスを選ぶ)やプロム(卒業パーティー。気になる異性をダンスに誘う)など、学校全体を巻き込んで行われるイベントは特にヒエラルキーが顕在化する場になるようです。アメリカのドラマや映画が執拗に扱うテーマであり、青春の終わりや分岐点の象徴として頻繁に登場します。階級が下になればなるほど肩身の狭い思いをする忌々しいイベントとして描かれることもしばしばです。

以上のことを考えると、学園ドラマを語る上でスクールカーストがほとんど欠かせないテーマだということがわかります。『ブレックファスト・クラブ』はそこに注目し、徹底的に描いたことがエポックメイキングなのでした。でも正直、大人からすればスクールカーストなんてちっぽけな問題です。高校でスターだったからと言って、その称号が学外で役立つわけではありません。いくらスポーツの成績が優秀でも、大学に推薦入学できなければ過去の栄光にすがるしかない寂しい人生が待っています。学内では日陰者のブレインのほうが社会で活躍できるチャンスは広いかもしれません。じっさい『ブレックファスト・クラブ』でも、かつて学内のスターだったジョックスが現在は冴えない掃除係をしているという描写があります。スクールカーストを大ごとして描きながら、それが外から見れば些細な問題であることも示唆しているのです。

しかし『ブレックファスト・クラブ』が優れているのは、徹底してティーンに寄り添った視点を守っている点です。スクールカーストを最初に扱ったから偉いのではないと、私は思っています。いくら大人からみればくだらないことでも、現役の中高生にとってスクールカーストは学内政治の強力な基盤であり、いかに充実した学生生活を送ることができるのかを占う最重要課題です。ジョン・ヒューズはこの問題と真摯に向き合いました。どんな大人だって学生時代を経験する以上、スクールカーストに縛られた悩みは誰でも通る道なのです。彼は「子どもの問題だから」と下に見るようなことはせず、アメリカ中の(もしかしたら世界中の)ティーンがリアルタイムで悩んでいる問題をそのまま映画にしたのです。ジョン・ヒューズは作品を通してティーンの目線で世界を見ています。だからこの映画は大人のフィルターがかかっていないんです。ステレオタイプを脱構築しているのです。どんな不良だって自分の人生に漠然とした不安を抱くことはあります。スポーツバカだって心は繊細です。まわりから変人扱いされても本人は悔しくて悲しくて爆発しそうなぐらい自己表現の機会を渇望しているかもしれません。ステレオタイプで処理せず、誰でも血の通った複雑な人間として描いているところに『ブレックファスト・クラブ』の素晴らしさがあるのです。

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全力でぶつかり合う高校生たちのやり取り

『ブレックファスト・クラブ』の注目すべきもうひとつの素晴らしい点は、こうしたティーンの複雑な悩みを、軽妙な会話劇から描出しているところです。この映画は青春映画にしては珍しく場面の転換がほとんどありません。最初から最後まで図書館の中でお話が進みます。

補習授業を受けるため同じ空間に放り込まれた5人ですが、所属するコミュニティはまったく異なります。当然、お互い顔も名前も知りません(カーストトップのアンドリューとクレアにかろうじて面識がある程度です)。そんな彼らは退屈な時間をつぶすために手探りで他愛のない会話を始めます。すると、初対面とはいえ図書館のメンバーの間には徐々に連帯感が芽生え始めます。そのうち会話は熱を帯びるようになり、時にやさしく、時に残酷なことばの応酬を通じて、5人の少年少女は自分を知り、他人を知ります。些細な会話から5人の関係性が目まぐるしく移り変わり、そのダイナミックな変化の中で各キャラクターの悩みや孤独が浮き彫りになっていくのです。青臭くても本気になってことばをぶつけ合う姿はみずみずしく、イノセンスを失った大人にはできないのかもしれないと思うと、すこし羨ましくもあります。先ほど会話劇と表現しましたが、ここまで熱い言葉のやり取りとなると、ほとんどボクシングかもしれません。それだけ火傷しそうなぐらいの熱とエネルギーがこの作品にはこもっています。

また、後から全部見返すと、その伏線の多さと脚本の綿密さにも驚かされます。シナリオの構成だけではなく、キャラクターの座る位置や目線、表情など、視覚情報でもかなり丁寧な配置の設計がされているのです。見直すたびに新たな発見があり、この作品の奥深さに恍惚としてしまいます。ちなみにジョン・ヒューズはこの脚本をわずか2日間で仕上げてしまったそうです。さらに驚きですね。

以上、なぜ『ブレックファスト・クラブ』が青春映画の金字塔なのかを「スクールカースト」に初めて向き合いその後の青春映画のフォーマットを作ったという映画史的観点と、徹底してティーンの目線を貫いたジョン・ヒューズ監督のセンス、それから緻密に練られた会話劇としての面白さの3点から、考えました。もちろん、見方はこれ以外にもたくさんあるでしょう。一人ひとりが心の中で飼っている青春時代の自分を呼び覚まし、自分だけの感想を持てるからこそ、この映画はいつまでも色あせず、人々の心を動かし続けるんだと思います。そして、これからも『ブレックファスト・クラブ』は悩める少年少女のバイブルであり続けることでしょう。

Eyecatch Image:THE RIVER

Writer

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トガワ イッペー

和洋様々なジャンルの映画を鑑賞しています。とくにMCUやDCEUなどアメコミ映画が大好き。ライター名は「ウルトラQ」のキャラクターからとりました。「ウルトラQ」は万城目君だけじゃないんです。